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Summer Echo  作者: イワオウギ
II
89/292

89.「兄さん、どっから来たの?」

「兄さん、どっから来たの?」


宮司と名乗った、その老人は、

私の前を歩きながら、そう尋ねた。


「都内です」


「都内?。

 何で都内の人間が、こんなとこにいるんだ」


「えーと、実は仕事でトミヤマに来てまして・・・。

 で、

 せっかくこっちに来たんだから・・・ってことで、

 さっき、クロバダムを観光してきまして。

 今は、その帰りです」


「あぁ、クロヨンか。

 アルペンルートで行ってきたわけだ」


「?、アルペンルート・・・ですか?。

 えっと、タチヤマ駅からケーブルカーでウツクシダイラまで行って、

 そこでバスに乗り換・・・」


「あぁ、もう!。

 兄さん、それ全部ひっくるめてアルペンルートって呼ぶの!」


「あ、はい、すみません・・・」


「・・・混んでたろ?」


「はい、多少」


「多少?。・・・あぁ、そうか、

 まだ紅葉は早いもんな。

 その子は?、兄さんの息子?」


「いえ、従弟です」


「従弟?。・・・あぁ、なるほど。

 仕事でこっちに来たから、ついでに連れていってあげたわけだ」


「そんなところです」


「いくつ?」


「え?。・・・あ、年ですか?。

 26です」


「違う違う、兄さんのじゃない。そっちの子供の方」


「あ、すみません。・・・えーと、11です」


「11?。

 俺はてっきり、もっと下かと思ってたよ」


「はい。

 私も最初に見たとき、小学校3年か4年ぐらいだろうと思ってました。

 でも何か、違うみたいで・・・」


「・・・えらい他人行儀な言い方だな。

 それに最初って。

 兄さん、今までその子に会ったことなかったんか?」


「え?。あ、いや、そうじゃなくて・・・。

 えと、あの、その、

 あ、私、こっちに来たのが4日前でして、

 この子とは、そのとき面会しまして・・・」


「面会?。

 何か、別れた親が自分の子に会ったときのような物言いだな。

 たかが従弟だろ?。何も大袈裟な・・・」


「え?。あの、その・・・、

 あ、はい、そうです。すみません。

 ちょっと言葉を間違えました。すみません・・・」


「・・・」


「あの、宮司さん」


「・・・何だ」


「どちらへ向かわれる予定だったんですか?」


「俺か?」


「はい」


「向かう・・・って言うか、帰るとこだな。

 兄さん、さっきファイヤードラゴンに行ったんだって?」


「あ、はい、行きました」


「中に、人相の悪い二人組がいたろ?」


「えーと、そう言えばタバコの棚の前に2人いたような・・・」


「そうそう、そいつら。

 今日、そいつらと一緒に鮎釣りに出掛けてきたんだが、

 その帰り、

 近くを通るついでに、ちょいと社の様子を見ていこうと思ってよ。

 車を駐めてもらって、

 社に立ち寄って、

 それでこれから仲間の元へ帰ろ・・・じゃねぇな、

 また社に向かうところ、だな」


「すみません」


私が謝ると、

老人は、小さくため息をついた。


「・・・兄さん、いくつだっけ?」


「あ、えーと、26です」


「・・・そうか」


「・・・?」


「あぁ、いや、何でもないんだ。

 兄さんと話をしてると、

 何か、ウチの小(せがれ)と話してるみたいでよ、

 それで、ちぃと気になったんだ」


「・・・息子さんは、おいくつなんですか?」


「今年で、ちょうど40」


「・・・」


「いや、そうじゃないんだ。

 話し方って言うか、雰囲気って言うか、

 上手く言えねぇけど、そういうのがちょっと似てるんだ」


「・・・」


「俺は、ちいせぇときからこんな調子でよ、

 口は悪いわ、思ったことはそのまま口にするわで、

 色んなヤツらと、

 年中、問題起こしてよ。

 親父やお袋とは、

 もう、数えきれないくらいやり合ったし、

 教官とも、医者の先生とも、

