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Summer Echo  作者: イワオウギ
II
85/292

85.それにしても、この店は少し変わっているようだ

それにしても、この店は少し変わっているようだ。


私は、向こう側にある壁の方に目を向けていた。

入り口の前を通り過ぎてすぐの、壁際の路面の上に、

短く切った原木が、何本か立ててある。

高さは、腰掛けるのにちょうど良さそうな感じだが、

太さは、そうではなかった。

やや細め。

座るときは、

倒れないよう、常に気を配る必要がある。


「なに見てるのー?」


少年の声が聞こえた。

隣から。

私は、そちらに顔を向ける


「もう収まった?」


「うん。収まったー」


少年は、満足そうな笑みを浮かべ、

そう答えた。

私は、

再び、原木の方に目を向ける。


「あぁ、えっと・・・。

 ほら、あそこに置いてある木を見てたんだ。

 (たきぎ)に使うのかなぁ・・・って」


「あー、アレかぁ。

 たぶん、シイタケの木じゃないかなー」


「シイタケ?。

 あぁ、生えてくるのか・・・」


やはり、この店は少し変わっている。

シイタケの原木が置いてあるコンビニなど、今まで見たことがない。


「ねぇねぇ、知ってるー?」


「ん?、何が?」


「シイタケが生えると、木がすごく軽くなるんだよー?」


「そうなの?」


「うん!」


「どれくらい軽くなるの?」


「んーと・・・、

 何かスカスカになって、すごく軽くなるー。

 水にプカプカ浮いちゃうくらい」


「ん?。

 でも、木って浮かぶのが普通じゃない?」


「あ、そうだったー。忘れてたー」


「・・・もしかして家にあるの?、コレ」


「うん、あるよー。

 お勝手の外に、いつも何本か置いてあるー。

 じいちゃんが山の手伝いに行ったとき、たまに持ち帰ってくるから」



入り口に立ち、自動ドアを開く。

店内の、少し暖かい空気が私たちを出迎える。

そのまま店内へと進み、立ち止まると、

私の斜め後ろにいた少年が、すぐに隣に来た。

こちらを見上げて、口を開く。


「ねぇ、見てきてもいいでしょー?」


「うん、分かった。行っ――」


返事の途中で、

少年は、顔を向こうに向けてしまった。

キョロキョロと辺りを見回しつつ、奥へと歩いていく。

左手側に並んでいる3つの陳列棚の、1つ目を通り過ぎると、

まずは、そこで足を止めた。

そちらをじぃっと見つめ、

少ししてから、また歩き出し、

次の、棚と棚との合間に立つと、

今度は、そこに入っていった。

少年の黒い頭の、てっぺんの部分が、

棚の間をゆっくりと進んでいき、

途中から急に速くなり、

棚の端っこの辺りまで来てから、向きを変えて止まった。


私は、

それを見届けると、背筋を少し伸ばし、

目線を高くした。

店内を見回そうとし、すぐさま動きを止める。


少年の頭の向こうにある棚をひとつ越えた先の、店内の壁に、

カラフルなペンで、大きく《ドリンクコーナー》と書かれた紙が貼られていた。

飲み物は、

店の、あちら側の角にあるようだ。

私は、

それを確認すると、改めて店内を見回す。


正面に延びる通路の右側はカウンター。

レジがあり、その左右を、

業務用の大きなコーヒーマシンと、

《肉まん》《あんまん》等のラベルが貼られた、ホットショーケースが挟んでいる。

ショーケースは5段に分かれていたが、どの段もカラだった。

電源も、もう抜かれていることだろう。

店員の姿は無い。


入り口から、まっすぐ進んだところの、

その突き当たりを見ると、

そこには、

おにぎりやサンドイッチが並ぶ、食品コーナーがあった。

ナイロン製のジャケットにジーパン姿の、若そうな女性客3人が、

サンドイッチの棚の前で、

何やら楽しそうに、はしゃいでいる。


視線を、そのまま左に向けていくと、

少年がいるところの、ひとつ手前の棚の間に、

色黒の中年男性客が、ふたり立っていた。

ともに、長袖シャツの上にベストを羽織っており、

こちらに背中を向け、

棚にたくさん並んでいる小さな箱を、

ひとつひとつ、熱心に眺めている。


どうやら、タバコを見ているらしい。


《世界のタバコ》と書かれたPOP(ポップ)が、

棚の右端と左端に、それぞれ飾られていた。

こちら側の通路に僅かに覗いている、その陳列棚の端の方に目を向けると、

そこには、

一番上の段から、一番下の段まで、

色とりどりのタバコの箱が、所狭しと並べられていた。

値札には銘柄とともに、

イギリス、コロンビア、タイといった、様々な国名が付記されている。

恐らく、

この棚の端から端までの、全ての段に、

色々な国のタバコが、ずらっと並んでいるのだろう。

都内で見た、どのコンビニよりも、

品揃えは充実していそうだった。

100種類、

いや、ヘタしたら200種類以上ものタバコが、

そこにはありそうだった。


こんな田舎のコンビニに、

何故、これほどまでのタバコが置いてあるのだろうか?

珍しいタバコを買い求め、

わざわざここまで来る客が、そんなにいるのだろうか?


