表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Summer Echo  作者: イワオウギ
III
96/292

96.「年が明けた」

「年が明けた」


「でも、私は動き出さなかった」


「まだ、世間は正月休みだから。

 まだ、学校は冬休みだから。

 まだ、休みが明けたばかりで忙しいだろうから」


「そうやって、

 どんどん自分にとって都合の良い理由を作り、

 先延ばししていき、

 最終的には、こう開き直った」


「そうだ。

 4月の新学期に合わせて動き出せば、ちょうど良いじゃないか。

 だから連絡するのは、3月の終わりくらいにすれば良い」


「ただ、それでも、

 今までどおり、ずっと好きなサイトばかり見て遊んでいるのも気が引けた」


「だからネット上で、自分の悩みを相談することにした」


「私が誰か分からないよう、匿名で相談し、

 それに答えてもらって、

 そうやって、より良い情報を集めよう・・・と思った」



「まずは、その相談サイトを探した」


「すぐに、いくつか見つかった」


「早速、それらのサイトに、

 自分のアカウント・・・じゃなくて、ニックネームを登録してみた」


「いきなり自分の相談をするのは気が引けたので、

 まずは試しに、

 既に投稿されている、誰かの相談に答えてみることにした」


「数時間かけ、やっとのことで回答を作成し、

 あとは送信ボタンをクリックするだけ・・・というところで、

 私の手が止まった」


「送信することが出来なかった」


「本当に、この回答で良いのだろうか。

 これで、相手の悩みを解決できるのだろうか。

 逆に、更に悪化させてしまうのではないだろうか。

 そもそも、この文章は大丈夫だろうか。

 相手を傷付ける文章になっていないだろうか。

 見ず知らずの誰かから、

 お前の文章は日本語がおかしい、と笑われないだろうか。

 悪意ある人たちから、汚い言葉で罵られないだろうか。

 嫌な思いをするのではないか」


「怖かった」


「私は、相談内容を変えてみた。

 また時間をかけ、一生懸命に回答を書いた」


「でも、ダメだった」


「相談内容を、いくら変えてみてもダメだった。

 どうしても、送信することが出来なかった」


「何も出来ない自分が情けなかった」



「そんな中、

 他とは少し違う感じの、相談サイトを見付けた」


「そこは、サイトのオーナーと、

 そのサイト内で募った、管理人と呼ばれるボランティアたちが運営しているところで、

 利用者たちの、あらゆる投稿は、

 オーナーや、

 管理人たちの審査を通らなければ、掲載されないシステムになっていた」


「要するに、

 掲載される文章は、ある程度のマナーが保証されており、

 それが、このサイトの一番のウリらしい」


「投稿のルールを読んでみると、

 攻撃的で乱暴な言葉遣いや、誰かを傷つけるような発言は禁止されており、

 あまりに酷い場合は、その人の利用停止処分もあり得る・・・とのことだった」


「試しに、サイトに寄せられている投稿をざっと眺めてみると、

 荒れた文章は、確かにどこにも見当たらなかった」


「たくさん並んだ、それぞれの相談に対して、

 誰もが親身に、真剣になって答えていた」


「他人の悩みをバカにしたり、笑ったりするような、

 そんな感じのマナーの悪い回答は、ひとつも無かった」


「ここなら大丈夫そうだ」


「ルールには、他にも、

 本名や住所などの、個人を特定できる情報や、

 電話番号やメールアドレス、他のサイトへの誘導など、

 利用者間で直接連絡を取れる手段を載せる行為も禁止されていた」


「つまり、利用者同士が、

 そのサイトを通じて会おうとしても、会えないようになっていた」


他人(ひと)になかなか言えないような悩みを、

 誰もが安心して相談できるように・・・というサイト側の配慮と、

 あとは、

 利用者同士のトラブルを避けるという意味合いも、多分あった」


「私にとって、それらのルールは好都合だった」


「不登校で引きこもり、という引け目もあり、

 誰とも、そこまで深い付き合いをするつもりが無かった」


「ネット上での関係は、

 あくまで、ネット上だけで終わらせたかった」


「リアルに持ち込みたくなかった」



「私は早速、

 そのサイトに自分のニックネームを登録した」


「まずは軽めの相談を探し、

 それに1時間以上かけ、回答を書き、

 念のため、その相談に関することをネットで検索し、

 合ってることを確認し、

 何度も何度も自分の文章を見直し、細かく修正した。

 それから、

 送信ボタンのところにカーソルを持っていき、

 散々躊躇した末に、ようやく何とか押し、

 すぐさまノートパソコンを閉じて、

 布団の中に潜り込んだ」



「その次の日、昼過ぎに起き、

 そのサイトを恐る恐る確認してみると、

 私の回答は、

 そのまま、ちゃんと掲載されていた」


「ホッとした」


「それに対する、相手からの返信もついていた」


「ありがとうございました」


「ひと言だけの、素っ気ないものだった」


「でも、嬉しかった」


「すぐに、別の相談を探した。

 同じように長い時間をかけて回答を書き、送信し、

 そして、

 また、次の相談を探した」


「それから、

 私は、その相談サイトに入り浸るようになった。

 見ず知らずの、悩める誰かのために一生懸命に回答を考え、

 そうして、1日の大半を過ごすようになった」



「1週間ほど経ったある日、

 私は、そのサイト内の、

 相談とは関係ない場所を、覗いてみることにした」


「そこは、談話室と呼ばれる場所で、

 利用者同士が、自由に雑談を行えるスペースだった」


「勿論、管理人による審査はある」


「でも、相談以外の投稿も許されていた」


「日々の愚痴からアンケート、小説や詩など、

 ありとあらゆる、様々なものが投稿されており、

 それに対する返信も、

 それぞれ、数多く寄せられていた」


「悩みとは程遠い、ほのぼのとした雰囲気で、

 みんな、楽しそうだった」



「最初は、その談話室を利用するつもりはなかった」


「自分は相談するために、このサイトを訪れているんだ。

 楽しむために来ているわけじゃない」


「私は、談話室に並ぶ投稿をひと通り眺めたあと、

 すぐに、そこを抜けた」


「また、誰かの相談に答える作業に戻り、

 その回答を考え始めた」


「けれども、しばらくすると、

 談話室のことが、再び気になってきた」


「やっぱり、ちょっとだけ見てみよう。

 この回答が終わったら見てみよう。

 気分転換に見てみよう」


「そうして、結局、

 相談に答える(かたわ)ら、談話室にも頻繁に訪れるようになり、

 しばらくすると、

 私も、色々な人たちとの他愛のない雑談に興じるようになった」


「仲の良い人も出来た」


「談話室に私が投稿すると、それに気付いて、

 毎回、何人かが返信をしてくれた」


「私も、その人たちの投稿には欠かさず顔を出し、

 出来る限り言葉を返すようにしていた」


「こちらは、朝から雪が凄い降ってます。

 憂鬱です。

 そちらはどうですか?」


「こちらは雪が降ってません。

 でも、憂鬱です」


「そんな、どこにでもあるような普通のやり取りが、

 とても楽しかった」


「そして、

 談話室での、そうした交流を続けるうちに、

 やがて私は、少し気になる人を見付けた」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