 警官とも、氏子(うじこ)余所(よそ)の宮司とも、

 しまいにゃ、

 言葉の通じない、見ず知らずのどっかの外国人ともギャーギャー言い合ってよ、

 そうやって、

 日々毎日、俺は誰かとぶつかりながら生きてきたんだ」


「・・・」


「ウチの倅はよ、

 俺が何か言っても、ちいせぇ頃からひと言も言い返してこねぇんだ。

 代わりに、

 父ちゃん、ごめん・・・って謝るんだ」


「・・・」


「そうなると、こっちだって調子が狂っちまうじゃねぇか。

 おぉ、そうか・・・って、そのままサッサと奥に引っ込んでよ、

 ひとり静かに、ムスッとしながら煙草をプカプカ吹かすんだ」


「・・・」


「倅が高校3年になったときだった。

 父ちゃん、僕、神道が学べるところに行くよ・・・って言ってきたんだ。

 俺は倅に、そうするよう勧めた記憶は無かったし、

 それに、

 倅自身、興味があるようには思えなかった。

 倅は、機械いじりが大好きでよ、

 どっかの通販で取り寄せた電子部品を組み立てて、

 よう分からん、ピーピー鳴る機械やらピカピカ光るのを熱心に作ってた。

 家の縁側にひとり座って、

 倅はよく、自分の小遣いで買ったハンダゴテを握っていたよ」


「・・・」


「で、訊いてみたんだ。

 お前は、電気や機械の道に進むんじゃないのか。

 何で急に神道を目指すことにしたんだ・・・って」


「・・・」


「そしたら、こう言ったんだ。

 神社は今、どんどん人手が少なくなっていて大変そうじゃないか。

 父ちゃんだって、あっちこっちの神社の宮司を兼任してるじゃないか。

 だったら僕、神主になるよ。

 僕が、これからは父ちゃんを助けるよ」


「・・・」


「俺はそれを聞いて、カチンと来た。

 ばかやろう!。神職は、そんな同情されて就くような職業じゃねぇ!。

 お前はお前がやりたいことをすれば良いんだ!」


「・・・」


「したらよ、

 父ちゃん、ごめん・・・って。

 それ聞いたらよ、何か情けなくなっちまってな・・・。

 もう口()いてやんねぇ!・・・って、つい怒鳴っちまったよ」


「・・・」


「俺はガキンチョの頃からずっとよ、子供は親の所有物じゃねぇって思ってたんだ。

 だから、

 親父にもお袋にも散々反抗したし、噛み付いてきた。

 確かにちいせぇ頃は、

 知識も無いし、経験も無いし、力も無いし、体も弱いし、

 大人に比べれば、出来ることは遥かに少ねぇよ。

 たかが知れてる。

 でもよ、

 子供だって、足りない力なりに一日一日を懸命に生きてるんだ。

 ほんの些細な失敗でさえも、それこそ自分の人生が終わっちまうような、

 そんな大それた覚悟で日々を過ごしているし、

 ほんの些細な幸運であっても、それこそ世界中の幸せが自分のとこに舞い降りたような、

 そんな顔して、そこら中で大騒ぎしやがる。

 あんなちっこい体して、

 あらん限りの力で、常に全力で生きてやがんだ。

 どの大人たちよりも、

 誰もが真剣に、今この瞬間を生きてやがんだ。

 それを頭ごなしに、ただ子供だからって理由で自分に従わせるのは、

 俺はどうしても納得がいかねぇ」


「・・・」


「でも、そんときの倅を見てたらよ、

 俺は、知らず知らずのうちに無理やり自分に従わせてたんじゃないか・・・って、

 そんな気がしてな・・・。

 何となく、自分の昔を思い出しちまってよ・・・」


「・・・」


「倅は、それから都内にある大学の工学部に進んだよ。

 そこで電気のことを勉強して、

 今は、ちっちゃい電機メーカーの主任をやってる」


「・・・」


「お盆休みのとき、

 倅が、自分の家族を連れてウチにやって来てよ、

 来年は、このままだと課長に昇進してしまうかもしれない・・・って俺に言ったんだ。

 良かったじゃねぇか・・・って、酒を倅のお猪口(ちょこ)()ぎながら言ったらよ、

 何かアイツ、あんまり嬉しそうじゃないんだ。

 会議とか打ち合わせとか、そういう面白くない仕事ばっかりが増えて、

 手を動かす時間が減っちまうのが嫌なんだとよ。

