94.参道の向こうに立つ、鳥居のシルエットが
ここから少し、
人によっては、かなり堪える描写が続きます。
気持ちや時間に余裕があるときに、
一気に3話ほど読むことをオススメします。
参道の向こうに立つ、鳥居のシルエットが、
次第に背後の闇に紛れてきた。
私は座ったままで、上体を捻り、
後ろを振り返る。
キザハシの2段目から、燈籠用のLEDをひとつ拾い上げると、
前を向き、
底にあるスイッチを、手探りでスライドさせる。
瞬間、発光。
眩しい。
直視が出来ないほどに。
慌てて手をかざし、光を上から押さえ込みつつ、
少年と私の座る場所の、ちょうど中間に置き、
そのまま少し考え、
再度、後ろを振り返る。
LEDをもうひとつ掴むと、
それを、
点灯中のLEDの上に乗せて、正面を向く。
足元の、少し向こうの地面に、
キザハシの1段目の縁の、真っ黒な影がハッキリと映っており、
淡いオレンジの光は、
そこから先を、ぼんやりと明るく照らしている。
私は、再び膝先で手を組むと、
おもむろに顔を上げた。
参道の遠くで佇む、暗いままの鳥居と、
その少し向こうにそびえ立つ、真っ黒なスギの森を見据えて、
自分の過去を、
ひとり、語り始めた。
「学年が上がって、クラスが新しくなったときってさ、
みんな、やっぱり取り残されたくないから、
無理して色々な人に話しかけて、
そうやって、まずは話し友達を作るでしょ?。
私も、
毎年、必死になって作ってたんだけどさ、
高校に入って1年目のとき、
何か、急にそれがイヤになっちゃって・・・」
「そしたら、いつの間にか、
クラスの中での、仲の良いグループがあっちこっちに出来上がっててさ・・・」
「私は昔、人見知りが激しくてね、
ちょっとでも長い休みがあると、それまで気兼ねなく話せていた人に対しても、
自分からは、なかなか話しかけることが出来なかったんだ」
「夏休みや冬休みは勿論のこと、
インフルエンザとかの病気で1週間ほど休んだだけで、もうダメだった」
「休み明けのときは、心臓をバクバクさせながら教室に入って、
さっさと自分の席に行って、俯いて座ってさ・・・。
そこで、誰かが私に気付いて話しかけてくれるのを、
緊張に耐えつつ、
いつも、ただひたすらに、
じっと待っていた」
「そんな人間だから、
既に出来上がっている仲の良いグループに、なかなか声をかけることが出来なくてね」
「それでも、
授業中にペアを組む必要があるとき、困るからさ、
ときどき、勇気を振り絞って声をかけてみるんだけど、
そのとき、何となく感じるんだ」
「入ってくるな。
俺たちはもう大丈夫だから、お前のことは知らない・・・ってね」
「やっぱり、みんな、
自分たちが頑張って作ったグループに、あとから新しい人は入れたくないんだ。
無理したくないんだ」
「あぁ、お前そこにいたの?・・・みたいな扱いを何度かされて、
それで何となく気が引けてしまい、
どこのグループにも入れず孤立してしまってさ・・・。
もう良いや、このままでいこう・・・って開き直ることにしたんだ」
「昼食とかも、
クラスの他の人たちは仲の良い人同士集まって、楽しそうに話しながら食べているんだけど、
私だけ、
いつも独り、自分の席で食べていた」
「柔道やテニスで、誰かと組む必要があるときは、
グループの余りの人と組むか、先生と組んでいた」
「休み時間中も、周りではしゃぐクラスメートを横目に、
ひとり、机の上に突っ伏しているか、
あとは宿題を解いてたりしていた」
「ずっと孤独だった」
「でも、可哀想なヤツだと周りに思われたくなくて、
それで、いつも平気なフリをしていた」
「ニコニコと笑っていた」
「私は、好き好んで孤独でいるんだ。
全然、寂しくない。
だから、可哀想なヤツじゃない・・・ってね」
「次の年の4月、高校の2年に上がった」
「もう、独りでいるのが嫌だった」
