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第十話 初デート③

 そうして服をすっかり選び終わると、今度はこっちが目を開けてパチパチさせる番だった。

 俺は試着室の長い鏡の前で呆然としていた。


「なんだガリ勉、やればできるじゃん……♪ クールでスマートっていうかさ」


 などと、橘が後ろから声をかけてくる。


「あ、あー」


 ふー、思わず変な裏声が出た。

 でも今回は、単に褒められて照れたってだけじゃない。


 今、鏡に映る自分は――まあ、相変わらずコンナノ俺ジャナイ感は凄まじかったのだが――いくぶん普段よりほっそりと長くなったようだった。しかも、それでいてめっきり落ち着いた雰囲気になったので自分で見ていてハッとする。


「はー……」


 やだ……。精神年齢高そう…………。


 まるで突然、鼻水垂らした小学五年生が意識の高い大学三年生くらいにクラスチェンジしたみたいで変な勘違いをしそうになる。海外留学とかしそうなやつだな。


 ――全体的に、無地だけで固めたモノトーンな装いだった。

 よく世の母親がテキトーに選ぶような、色のやたらうるさい柄物とかではない。


 例えば白のTシャツは、少し丈が長くゆったりしていた。

 かと思えば、黒のスキニーパンツは脚を実際より長く見せている気がする。いつもオーバーサイズ気味のジーパンしか着ていないので、びっくりするほどぎっちぎちだ。

 そして極めつけというか……自分じゃまず着ないのが、このカーキ色のロングコートだろう。コートといっても春用のよれよれと薄い生地で、どこかカーディガンを羽織るような感覚に近い。裾は膝まで届いていた。


 つーかロングコートって時点で厨二心がくすぐられるよなあ……。

 あれだな、ネットゲームとか強そうだな。二刀流の悪魔とか二つ名つけられて、エンドコンテンツでぶいぶい言わせてそう。自分がそれを着ていると思うとちょっとゾクゾクしちゃうよ――ってやっぱ俺、精神年齢低いじゃねーか。ガチで低っく。


 無論そういうこと言えばまた残念認定されるのでギリギリ我慢した……けど…………。


「背、高いからさ。こーいうコーデも意外と合う……そうじゃない?」


 こいつが何時になく真剣に選んでくれたのだと思うと、自分の思考があまりにも幼稚過ぎて恥ずかしくなるのだった。


 とはいえ言う通り……全体としてクールでスマートな印象だ。

 さっきまでは似合わなすぎて笑えるくらいだったが、今はそういうふうには笑えない。

 野暮ったさも一切なければ、いっそスタイリッシュですらあった。


 ではピッタリかというと、それも少し違う気がする。

 もし今まで違う風に生きていたら、自分でも様になっている思えたのかも知れない。これが違うと思うのだとすれば、やはり内面的にズレているからだろう。休日は頑として家に引きこもっているような自分とは。


 合っているけど、しっくりはこない。

 もしかするとこうだったかも知れない自分。ちょうどそんな具合に。


「お前……すげーな…………」


 変に似合っているのが恥ずかしくて、それでも気分的には全くの別人になったようで――俺は謎の感動を覚えてそう言った。まず自分のセンスでは選べはしないだろう。


 そして今度こそ、橘は俺の反応に満足したらしい。


「えへへ。ガリ勉っぽいマジメな印象も、ちょっとは残せた……?」

「まあ、うん……言われてみれば」

「オトナな感じとかも」

「……大人? 俺が?」

「違う……?」

「うう……もしそう思われてるなら、すげー変な気分だ…………」


 そうは言いつつ鏡でパッと見る限りでは言われた通りの印象なので、俺はきまりが悪くなった。

 うう、激しく目を背けたい……けど、本当に目を背けて後ろを向けば橘と目が合うのだから大して変わりはない。


「全体的に……なんっていうかさ、こっ恥ずかしいけどな…………」

「そりゃね。ちょっーとだけ、チャラくしたからね―」

「む……どうしてだよ?」


 すると、橘は後ろから袖を軽くつまんできた。

 俺は振り返ると、彼女は妙に愉快そうにニヤりとして、


「言ったっしょ? 服選びは、自分がなりたい方向も少しだけ混ぜてみんの」


 それではまるで、俺に少しだけチャラくなって欲しいというような意味じゃねーか。

 こいつの考えることはさっぱり分からん。ほんとにハズい。


 ――結局、叔母さんに大量に渡されたはずの現金を使い果たしてしまった。


 なお僅かに足りず、自分の元々持っていたお小遣いにも手を付けたほどだ。

 女に貢げということで渡されたお金なのに、自分に使ってしまったのだから世話ないっての。後でなんと説明すればいいだろうか?


 『クソみたいな格好をしてデートに行ったら、女の子に怒られてセレクトショップ巡りをしてきました』


 うん、こりゃ喜ばれるだけだな。別のを考えよう、そうしよう。


 というか今日やったことが割と普通のデートっぽいんじゃないかと思うのは気のせいだろうか。もっとマシな服装で来ていれば、割とすぐに帰れた気がする……。


 さて。

 服屋を後にしてすぐに、俺は急に催してトイレに行った。

 近くのベンチで待ち合わせということだったのだが、戻ってきても橘が居なかった――という時だった。


 どうせその辺にいるのだろう。

 こっちから探しに行ってすれ違っては一大事だ。スマホも携帯もない俺では、まともな連絡手段もないしな。

 というわけで、俺はそのベンチでぐったりとしていたのだ。


 近くに大き目なゲームコーナーがあって、ガンガンとけたたましい場所だった。


 もうかれこれ四時だ。

 俺ら、自炊の材料を買いに来たんじゃなかったのか?