 その分、給料増えるから良いじゃねぇか、って返したら、

 酒をひと口だけ飲んで、何だか難しい顔して黙っちまって・・・」


「・・・」


「したら突然、後ろの(ふすま)がガラッと開いてよ、

 倅のガキンチョどもが入ってきて、笑いながら俺の頭をペシペシと叩き始めたんだ。

 このクソガキども!・・・って怒鳴ったら、このクソジジィ!・・・ってすぐに言い返して、

 襖を開けっ放しにしたまま、そのままドタドタと母親のもとへ行っちまいやがった。

 おい、てめぇンとこのガキの(しつけ)はどうなってやがる!、って、

 倅の方に向き直して、文句言ったらよ、

 父ちゃん、ごめん・・・って、

 ひとり満足そうなツラして酒飲んでてよ・・・」


老人は、

そこまで話すと、黙り込んでしまった。

3人の足音が、ザクザクと小さく。

私たちの頭上で、

たくさんのツクツクボウシたちが声を()らし、鳴き続けている。

鬱蒼とした、スギの森。

まっすぐ延びる、細い道。

薄く積もった枯れ葉の上に、

木漏れ日の淡い光が、ときどき疎らに落ちており、

その明かりの中へ、自分の革靴の先を差し入れつつ、

黙々と歩いていく。



少し進むと、

古道の右手側に立ち並んでいたスギの幹が、段々と遠退()いていった。

代わりに、

私の膝下くらいの高さの、丈の短いササが、

そこにひしめき合って茂っている。

そのササの原っぱは、

鬱蒼とした森にぽっかりと空いた、開けた場所だったが、

日は、ほとんど当たっていない。

森の薄暗い影が、

ササたちの向こうで並び立つスギの、かなり高いところまでを広く覆っており、

暮れかけの太陽は、

スギの、そこより上の僅かな部分を、

暖かみを帯びた優しい色合いで、穏やかに照らしている。


古道は、

ササの群生地の端っこを、緩くカーブしながら延びていた。

しばらく、3人で歩いていく。

やがて、

道の脇に立つ、古びた木の標識が近付いてきた。

標識は、

地面に突き立てた棒の、先端に近い部分に、

行き先をそれぞれが指している、3枚の板が組み付けられただけの簡素な作りで、

古道の奥と手前、

そして、ササ原の広がる右手側の、

3方向を示していた。

文字は書かれていない。

いや、

正しくは、”確認できない”だろう。

板は、かなり傷んでいた。

左右のそれぞれの端から、大きな亀裂が横に何本か走っていて、

そうした板の表面も、

文字が書かれているか分からないほどに、満遍なく黒ずんでいた。


老人は、

その古びた標識のところまで歩いていき、足を止めた。

一息ついてから、黙って体を右に向ける。

私も、

少し遅れて、そちらを向く。



辺りの地面を覆うようにして葉を茂らせている、ササの海を分かち、

ササの枯れ葉が厚く積もった、1本の茶色い小道が、

向こうの方へと、まっすぐ延びていた。

小道を少し行ったところの、

左右の脇に広がる、それぞれのササ原には、

少年の背丈ほどの大きさの石が、ひとつずつ置かれている。

左の石は、

坊主頭のような、丸みを帯びた石。

小道を挟んだ反対側にある石は、

Dの字を右にちょっと傾け、地面に(うず)めたような、

あるいは、斜めになった刀の切っ先のような、

そんな形状の石。

恐らく、太陽と月を表しているのだろう。


その、

ササ原の中に置かれた、太陽と月の向こうには、

夕日に照らされた、石造りの大きな鳥居が、

スギの、高い木立の間に挟まれて立っていた。

奥では、一対の狛犬の像が、

体の表面に這わせた(つた)の間から、こちらに睨みを利かせており、

更に向こうには、コケに覆われた石燈籠(いしどうろう)

神社は、それらの背後に建っていた。

周りにそびえ立つ、スギの木々に見守られつつ、

境内の最奥で、ちんまりと佇んでいる。


「あれが、そうですか」


神社に目を向けたまま、尋ねてみると、

すぐに隣から、

その答えが、質問とともに返ってきた。


「そう。

 あそこがウチの社、ヨモノ神社。

 で、兄さん方、どうするよ?」

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