第十二話 同業者
遠足当日、生憎の快晴である。
交通機関の関係で早く着いてしまったので、まだバスが出るまでには時間がある。
無論、俺は後ろの方の席で独り座っていた。
というより、こういう時に隣に座ってくる奴が今まで誰もいなかった。
これが小さい頃は傷ついたものだが、今は慣れたものだ。遅くに到着して誰かの隣に座ろうとすると変な空気に~ってリスクを考えれば、これでも見ようによってはまだマシである。
時にぼっちはポジティブでなきゃ、やってられない。
ところで――炊事遠足というのは本当によう分からんイベントだと思う。
よくよく確認してみると、まずスケジュールからして雑そのもの。
自炊の後は丸っきり自由時間らしいよ。
だが文字面に騙されてはいけない。
自由と言っても、ぼっちには二種類の自由があるから油断禁物だ。自由参加なら最初から行かなくてもいいのでハッピーなのだが、自由行動となると拘束時間の間は絶対帰れないことになるのでほぼはぼ拷問である。一体どうしろってんだ。
じゃけん仮病使ってドロンしましょうね~と思い至ったそこのアナタは私の仲間です。
同業者同士、これからも仲良くしましょう。
まあそりゃ勿論サボりたい所なんだけどな……俺の場合、事はそう単純じゃなかった。
我が保護者たるアリカ叔母さんが断固として許さないし、簡単な演技は見破られるだろう。いやそれどころか、彼女は俺が学校から持ち帰るプリントを逐一チェックしていて行事日程も全て把握済みなのだ。
『純くん。火の炊き方、覚えてるわよね……?』
『アッハイ』
はぁ……。
叔母さんは昔から俺をリア充っぽい何かにしたかったらしく、小学校の頃から予行演習とかいって兄妹共々色んな場所に連れ回されたものだ。しかし何というか、そこで徹底的にズレているのがあの人で……キャンプのあれこれも結構マニアックなレベルまで叩き込まれた。オタクかってくらいに。俺が残念な奴なのは、おそらく俺以上に残念な家族の影響だろう。そうに違いない。
つーか、火くらい誰でも起こせるっての……。
バスの窓から外をぼんやり眺めていた。
やがて人が集まり始め、明るいざわつきを感じられるようになった。
どうも男子は野球のグローブやらサッカーボールやらを持ってきてるらしく、バスの外で見せびらかし合っている。自由時間はそれで遊ぼうってことだろうか。
ふわぁ…………と大きなあくび。
季節は春と夏の狭間といったところだろうか。眠いよ、真面目に。
こういう場でこういう態度を取ると、時に“斜に構えている”だのと陰口を叩かれることがある。だがこんなんでも頑張ってはいるのだ。空気みたいに目立たないよう。せめて皆が楽しんでいる空気だけは、邪魔しないよう。
「一条君……隣、いい?」
突然そう呼びかけられて、俺は後ろをビクッと振り返る。
椅子の前には幼いそばかす顔の少年が立っていた。
覚えてるぞ、ほら…………小松君。そうだろ!
俺は名前を忘れてなかったことで機嫌を良くして、隣を指差した。
「ほら、座れよ」
「し、失礼します……」
とはいえここで会話が弾むようならお互い最初からぼっちじゃない。
ぼっち仲間といえど友達になったわけではなくて――俺たちは、クラスの奴らがバスに入り切った後もずっとだんまりだった。
また、発車してからもそうだった。
バスの中はがやがやと、昼休みのいつもの喧騒を更に小さな缶に閉じ込めたようだ。
平生よりも騒ぎの音量が大きく感じ、その分だけ俺たちの沈黙がありありと気まずくなるような気がした。
だが…………まあこれなら、いつも通りの勉強タイムだろ――と。
俺が鞄に手を突っ込んで単語帳を取り出したところで、
「一条君はさ……いっつも勉強してる、よね?」
「え、ああ……」
何だよ、今日は話すのか。俺は少し戸惑った。
そして、話し始めた当の小松君も戸惑っているらしかった。多少どぎまぎしながら何か言おうとしているが、次の言葉が中々口をついて出てこない。
はは……別に無理に気なんて使わなくていーのにな。
まあ、こんな弱っちい男子にまでキョドるような俺でもなかった。
この程度のことなら、話を繋げてやるのはそう難しくないのである。
「ぼっちなら、時間は腐るほどあるだろ。だから有効に使うんだ」
「え……?」
「そうすれば、ぼっちであることは強みになる。そう思わないか?」
小松君は何やら申し訳なさそうに下を向いた。
どうやらぼっちにも色々と種類があるらしく、有り様が人それぞれ過ぎて面白くもある。俺の場合はといえば思考が残念だったり、消極的だったり、のほほんとし過ぎたりが原因だ。
彼の場合は、単に自信がないのだろうか? 知らんけどさ。
「ぼくはいっつも寝てる……いや、寝たふりしてる。何すればいいのか分かんなくって」
「じゃあ勉強は小松君にもおあつらえ向きだな。マジでおすすめだぞ。細かいことは考えなくて済むようになる」
「勉強、才能ないし……」
「マズっても金は取られないっての。それに、やってみなきゃ分からん」
「はは……そ、そうだよね。今度の昼休み、やってみよう……かな?」
そんな俺たちの話は途切れ途切れだった。
黙っている間は単語帳に集中していたのだが、小松君はこんな言葉でこの会話を締めくくる。
「ね、ねえ? その……一緒にさ、頑張ろうね、遠足」
「おいおい、これって頑張るもんなのか?」
「何言ってんのさっ。班のこととか、乗り切らなきゃ……じゃん?」
「もし何かあったら俺の後ろで身体を小さくしてろ。最近色々あって、どういうわけか神経が鍛えられてる気がするっていうかさ。何なんだろうな。はははっ……」
どいつもこいつもワイワイしてんのに、俺らはどんだけ後ろ向きなんだよ。
このクラス替え直後の行事ってことは、そりゃ学校側としては初対面同士を慣らす目的があるわけで、まさか教師たちもこんな後ろ向きな奴らがいるとは夢にも思っていないだろう。
バスは市街地を過ぎ、山間部に入っていった。
本当に、遠足ってのはよう分からんイベントだ。