金剛は駆ける③
一方の登山初体験の姫乃は、もう満身創痍と言った状態でふらつきながらも山道を進んでいました。
「も、もう無理!」
姫乃は立ち止まり、かがみ込みました。息が途切れて苦しそうです。
「も、もう帰る……」
姫乃はペタンと座り込んでしまいました。首をうなだれて動かない姫乃。そこに声をかける者がありました。
「おにぎり」
「へ?」
「おにぎり、食べますか?」
「はい? おにぎり?」
姫乃が汗だくの疲れた顔を上げると、逆光におにぎりを差し出す者の影。金剛でした。
「どうぞ。おいしいですよ」
「……誰?」
木漏れ日の中、元気の良い金剛と気だるい姫乃の動きと会話は、一瞬止まってしまいました。
二人は石の上に座って休憩を取りました。姫乃は初対面である金剛からもらったおにぎりを恐る恐る口にします。
「あれ? 美味しい・・・・・・」
金剛はとても嬉しそうに言いました。
「ですよね? ですよね?」
強く同意を求める金剛に、姫乃は少し引き気味に。姫乃は一息置いて質問しました。
「あなた、名前は?」
「金剛です」
「金剛? 金剛ってこの山と同じ名前?」
「はい。私はこの金剛山の守護山娘です」
姫乃は理解しようと頑張りましたが、やっぱり分からないので素直な言葉を口にしました。
「は?」
金剛は守護山娘である自分の役割について簡単に説明しました。
「つまり、あなたはこの山をずっと守っている守護山娘って言う事なのね?」
金剛は意気込んで言いました。
「はい! この山と言いますか、人間様を『ヤッカイ』からお守りするのが私達、守護山娘の主な役割です!」
新しいワードも加わり、ついていけずに姫乃の頭は余計に混乱していました。
「(何? 他にもいるの? ヤッカイ? 人間様?)」
姫乃は胡散臭そうに頷きました。
「なるほど、ねぇ……」
「分かって頂けてよかったです」
「う~ん、そうね。このおにぎりがおいしいって事だけ、よく分かったわ」
「あっ、それなら他にもたくさんありますよ」
金剛が弁当箱らしき包みを広げると、姫乃は少し驚きました。
「って、全部おにぎり? おかずは?」
「おかず、ですか?」
金剛にとってはご飯とおかずの違いはありませんでした。
まだお昼には早いですが姫乃も持ってきた昼食を取り出しました。四角い箱に詰まった柿の葉寿司というお弁当でした。
「私、姫乃って言うの。高鴨姫乃」
「姫乃様ですね」
「姫乃様!? 姫乃でいいよ・・・・・・」
金剛は必至で言いました。
「それはダメです! 恐れ多いです!」
「(はい? 何が?)」
姫乃は弁当箱を金剛に差出しました。
「一つあげる」
「本当ですか? ありがとうございます!」
姫乃から柿の葉寿司を一つ受け取ると、金剛は自分の弁当箱と姫乃の弁当箱を見比べました。おにぎり一色の金剛の弁当箱と柿の葉寿司一色の姫乃の弁当箱。金剛は嬉しそうに言いました。
「一緒ですね」
姫乃は即座に否定しました。
「違うから!」