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Summer Echo  作者: イワオウギ
III
98/292

98.「確か、2月の中頃だった」

「確か、2月の中頃だった」


「彼女の投稿を見付けた」


「ただし、

 そこは、いつもの談話室では無かった」


「相談をする場所だった」


「彼女は、

 私の知る限りでは、談話室以外を利用したことは無かった」


「談話室以外の場所では投稿もしないし、返信もしない」


「だから、

 私がそこで彼女の投稿を見付けたのは、たまたまだった」


「今日はどれに回答しようか・・・と、いつものように相談を探していたとき、

 たまたま、目に入ったものだった」


「最初は、少しだけ気が引けた」


「でも、やっぱり気になった」


「それで、

 飛ばさずに読んでみることにした」



「どうやら彼氏に酷いことを言われ、フラれたようだった」


「この人なら信じられるかもしれない、と思い始めた矢先のことだったらしい」


「耐えられない、どうしたら良いか分からない・・・と書いてあった」



「正直なことを言うと、

 そのときの私は、チャンスだと思った」


「ここで点数を稼げば、彼女ともっと仲良くなれる・・・と思った」


「でも、すぐに思い直した」


「他人の不幸を喜ぶなんて最低の人間だし、

 それに付け込むのは、もっと最低な人間のやることだ・・・と」



「回答するかどうか、少し迷った」


「付け込むようで、嫌だったのもある」


「ただ、それよりも、

 自分が彼女のことを気にかけていることを知られるのが嫌だった」


「勿論、ここで彼女の相談を見付けたのは偶然だけれど、

 でも、

 こんなところまで私を追って探しに来た・・・と思われるのが嫌だった」


「しばらくして、

 私は彼女の相談をそのまま流し、別の人の相談を読み始めた」


「他の人に任せようと思った。

 私でなくても、きっと誰かが良い回答を寄せてくれるだろう・・・と思った」



「数時間後、

 彼女の相談を見てみると、いくつか回答が付いていた」


「そんな男は最低だ。

 さっさと忘れて、新しい人を探せば良い」


「その男の悪口を言おう。そうすればスッキリするよ」


「悪いことするヤツは、きっといつかバチが当たるから安心して」


「そういった回答ばかりが並んでいた」


「違う・・・と、私は思った」


「彼女が望んでいる回答はそれじゃない、違うんだ・・・と」



「彼女は自分の相談を、出来るだけ客観的に書いていた」


「自分の感想や感情を一切挟まず、

 フラれた状況を、ただ淡々と説明していた」


「彼氏の印象を悪くするような言い回しは、意図的に避けていたし、

 悪口自体、そこにひとつも記されていなかった」



「私には、すぐに分かった」


「彼女は、

 そんな酷い仕打ちをした男のことでさえ、嫌いに思いたくなかったんだ」


「悪く言いたくなかったし、憎みたくもなかった」


「裏切られ、フラれたという現実を、

 そのまま、冷静に受け止めたかった」


「理解したかった」


「でも、今の自分にはそれが出来ない」


「出来そうもない」


「受け止めきれない」


「つらい」


「苦しい」


「耐えきれない」


「どうしたら良いか分からない」


「助けて・・・と」



「私は、すぐに回答を書いた」


「慌てなくて良いんだ。

 まずは、そのことは横に置いておいて、

 体を動かしたり、自分の好きなことをしたりして、

 時間を潰すんだ。

 何でも良い。

 とにかく、何かに没頭するんだ。

 それで時間が経って、少し元気になったら、

 それから、ゆっくりと振り返り、

 少しずつ受け入れていけば良いんだ。

 慌てる必要はない。

 ゆっくりで良いんだ」


「そんな内容だった」


「そして、最後に迷ったけれども、

 あなたのことは人間的に好きだ・・・と付け足した」


「最低なヤツだと思った」


「でも、

 絶望し、極度に自信を喪失している人には、

 誰かからの好意の言葉が、一番効くんだ。

 一番、元気が出るんだ」


「私は、それを知っていた」


「だから、書くことにした」


「少しだけ、後ろめたかった」



「私は、

 その回答を送信したあと、すぐにノートパソコンを閉じた」


「部屋の電気を消して、布団の中に潜り込む」


「送った回答のことは、なるべく考えないようにし、

 ひとり、布団の中で、

 静かに目を瞑った」



「その次の日。

 布団から抜け出し、ノートパソコンを開いた」


「相談サイトを開き、

 まずは談話室の、自分の投稿に付いた返信をチェックすることにした」


