87.ひとり、神社の森に背を向けて
ひとり、神社の森に背を向けて、
道の反対側の、暮れの山野を眺めていた。
そちらに続いていたガードレールは、ここの少し手前の場所で途切れており、
水路も、
更に手前で、この道路から離れていった。
私の眼前には、
穂を付けたススキの原が、
他の何者にも邪魔されることなく、
ただそのまま、そこの一面に広がっている。
その揺れる穂の、ところどころの隙間の向こうには、
列車のレールの、ほっそりとした横腹が、
ときどきチラチラと覗いていた。
ススキたちの中を、
低い土手のような、ほんの少しだけ隆起した地面が、
細く長く、まっすぐ延びており、
そこの上に、バラスト用の小石が敷き詰められ、
たくさんの枕木が、等間隔に並べられ、
そうして、
レールは、その上に敷かれている。
更に向こうの、ススキの原を見ると、
葉を茂らせた木々が、あちらこちらに立っていた。
木の、影のように暗い輪郭が、
ススキの穂の海から、ポツポツと高く伸び上がっており、
それらの遥か遠くには、
地表を這うような、平べったい長い稜線が横たわっていた。
色は黒。
日は、もう、
斜面のこちらを照らしていない。
視線を僅かに上げる。
くっきりと映った、山々の黒い尾根と、
背後に広がる、黄色くて明るい空。
上をそのまま見ていくと、
色は急速に薄まり、白んでいき、
淡い水色へと変化し、
そこから先は、
今度は高くなるほどに、少しずつ青みが増していき、
暗くなっていき、
直上には、
夜の近い、藍色の空が広がっていた。
点のような星々が、
私の遥か上空の、そこかしこで、
既に、小さく瞬き始めている。
月を見ていた。
遠方にある真っ黒な山並みの、すぐ上の、
色の薄い空に、
猫の目のような形をした、白くて淡い月が、
ぽつんと浮かんでいる。
スーツの袖が、不意に引っ張られた。
慌てて視界を地上に戻す。
少年が立っていた。
私の顔を、じぃっと見上げている。
「あぁ、ごめんごめん。ちっとも気付かなかった。
もしかして、ずっと待ってた?」
少年は、
私を見上げたまま、何も言わずに首を横に振った。
「そっか。なら良かった」
そう返した私は、少年に向かって軽く微笑むと、
視線を、自分の靴の外側に落とす。
肩の片方を、そちらへ沈ませていき、
体を斜めにしつつ、手を真下に伸ばし、
カバンの持ち手を握る。
「じゃあ、行こうか」
立ち上がりざま、
少年を見て、声をかける。
少年は、小さく頷く。
私は、石碑の方に改めて向き直し、
足を踏み出した。
途中、
何歩か進んでから、後ろを振り返る。
少年は、
顔を、神社のあるスギの森の方へ向けて、
そちらを眺めつつ、足を動かしている。
「・・・なに?」
視線に気付いた少年が、
こちらに顔を向け、そう尋ねた。
「ううん。何でも」
私は、顔を正面に戻す。
そのまま、道の端っこを歩いていく。
少年は、
幾分スッキリしたような、そんな表情をしていた。