「周りからの視線に耐えられなかった」
「で、今回こそは・・・って意気込んでいたんだけど、
結局、どのグループにも入れなかった」
「アイツ、今回は必死になって声をかけているぞ。
平然としてたけど、やっぱり寂しかったんだ。
強がっていただけなんだ」
「そう思われるのが嫌で、声をかけられなかった」
「1学期が終わった」
「長い夏休みに入り、それが明け、
9月1日の朝」
「憂鬱だった」
「また、
あの、周囲からの視線に耐える毎日が始まる」
「私は部屋を出て、台所にいる母親のもとに行った」
「母さん、頭が痛い。
喉も痛い。
風邪かもしれない。
今日は休む」
「生まれて初めてした、ズル休みだった」
「太陽の射す明るい部屋で、
ひとり、布団の中で丸まっていた。
罪悪感と、自分に対する情けなさで、
目から涙が出た」
「次の日も、学校を休んだ」
「その次の日も、休もうとした。
でも、
朝、母親のもとへ行くと、
こう言われた」
「ちょっと、これで熱を計ってみなさい」
「疑われているのが分かった」
「母親が、じっと見ている前で、
体温を計った」
「言うまでもなく、平熱だった」
「母親は体温計の数値を見て、
それから顔を上げ、ため息をつくと、
私を睨みながら、こう言った」
「ちゃんと学校に行きなさい」
「10月。中間テストの最終日」
「午前中に終わった」
「クラスの他の人たちが、それぞれに集まり、
これからの予定をワイワイ楽しそうに喋っているとき、
私はさっさと帰り支度をし、
ひとり、教室を出た」
「昇降口で靴を履き替えている途中、筆箱を忘れたことに気付いた。
それで、急いで教室に戻った」
「私の席に、人だかりが出来ていた」
「嫌な予感がした」
「引き返そうとした」
「でも、遅かった」
「その中のひとりが、入り口に立つ私に気付いた」
「すぐに、仲間の方に顔を寄せ、
何かを話した」
「そして、今度は全員が私の方を振り返り、
また、互いに顔を寄せ合い、
ときどき小さく笑いながらも、ヒソヒソと何かを話した」
「そのときの私は、何も考えられなかった」
「教室の入り口に立ち、
ただ呆然と、その光景を眺めていた」
「やがて、人だかりのひとりが、
私の方に顔を向けて言った」
「おい、お前、
そんなとこに突っ立って、どうしたんだよ?」
「その瞬間、吹き出す音がたくさん聞こえた。
口元を押さえ、必死になって笑いを堪えている人たちが目に入った」
「いや、忘れ物を取りに、その・・・」
「だったら早く、こっちに来いよ」
「動けなかった。
取りに行けなかった。
私は、
顔を俯けたまま、教室の入り口で、
ただ、立ち尽くしていた」
「おい。
早く、こっちに来いよ」
「忘れ物は、コレだろ?。
ほら、ここに出しておいてやるよ。
早く来いよ」
「おい、アイツのために道を空けてやれよ。
これじゃ、取りに来れないだろ?。
お前ら、ホント気が利かないよなぁ」
「みんな、
楽しそうに口々に喋り始めた」
「クラスの他の人たちも、直接こっちを見ていないようだったが、
それでも話をしているフリをして、耳を澄ませ、
私の様子を窺っていることは分かった」
「廊下を歩いていた足音が、
私の後ろで、急に止まったことにも気付いた」
「私の様子を、
他の全員が興味深そうに、じっと見守っていた」
「行かざるを得なくなった」
「みんなが静かに見守る中、
ときどき、忍び笑いが聞こえてくる中、
私は、自分の席に、
忘れ物を取りに行った」
「人だかりの中心の、
自分の机の上に置かれた筆箱を掴み、教室の入り口の方を振り向き、
席をあとにすると、
後ろから、声が聞こえてきた」
「ぼっち」
「クラスのあちこちから吹き出す音が聞こえ、
続けて、笑い声が上がった」
「シーッ、言っちゃダメだって。
アイツ、傷付いちゃうから」
「また、笑い声が上がった」
「私は走り出した」
「走って教室を出て、
学校を出て、
