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Summer Echo  作者: イワオウギ
II
93/301

91.「一応、お参りしておこうか」

「一応、お参りしておこうか」


キザハシの前に立った私は、

そう口にしながら、手に乗せたLEDのスイッチをONにした。

外周から()み出た光が、私の手元を明るくし、

手首の、ワイシャツの袖先を淡いオレンジ色に染め上げる。


私は、すぐにスイッチをOFFに戻した。

腰を曲げ、

キザハシの2段目の、もう1コの隣に並べて置き、

ゆっくりと頭を起こす。

格子戸の奥に広がる、闇の向こうを少し眺め、

やがて、

ふぅ・・・と、息をひとつ。

顔を、

キザハシに座る、少年の方に向ける。


「お参り、しよ?」


もう一度、声をかける。

少年は、

1段目の、向かって左寄りに腰を下ろしていた。

立てた両膝に、自分の両手を乗せたまま、

顔を俯けている。

私は何も言わずに、黙って待つ。


少し遅れて、少年は膝から手を下ろすと、

その手を、キザハシの1段目につき、

下を向いたまま、

無言で立ち上がった。


「・・・先に、お参りする?」


迷った末、尋ねると、

少年は、首を横に振った。

じゃあ・・・と言いかけた私は、すぐに口を噤む。

そのまま、

何て言おうか、考えていると、

少年は前に歩き出し、

3歩ほど進んだところで立ち止まり、

再び、こちらに振り返った。


「あ、うん。

 じゃ、先にお参りさせて貰うね」


私は、そう声をかけて、

少年が譲ってくれた場所に入った。

神社の方を向き、格子戸の奥を見つめ、

手を2回叩く。

両目を閉じ、

左右の手を合わせたまま、頭を下げていく。


顔を上げると、

横に1歩ズレてから、少年の方を振り返った。

確か、正しいやり方があったはずだが、

忘れてしまった。

訊いておけば良かった。


少年は、

下を向いたまま、神社の方にトボトボと進み出た。

手を2回、小さく叩き、

両手を、そのまま胸の前で合わせ、

ゆっくりと頭を下げる。


風。

私の髪が、僅かに揺れる。


少年は、頭を起こした。

その場で、体の向きを反転させる。


「あ、ちょっと待って」


座ろうとしていた少年を慌てて止めると、

私は、

キザハシに置いた、自分のカバンの方を振り返った。

中腰の体勢のまま、ファスナーを開け、

虫除けスプレーを取り出し、立ち上がる。


《お肌にやさしい子ども用》


裏面にある、細かい字の注意書きにも目を向けつつ、

少年の方に向き直す。


「手、出して。

 ・・・あ、両手の方が良いかな」


キャップを外し、

少年の、差し出された手の上にノズルを向ける。


・・・プシュッ。

・・・。

・・・プシューーーッ。


「顔とか首筋には、それで自分で塗って。

 他は、スプレーで吹き付けるから」


両手を顔面に押し当て、静かに擦り始めた少年の頭に、

私はノズルを向けた。


プシューーーッ。


「・・・ちょっと後ろ向いて。

 首も自分で塗ってよ?。

 あ、まだ早いって。

 ・・・あぁ、手に塗ってほしいのか。

 ・・・。

 これで良い?。

 ・・・うん。

 あ、後ろ向かなくていいから。

 このまま先に、前を終わらせちゃおう」



「・・・うん、もう良いよ」


私は、

そう口にしてから、立ち上がった。

ノズルを自分の手のひらに向け、スプレーを噴射する。


顔に塗りたくり、目を開けると、

少年は、

まだ、そこに立っていた。

こっちを向いている。


「どうした?、もう座っても良いよ」


声をかけると、

少年は、

開いた手を、私の前に差し出した。


「もしかして手伝ってくれるの?」


少年は、下を向いたまま、

黙って頷く。


「ありがとう。じゃあ、手伝って貰おうかな。

 ちょっと待ってね。もう一回、手にかけるから。

 ・・・はい、

 じゃあ、これ」


私は、スプレーを少年に手渡した。

後ろを向き、

首に塗りながら、

その場に、しゃがみ込む。


・・・。

・・・。

・・・。


「結構それ固いから、上から思いっきり押さえないとダメだよ」


・・・。

・・・プシュッ。

・・・。

・・・プシューーーッ。


「・・・うん、頭はそれくらいで。

 背中はいいや、スーツだし。

 その代わり、こっちにかけてよ。

 ・・・こっちの手も」



「うん、ありがとう。助かったよ」


立ち上がった私は、

少年からスプレーを受け取りつつ、お礼を言った。

左右に軽く振り、

液体の、サラサラとした微かな音を確認してから、

キャップを閉める。


少年は、キザハシの方を振り向いた。

ほんの少し歩いて、元の場所に戻ると、

腰を下ろす。

体の前の、立たせた両膝の、

その膝頭を、それぞれの手で軽く握って、

足先の境内の地面に、黙って目を向けている。


私も、少年の横に腰を下ろした。

すぐに、カバンの方へと上体を捻ると、

持っていたスプレーを中に戻し、

代わりに、

レモネードの入った、黄色いペットボトルを抜き出す。


「はい、これ・・・あ、ちょっと待って」


少年の方を向き、渡しかけた私は、

オレンジ色をしたキャップ付近の、首の部分を(つま)み持ったまま、

もう片方の手で、ペットボトルの胴体をギュッと握った。

熱くない。

だいぶ微温(ぬる)くなっている。


すぐさま、摘み持っていた方の手を一旦離すと、

また、キャップごと深く握り直し、

そのまま両手に、力を込めた。


・・・ガリッ。


「はい、これ」


「・・・」


「あ、フタ開いてるから気を付けて」


「・・・」


「ん?、どうした?」


「・・・ありがと」


「うん」

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