 いやそれどころか昼飯すら食えていない。そのことに気づくと空腹感がどっと襲ってきた。加えて、あちこちを連れ回された疲労感も込みで。


 どうやらデートというのは心身をごっそりとすり減らす重労働らしい。

 得がたい教訓だった。これが次に活かされる教訓なのかどうかは、甚だ疑問だが。


 まあ言っても……かなり楽しかったけど…………。


 最近気づいたことがある。

 女の子と話したり、そいつが隣で嬉しそうにしたりっていうのは何だか……胸の中が底の方からうきうきするものだ。


 しかし同時に、それを頑なに認めたがらない自分も居て――――って。


 はぁ……。

 クラスでぼっちになる奴には必ず、内面的な理由が一つ二つあるものだ。

 俺の場合はおそらく、精神が大体中二の夏くらいから進歩してないことだろうと思う。今だって、『女なんて興味ねーし、べんきょーしようずwww』くらいのノリなのだから。


 俺がマジメで大人?

 それは重荷だ。明らかに、俺は橘が思うような男じゃない。

 あいつや他の人に、実際にどう思われているかは知らんけどさ。


 ――と。


 一人で勝手に憂鬱になっていたところで、意外な奴が声をかけてきた。

 あまりに意外過ぎて正直びっくりしたのだが……よく考えれば、休日に出歩いていれば当然起こり得ることだ。俺があまりに不覚だった。


「おー、一条君じゃん」


 とてもわざとらしい声色だった。どこか嫌味っぽくもあった。

 そして目の前に立っていたのも、多分本当に嫌味な奴らだった。


 クラスの……あれ…………誰だっけ?

 ほら、昼休みにちょいちょい俺にチクチク言ってくる一派だったと思う。

 同級生の男が三人……中央に立っていた奴が、ニヤけながら寄ってきた。確かこいつは、大村だったか小村だったか言ったかな。


「っていうか、ここでも一人なんだ(笑)。こんなところで何してんの?」

「……。一人で座ってる」


 俺は肩をすくめて答える。

 すると大村(仮)君は「あ?」と、謎に喧嘩腰である。


 っておい、サイドの二人はひじょ~に面倒くさそうにしてるぞ。

 どうでもいいから早く行こうぜ、って感じで。

 ひょっとして、俺にちょっかいかけたいのお前だけなんじゃなかろーな大村?


 どんなグループにも、そこ特有の人間関係があるのだろう。

 でも、うげぇ、それって面倒くさそう。一人で良かったよほんとに。


「こっちも疲れてんだよ。何か用か? もしかして、入れてくれんのか?」


 と、俺も俺で大人気なく、苛立ってそう返してしまった。

 本当に疲れていた。早くどっかに行って欲しかった。こんな超絶劣化ジャイアンの相手をしているほどは心の余裕もなかった。


「一条君ってさあ、橘さん達と同じグループなんでしょ? 遠足で。どうしてなん?」

「……成り行き、かな。偶然だろ偶然」

「変えてよー、うちの女子と」


 あれだ。女の子を遊◯王カードみたいに扱うものじゃありません。

 つーかその申し出、童貞臭さが半端ないな。お互い様だけど。

 お前のものは俺のものーとか言ってるジャイアンですら、そんなことしねーよ。彼は君ぐらいの歳にはとっくに童貞卒業してるだろうよ、全く!


「あー。ゴメンな、管轄外だ。直接取り合え」


 などと、俺は怒っても仕方ないので生返事をしていた。

 いずれ飽きてくれるだろう、そんな風に思いながら。


 しっかし話せば話すほど、サイドの二人が哀れになる。

 割とマジで嫌そうにうへぇ、って顔してるしな。 

 残念加減で言えば俺とタメをはられている気がするので癪ですらある。


 だが……俺は一人で座っていてすっかり忘れていた。

 今日に限っては連れがいたという事実を。


 そして大村たちの背後から、これまたわざとらしい声色で橘の声がしたのだ。


「あ、中村じゃーん。元気ー?」


 って、中村かい!?

 けど俺も惜しかったな。大村じゃなくて中村か、もうほぼほぼ正解だろ。中村なんて、八十パーくらい大村だろ。


 ……名前を覚えてやれないのは、俺の悪癖だ。ぼっちたる所以な気がする。


 他方で橘はというと……これがかなり機嫌が悪そうだった。

 顔が笑っているのに目だけで殺しに来てる。やっぱりお前、怒った顔怖いよ。


 彼女はこっちにどすどすと歩いてくると、俺の手を強く引っ掴んだ。


「純……行こ?」

「って、おい…………」

「早く。マジメな話」


 ――“おい、落ち着け。そんな見せつけるような真似、やめろ”


 俺は表情でそう言いたかったのだが、そっからしばらく目を合わせてくれなかったものだ。

次回は水曜になりそうです、すいません……

可能ならもう少し早くなるようにしてみます。

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