「勿論、彼女の反応は気になっていた」


「でも、怖かった」


「こんなところまで追いかけてくるなんて気持ち悪い。

 そんなに熱くなって、真面目に回答することないのに。

 これで私の気を引こうとして、あざといヤツ」


「そうした感じの、拒絶反応が怖かった」



「談話室の自分の投稿を開くと、

 そこには、いつもの人たちの返信が並んでいた」


「そして、その最後に、

 彼女からの、追加の返信が付いていた」


「私は、呼吸を整えたあと、

 ドキドキしながら、画面を徐々にスクロールさせていった」



「ありがとーーーー・・・って書いてあった」


「バケツいっぱいのプリンを作ったところを一生懸命に妄想して、

 あれから、しばらく過ごしてた。

 まだ、完全には立ち直れないけど、

 でも、あんなに優しい言葉をかけてもらったんだから、

 私、頑張らないと。

 ありがとね」


「いつもと違う感じの、

 ちょっとハメを外した、明るい口調で綴られていた」


「元気が出たみたいだった」


「そして、嫌われたわけでも無さそうだった」


「ホッとした」


「私は、いつも通りの文章になるように気を付けながら、

 すぐに、彼女のために返事を書いた」



「彼女と私は、

 それから、今まで以上によく話をするようになった」


「彼女の投稿には、欠かさず顔を出すようにしたし、

 私の投稿にも、彼女は必ず返事を書いてくれた」


「たくさん書いてくれたし、

 私も、たくさん書くようにした」



「あるとき、

 彼女の真似をして、談話室に詩を投稿してみたことがあった」


「生まれて初めて書いた、自分の詩だった」


「残念ながら、みんなの評価はイマイチだった」


「彼女も、返事に困っている感じだった」


「私は彼女に訊いてみた」


「いつも、どうやって詩を書いてるの?。

 詩の書き方がよく分からない・・・」


「少ししてから、返事が付いた」


「詩は言葉のお絵描きだと思って、好きに書いてるよ。

 心の中に浮かんだ景色を、ただそのまま文字にしてるだけ。

 そんなに難しく考える必要ないと思う」


「言葉のお絵描きかぁ。難しそうだなぁ。

 こっちは絵心が、ほとんど無いから。

 昔、トンボの絵を描いたらさ、

 これ、何の絵?・・・って友達に訊かれて、

 で、

 トンボ・・・って正直に答えたら、いきなり腹を抱えて笑い始めて、

 猫が廊下で、脚を4本とも広げて伸びてるところだと思った・・・とか、

 そんな酷いことを言われたこともあったし。

 そっちは絵心がありそうで羨ましいなぁ」


「私のこと?。

 絵心があるかどうかは分からないけど、

 でも、確かに描くのは割と好きかも。

 今も、コンテスト用の絵を描いてるし・・・。

 あと、

 その、笑えるくらいに独創的なトンボの絵、私も見てみたいかも」


「別に、無理して慰めなくても良いよ・・・。

 下手なのは分かってるし・・・。

 ところで、

 コンテストって、どんなヤツなの?。

 どこかの美術館主催のヤツ?、

 それとも、交通安全のポスターとか?」


「詳しくは書けないけど、絵本のコンテスト。

 あと、無理して慰めたんじゃなくて、

 絵を見たいのは、私の本当の気持ちだよ。

 どんな絵を描くのかな・・・って」


「どんな絵・・・って、

 だから、

 廊下でペシャンコに伸びてる猫そっくりのトンボの絵だってば・・・」



「この前ね、友達から冷血女って言われた」


「え?、何で?。

 そんなことないと思うけどなぁ・・・」


「何かね、この前ね、

 お好み焼き屋さんに友達4人で集まったんだけどね、

 そのとき、ある子が自分の話を始めて、

 途中で、話しながら泣き出してしまって・・・。

 で、

 その話を聞いてた友達も、一緒に泣き出してしまったんだけどね、

 私だけ泣いてなくて・・・。

 それで、冷血女って言われた。

 こんな話を聞かされて、どうして泣かないの?。

 何で泣いてあげないの?。

 この子のこと、可哀想に思わないの・・・って」


「その子の話を聞いて、どう思ったの?」


「私も、可哀想だとは思ったんだけどね、

 でも、泣けなかった。

 それに私、

 泣いてあげる・・・って言葉の意味が、実はよく分かってないんだ。

 誰かに泣かれて嬉しかったことがないの。

 その姿を見ると、

 自分の昔のことを、何となく思い出しちゃうから・・・。

 ねぇ、

 泣く・・・って、どういう意味なの?。

 泣けない私は、

 やっぱ、みんなの言うとおり冷血女なのかな・・・」


「あくまでこれは、私の個人的な意見だけれども、

 泣く・・・という行為は、

