葛城は咲く⑬
「曲がったぁ!?」
不可解な顔でヤッカイは叫びました。しかし、すぐにまた構え直したのです。
「今度はそうはいかない!」
髪飾りを失った葛城。髪は乱れて蒸し暑い風に揺れていました。これまでの小綺麗な姿とは、ほど遠い、ボロボロに破けた服、野放しの草山のようなボサボサの髪、泥だらけの身体。かつて『オオカミ少女』とも呼ばれた時よりもずっと無残な姿になっています。熱風の中、葛城はうつむき加減にじっと立っていました。
「(わたくしは何をしていているのですか? わたくしの守るべき物は、わたくしの想いなどではありません・・・・・・)」
葛城は強い眼差しで顔を上げました。
「(人間様、その人なのです!)」
雲が覆う空の下、葛城山全体は明るく鮮やかな赤の光に包まれ始めました。ヤッカイは声高らかに言いました。
「運が良かったな! しかし二度はない! 地中のクジラは沈み、天の鳥は去った! 後は地上の貴様が散るのみだ。 貴様一人がここに残った!」
葛城はヤッカイの最後の言葉をつぶやきました。
「そう、残った・・・・・・」
ヤッカイは力強く雷棒を振りおろすと、大きな雷が発生しました。
「今度こそ、終わらせてやる!」
葛城は突然、蟹股になってまた同じ言葉を今度は力強く叫びました。
「ハッケヨーイ! ノコッタァ!」
ヤッカイは葛城の意外な構えと大声に戸惑いました。それでも放たれた雷は葛城を襲います。雷はすさまじい勢いで葛城に向かって行きました。しかし葛城は左の手の平で受け止めたのです。
「何っ! 馬鹿な!」
受け止めた大きな雷から派生した無数の雷が雨のように葛城山に降り注ぎ、振動で地面の揺れが止まりません。ヤッカイは叫びました。
「この衝撃っ! 馬鹿め! このままでは、山自体が崩壊するぞ! 私は超強力なプロテクターを身につけているが、お前は・・・・・・」
葛城はしっかりとヤッカイを見据えながら(ヤッカイの台詞の途中でしたが)断言しました。
「葛城の山はそんなヤワな山ではありません!」
葛城は『うぉーりゃ!』と最大限に気合を入れて、両手のツッパリを繰り出し、ヤッカイの放つ雷を押し戻していきました。
葛城の攻撃は『相撲』でした。葛城は雷遣いの雷を押し返し、再び攻撃しようとして振りかざした剣を平手で打ち払うと、今度はヤッカイの体をつかんで空に投げ飛ばしました。ヤッカイに攻撃の隙はおろか、息継ぎする隙も与えない程の威力と速さでした。
「(どういう攻撃なんだ!?)」
「退いて下さい! 」
「くそっ! 黙れ!」
「退いてくださいと言ったのです!」
葛城の素早く強烈な張り手は、ヤッカイの自慢のプロテクターをことごとく粉砕しました。
「ばっ! ばっ! ・・・・・・馬鹿なー! 私の、最強プロテクターが!」
ヤッカイが間近にいる葛城を見ると、燃えるような野生の気迫を感じました。
「クッ! 覚えていろ!」
戦慄を覚えたヤッカイは慌てて姿を消してしまいました。葛城は最後の力を振り絞って、雷のヤッカイを退けたのでした。
竜泉寺の泉。影に隠れて一人でこっそりと泉に映る葛城の様子を見ていた稲村は、安堵の息をつきました。そして稲村の言った通り葛城の様子を全く見ず、普段と変わらずに過ごしている子角仙人を見てつぶやきました。
「(『信じる』か・・・・・・。仙人様は、葛城の事を本当に信じておられたのですね)」
感心していた稲村でしたが、子角仙人のもとへ観音が喜んで駆けつけて来ました。
「仙人様! やりました! 葛城ちゃん、ヤッカイを退けましたよ!」
子角仙人の顔がパァーっと明るくなりました。
「そうか! やったか! いや、今回はほんと駄目かと思っとったんじゃ。いや~、良かった!」
稲村は『あれ?』と、目が点になりました。
「観音は雷が苦手なのですよ! それなのに代わりに戦いを見届けろってヒドイです!」
( ※ 観音峰の観音平にある石塔は、落雷により二回砕かれています。)
「いやいや、すまん。で、どんな様子じゃった?」
観音は更に詳細を話し始め、子角仙人は頷きながら聞き入っていました。
「雷がドーンって曲がったのですよ!」
「ほうほう! それから? それから?」
稲村は言葉を失っていました。