そのまま家に帰り、自分の部屋に閉じこもった」
「悔しくて仕方がなかった」
「その次の日」
「朝起きて、母親のもとに行った」
「母さん、頭が痛い。
喉も痛い。
風邪かもしれない。
学校を休む」
「母親は、ため息をついた」
「ちょっと、熱を計ってみなさい」
「私は体温計を取りに、別の部屋に向かった」
「そして、
体温計の先端、センサーの部分を指で擦り、
摩擦で熱くし、
それから脇に挟んだ」
「いつもより、ちょっとだけ高い温度が表示された」
「ホッとした」
「私はそれを携え、母親のもとに戻った」
「母親は、体温計の数値を見て、
それから私の額に手を当て、自分の額にも手を当て、
また言った」
「もう一度、ここで計ってみなさい」
「私は、
母親から体温計を受け取ると、そのまま脇に挟んだ」
「脇に、ギュッと力を入れ、
高い温度になることを、必死に願った」
「音が鳴り、
体温計を、恐る恐る脇から抜き、
そして、表示を見た」
「平熱だった」
「母親は、私の手から体温計を取り上げ、
その表示を見た。
大きく、ため息をつき、
私を睨む」
「ちゃんと学校に行きなさい」
「重い足取りで、自分の部屋に戻った」
「途中、ため息を何度もつき、
その度に手を止めつつも、何とか制服に着替え、
私は、カバンの持ち手を握った」
「途端に、昨日の嫌な感情が蘇った」
「しばらくの間、そのままじっと堪え、
やがて、カバンをゆっくり拾い上げたが、
少ししてから、
私は、また下ろした。
部屋の入り口に行き、ドアをそっと閉める」
「体操着の入った袋から、その中身を取り出し、
代わりに、
自分の私服と、大きな紙袋を畳んで詰め込んでいく。
口紐をキュッと引っ張り、袋を閉じると、
それとカバンを持って、ドアを開け、
部屋を出た」
「駅に着いた。
私はトイレに入り、制服を脱ぎ、
私服に着替える」
「カバンを紙袋に入れると、トイレを出て、
そのまま、普段とは逆の電車に乗り、
少し離れた、大きな駅で降りた」
「そこは、
毎日、大勢の人が乗り降りする駅だった」
「私のような、若そうな人がひとり歩いていても、
誰も気に留めない」
「私は、
その駅や、周辺を歩き回り、
夕方まで時間を潰し、
そして、またトイレで学生の格好に戻ると、
家に帰った」
「その次の日も、学校に行くフリをして家を出て、
駅で時間を潰し、
夕方になってから帰宅した」
「ちょっと、どこ行ってたの?」
「家に着くなり、母親が訊いてきた」
「・・・学校」
「私が、
ボソッと、そう答えると、
母親は、
私に聞こえるように、大きくため息をついた」
「ウソおっしゃい。
お昼前に、先生から電話があったわよ。
昨日、今日とお宅のお子さんが来ていませんが、
どうかしましたか?・・・って。
一瞬、警察に電話しようとも思ったんだけど昨日はちゃんと帰ってきてたし、
それに、学校に変に思われちゃうとあなたが困ると思って、
咄嗟に先生にウソついちゃったんだから。
今、風邪で寝込んでます、
2日とも連絡忘れてすみませんでした・・・って。
ほら、何とか言いなさいよ。
どこに行ってたの?」
「・・・どこでも良いだろ」
「良くない。正直に言いなさい。
どこに行ってたの?」
「うっせぇな!、どこでも良いだろ!」
「私は大声で怒鳴り、
自分の部屋に戻って、ドアを閉め、
カギをかけた」
「ちょっと、開けなさい。ちょっと」
「母親が、
ドアを強くノックしながら、何度も言った」
「私は布団に潜り込み、丸まり、
耳を塞いだ」
「途中、
微かに聞こえていたノックの音が、静かになった」
「私は、
しばらくしてから、塞いでいた手を離した」
「母親のすすり泣く声が聞こえた」
「私は、
すぐに、力いっぱいに耳を塞いだ」
「聞きたくない、
聞きたくない、
聞きたくない」
「・・・その日を境に、私は部屋からほとんど出なくなった」
「引きこもりになった」




