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プロローグ 歩く校則違反

 勘違いの無いようにまず断っておくが、()()は断じてご褒美なんかじゃない。


 場所は放課後の図書室。

 オレンジの日差しが横から差し込んで部屋の机やら本棚やらに反射している。

 少し開いた窓から冷えた風が入り込み、ちょっぴり肌寒さを覚える春の夕暮れだった。


 静かな場所だ。いい場所だった。

 今は受験期じゃないので人の出入りはほとんどない。俺のような根暗生徒が疲れた精神を休めながら勉強するのには、これ以上ない条件と言える……のだが…………。


「つーか、面白すぎっしょ。ガリ勉にまさかのいい人疑惑とかさぁ(笑)」


 この、隣の椅子から俺のノートを覗き込んでいる女子は(たちばな)かれん。

 同じクラスの……なんつーか、アレだ…………ギャルだ。

 何の紹介にもなっていないが本当にそうとしか言えないから困る。そもそも、こうして話すようになってから一週間も経っていないのだから見た目以外はよく知らない。


「実は優しく宿題教えてくれるいい人だって、クラスに広めちゃおっか。ねぇ、ガリ勉?」

「……っ。無駄口はいいっての! しっかり見て、さっさと解き方覚えろよ。俺だって自分の勉強を続けたいんだからなっ」

「はいはい、分かったよ♪」


 で、その見た目はというと、これが厄介なことにかなり可愛らしい。

 可愛いと一口に言っても色々あるだろうが、この女子の場合は人目を引くというか、相当に派手な部類。目鼻立ちは整っているが、髪は脱色されたブロンドでかなり明るい。乱れた制服の着こなし方も含めれば、『歩く校則違反』というところ。おまけに香水でもつけているのか、近くにいるといい匂いがする。


 つまり、ぼっち……もとい『歩く空気』である俺には最も苦手とするタイプ。

 やりづらいことこの上ない。もし廊下ですれ違おうものなら容姿に目が行く前に危機察知センサーが発動し、絶対に目を合わせないだろう。

 実際今だって……少し目が合えば、すぐ反らしたくなる。


 まあ可愛いけどさ……だからって、俺に何ができる?

 向こうは何とも思っちゃいないどころか、完全におちょくりに来ている。


 元々、ここで過ごす放課後は俺の個人的な自習タイムだった。


 なのにここ数日、放課後だけはこの子の勉強を見るようになったのだ。最初の日はちょっとした宿題を見るだけだった。俺も別に深くは考えなくて、その一日限りの事だと思った。そして実際はその次の日も、そしてその次の日もとなって気づけば……


「ほら、ここを丸ごとカッコでまとめるんだ。そうすれば因数分解できるから」

「えー、こんなの気づくわけないじゃん」

「知るかよ……気づけるようになれ。つーか近いって、もうちょい離れても見えるだろ」

「ふ~ん……?」

「ふーんって何だ、ふーんって! いいから少し離れろ、気が散るんだよ……」


 橘は愉快そうにニヤついた。

 というか、こいつの俺を見る目は基本どこか馬鹿にしきった感がある……と俺は見ている。

 実際言われても離れようとせずに、俺の手に突然「えいっ」と肩を置いてきたのでビクッとしてしまった。


「ははははっ……反応いちいち面白すぎ。こんなんでキョドるとか、もしかしてマジで童貞なの?」

「次そう言ったら、お前のことビッチって呼ぶからな……」


 そうなのだ、この『橘かれん』という女子。

 クラスの男子の間では、気に入った男は割りと誰でも食う「ビッチ」としての悪名が広がっていた。ぼっちである俺が知っているくらいだから、相当有名なはずだ。

 ――噂では、ホストっぽいイケメンとラブホ街を歩いていたとか。

 ――噂では、金持ちそうなおっさんと高級車の後部座席で話していたとか。

 まあ所詮根も葉もない噂なのだが、童貞呼ばわりされたからにはこう呼んでやるというのがフェアというものだろう。


 しかし橘は……そう言われて嫌そうな顔はしなかった。

 むしろ少し考え込むように、手を顎に当てる。


「別にいいよ、ビッチって呼んでも。でもさ……」


 すると彼女は、小悪魔っぽく挑発的に口を緩ませて――


「二人でそんな風に呼び合ってたら、みんなから仲良いって思われちゃうね……?」


 ……。

 …………。


「~~っ! お前なあ……!」

「そう照れなさんなって。顔赤くしすぎだし。ほれっ」

「やめろ……小突くなっ! つーか照れてねーし。大体、仲良くなんかしてないから」

「ははははっ…………」


 けらけらと、ほとんど息切れしながら笑う橘。


 何だよ……勉強したいのか俺をコケにしたいのか、はっきりしろっての。


 図書室なんだから静かにしろという手はこの場合は使えない。なぜなら、今ここには見事にだ~れもいないからだ。本来なら職員のおばさんが受付に居るはずなのだが、タバコでも吸いに行っているのか頻繁に席を外す。

 つまり、今この瞬間はこの埃っぽい部屋では二人だけなのだ。


「あ~、面白い。これはしばらく癖になりそうだわ、ははは……」


 お前は勉強なんかしてちゃダメだろ――そんな感じの女の子だった。


 そもそもこいつ、なんでそんなに楽しそうなんだよ。意味分からん……。

 だがこんなんでも、教えた部分は次の日にはしっかり覚えて来るから不思議だ。

 一体どうして勉強なんか……?


 俺は聞こうとしたが、やめた。

 それじゃまるでこの女子のことを気にしているみたいで癪だったからだ。


 向こうは俺をおもちゃとしか思っていない。どうせ今に飽きられる。

 そう思って、やり過ごすことにしたのだ。


「はぁぁ……笑った。じゃ、続きおせーて?」

「お、おう……」


 重ねて言うが、()()は断じてご褒美なんかじゃない。

 むしろ災害、試練、いや――天罰のようなものだ。


 きっと去年の学祭準備を全てサボったことが、青春の神様の逆鱗に触れでもしたのだろう。

 いや、心当たりならそれだけじゃない。そもそも青春の世界では、ぼっちである時点で大罪人なのだ。罰として、いつ何が降り掛かってきてもおかしくないのである。


 嫌われ気味なガリ勉ぼっちな俺。

 クラスの中心でいつも笑っている、派手めな少女。


 これは、そんなモブ以下の男子と華やかな女子の話――

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