 その人の精神状態を平静に戻すための、体のひとつの機能に過ぎない・・・って、

 そう思ってる。

 心の中が、

 怒りや悲しみ、嬉しさなどの、

 処理しきれない、何らかの感情でいっぱいになってしまって、

 冷静でいられなくなってしまったとき、

 泣くことで、涙と一緒にその感情を一気に外へと押し出し、

 そうやって、

 出来るだけ迅速に立ち直るために長年かけて進化した、人間の体の機能だと思ってる。

 出来るだけ早く、

 身の回りにある脅威に対処出来る状態に、心を戻すためのもの。

 泣いたあとって、気分がスッキリするでしょ?。

 そういうことだと思うよ。

 涙自体は、

 別に、神聖でも特別なものでもない・・・って思ってる。

 大切なのは、

 多分だけど、心の方だよ。

 泣くか、泣かないか・・・よりも、

 何を感じ、何を思ったか・・・の方が、きっと遥かに大事。

 お好み焼き屋で話をしてくれた子のことを、

 他の友達と同じように可哀想に思い、それで同じように心を痛めたのなら、

 たとえ泣かなかったとしても、

 涙を流さなかったとしても、

 あなたも一緒だよ。

 泣いた他の友達と同じく、

 あなたも心の優しい、温かい人だと私は思うよ。

 心の中は見えないから、

 どうしても、冷たい人間として見られちゃうけどさ」


「何か・・・うん、何か分かった気がする。

 ちょっとスッキリした。

 ありがとね」


「良かった。

 実は、小難しいことを長々と言う変な人だと思われそうで、

 それで、ちょっとだけ書くのを迷ってたんだ。

 そうならなくて良かったよ」


「変な人・・・っていうか、

 ちょっと変わってる人だなぁ、とは実は少しだけ・・・」


「あれ?、おかしいなぁ・・・。

 心の温かい人は、一生懸命に返事を書いてくれた人に対して、

 そんなことは絶対に言わないはずなんだけどなぁ。

 おかしいなぁ」


「ごめんごめん、冗談だってば。

 ちゃんと嬉しかったから。

 ありがとね」



「彼女とは、何となくウマが合った」


「私の性格を、誰よりも把握してくれてた気がしたし、

 私も、彼女の考えていることがよく分かった」


「文章を読んでいて、

 彼女がどれだけ私に気を配って書いているかが、何となく伝わってきたし、

 逆に、

 私がどれだけ気を遣い、文章を書いているか、

 彼女は、それをしっかりと分かっているようだった」


「私が、

 あなたの文章は結構前から読んでいた・・・と言うと、

 彼女も、

 実は、私のことはかなり前から目を付けていた・・・と、

 楽しそうに返してきた」


「まるで、

 ショーウィンドウに並ぶ私という商品を、こっそりずっと狙っていたかのような、

 そんな表現が、ちょっとだけ面白かった」



「そうした感じで、互いに会話を重ねていき、

 どんどん仲良くなっていき、

 そして、いつからか、

 私は、ちょっとおかしくなった」


「誰かの相談に対する回答を書いているとき、

 知らず知らずのうちに、手が止まってしまうようになった」


「彼女のことを、ぼーっと考えていた」


「ダメだ。

 まずは、この相談の回答を書かないと」


「頭を振り、気を取り直し、

 回答を書く作業に戻っても、

 気付くと、

 いつの間にか彼女のことを考えていた」


「ゲームをしていても、

 食事をしていても、

 トイレのときでも、

 眠っているときの夢の中でさえも、

 少しでも気を抜くと、常にそうなってしまっていた」


「彼女のことしか考えられなくなってしまっていた」


「このままではマズイ、と思った」


「危険だ、と思った」


「このサイトは、

 利用者同士で直接連絡を取り合うことを禁じている」


「会いたいと思っても、それが出来ないシステムになっている」


「好きになったとしても、

 せいぜい、このサイトで毎日話し合うことぐらいしか出来ない」


「それ以上のことは、何も出来ない」


「会うことが叶わなくて、

 いつかそれで、どうしようもなく思い苦しむことになる」


「これ以上はダメだ」


「これ以上、彼女のことを好きになってはいけない」



「でも、そんな理性とは裏腹に、

 私の中での彼女の存在は、どんどん大きくなっていった」


「膨れ上がっていった」


「より一層、好きになっていった」


「堪らなく、好きになっていた」


「好きで好きで、好きで好きで仕方なくなっていた」


「それ以外の感情が存在しなくなっていた」


「もう、歯止めが全く効かない状態になっていた」


「そして、

 多分、それは私だけのことでも無かった」

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