93.夕暮れの薄闇の中
夕暮れの薄闇の中、
向こうにポツンと佇む鳥居の、その少し手前の、
誰もいない、参道の地面を眺めていた。
隣からは、何も聞こえてこない。
物音ひとつ無い。
ひっそりとしている。
私の鼓動が、次第に速くなっていく。
ドクドクと大きな音をさせ、
心の中の、不安な何かを掻き立てるように、
容赦なく激しく波打つ。
もしかしたら、聞こえなかったのかもしれない。
そう自分に言い聞かせ、
口を開けようとした、そのとき、
私たちの、すぐ後ろで、
1匹のツクツクボウシが、大きな声で鳴き始めた。
ウォーシィーツクツク・・・、
オーシーツクツク・・・オーシーツクツク・・・。
私は、小さなため息とともに、
開きかけた口を、ゆっくりと閉じた。
鳥居の方に目を向けたまま、
静かに耳を傾ける。
オーシーツクツク・・・オーシーツクツク・・・。
オーシーツクツク・・・オーシーツクツク・・・。
しばらくすると、
声は、段々と速まっていった。
終わりが近い合図を、
ヒステリックに、短く叫び、
そのまま旋律を、締めのものに切り替え、
繰り返し、
名残惜しそうに、最後に声を伸ばし、
弱めていき、小さくしていき、
やがて、
ツクツクボウシの声は途絶えて、聞こえなくなった。
辺りには、
今は、ヒグラシたちの声が鳴り渡っている。
私は、改めて口を開く。
「・・・いつ?」
少年の声だった。
私は口を閉じ、
それから、顔をそちらに向ける。
少年の横顔。
膝に手を乗せたまま、
少し先の地面を、じっと見つめている。
私は、ゆっくりと前に向き直す。
「高校2年の頃だよ。2学期の途中から」
「・・・いじめられてたの?」
「いじめられてはいないけど、
まぁ、でも、
似たようなことは、されてたかもしれない」
「・・・似たようなこと?」
「うん。
休み時間、私の席にあまり話したことのない人がやって来てね、
えーと、その、
私に変な質問をしたり、変な言葉を言わそうとしたりして、
で、それを遠くからその人の仲間たちが見ててね、
ときどき顔を見合わせて笑ってたり、囃し立て――」
「イジメだよ、それ」
少年は、私の言葉を途中で遮った。
「・・・そうかな。
多分、からかわれてただけだよ。
私も笑ってたし」
「イヤじゃなかったの?」
「・・・喜んでるフリして笑ってた。
でも、
相手が嫌がってるのを分かっててやってるんだったら、
確かにそれはイジメになるけど、
喜んでいると思ってやってるんだったら、それはイジメにならないでしょ?。
からかって遊んでるだけでしょ?」
「・・・でも、本当はイヤだったんでしょ?」
「それは、その・・・」
「・・・」
「・・・うん、嫌だった」
「だったら、イジメだよ・・・」
少年は、もう一度繰り返した。
私は、そのまま遠くの方に目を向けつつ、
当時の様子を、何となく思い出す。
ヘラヘラと笑う自分。
遠くから聞こえてくる、たくさんの笑い声。
見て見ぬフリの、クラスメートたち。
「・・・まぁ、いいや。
そうじゃない、そうじゃないんだ」
小さく頭を振り、その光景を追い払うと、
顔を上げて、言葉を続けた。
「とにかく、学校に行かなくなった理由はそうじゃないんだ」
「・・・」
「クラスで浮いてたんだ、・・・私だけ」