不思議に思いつつも、顔を更に左に向けると、

私の、もうひとつのお目当ては、

どうも、こちら側にありそうだった。

一番手前の棚。

そこに、

ノートやボールペン、乾電池などの細かい雑貨が、

奥の方までビッシリと陳列されていた。

私は、そちらに足を向ける。


商品に目を向けつつ、

棚の前を、1歩1歩進んでいく。

ちょうど中間辺りまで来て、私は足を止めた。

手を伸ばし、商品を取る。

パッケージに書かれた文字を読み、

裏返し、そちらも眺め、

少ししてから顔を上げた。

店内を見渡し、少年の姿を確認すると、

そちらへと歩いていく。



少年は、

まだ、さっきのところにいた。

背後に立つと、

すぐさま、少年がこちらを振り返った。

まずは私の顔を確認し、

次に視線を落とし、私の手元に目を向ける。


「なに持ってるのー?」


「あぁ、充電用のバッテリーだよ。スマホの」


「見せて見せてー」


「はいよ」


バッテリーを手渡すと、

少年は、そのパッケージを一瞥(いちべつ)し、

次に手首を返し、裏面を顔の横で眺めた。


「ふーん・・・」


と感想を漏らし、すぐに私に返す。


「何か良いのあった?」


少年が見ていた棚に目をやりつつ、

私は尋ねた。

平べったい、ハコ型の入れ物が置いてあり、

その中に、たくさんの缶バッジが並んでいた。

山や鳥、猫などの様々なイラストが、

それぞれのバッジの表面に描かれている。

《当店の兄ちゃんお手製》とのこと。


「え?。

 ・・・あ、うん」


少年は、

やや歯切れを悪くして答えた。


「・・・どれが良かったの?」


ちょっと変に思いつつも、尋ねてみると、

少年は、

しばらくの間、下を向いたまま黙っていたが、

やがて頭を起こし、

缶バッジの方へと、ゆっくり向き直した。

視線を、平たい入れ物の上で何回か往復させ、

バッジをひとつ、指差す。


「これ」


見ると、

その表面には、赤いドラゴンが描かれていた。

店のマスコットなのだろう。

愛嬌のある顔つきで、炎付き。

カッコいいと言うより、カワいいの方が適切だろう。


「じゃあ、それも買おう」


そう言うと、

少年は背中を向けたまま、首を横に振った。


「・・・いい」


「え?」


「買わなくていい」


「・・・」


「いい」


「・・・気に――」


する必要は無い・・・と言おうとして、

途中で言葉を飲み込んだ。


すぐ近くに、

少年の小さな背中と、小さな頭。

表情は見えない。

向こうを向いたまま。


私は静かに息を吐き、

それから、大きく吸い込み直した。


「うん、分かった。

 じゃあ、飲み物を買おう」


声を努めて明るくし、少年にそう言った。


「・・・」


「ほら、行こう?」


もう一度、声をかけると、

少年は、少し間を置いてから、


「・・・うん」


と、小さく返事をし、

俯いたままで、

ゆっくりと、こちらに向いた。


「・・・行こう」


私は、

そう言いながらドリンクコーナーの方へと向き直り、

足を踏み出す。

迂闊な発言を、少し後悔した。



飲み物は、ふたりともレモネードにした。

温かい飲み物は、

他には、コーヒーとコーンポタージュしか残っておらず、

少年にどうするか訊いてみたところ、

無言で、レモネードのペットボトルに手を伸ばしたので、

それで、ついでに私のも取ってもらった。


「ありがと」


差し出されたペットボトルを、お礼を言って受け取ると、

レジの方へと、ふたりで足を向けた。



レジのところまで来た。

持っていた商品をカウンターの上に置くと、

ペットボトルの、バーコードの側を向こうに向けてから、

レジの脇をじっと見つめる。

少ししてから顔を上げ、店の中をぐるっと見渡す。

店員の姿は、

やはり、どこにも無い。


私は、

再び、レジの脇に視線を向ける。

金色の、小さなハンドベル。

()を上にし、伏せたまま置いてある。


私は顔を上げ、

念のため、もう一度店内を見渡したあと、

ハンドベルの方に向き直し、手を伸ばした。

柄を握って持ち上げると、

一呼吸置いてから、

控えめに、小さく鳴らした。



「あぁ、ハイハイ。

 どうもお待たせして、すみませんねぇ・・・」


透き通ったベルの音が店内に響くと、

少し遅れて、カウンターの向こうにあるドアが開き、

中から、

店員と思しき、長身の中年男性が現れた。

おっとりとした顔つきで、ややタレ目。

青い、つなぎの作業服を着ている。


男性はレジに立つと、

慣れた手付きで、暗証番号を素早く入力した。

次に、

カウンターの上に置かれた携帯バッテリーと、

オレンジ色のキャップの、ミニサイズのペットボトルに目を向け、

バーコードの読み取り機をそこに向けた。


ピッ・・・、ピッ・・・。


私は、後ろを振り返る。


「ほら、そっちも」


少年の持つペットボトルに手を伸ばしつつ、私は言った。


「いい」


「え?、何で?」


「自分で払うからいい」


少年は、顔を上げずに答えた。

私は、

しばらくの間、そのまま少年を見ていたが、

やがて、店員の方に向き直した。


「すみません。これだけでお願いします」


「え?、良いんですか?」


店員は少年の方をチラリと見てから、そう訊き返した。


「はい。

 それと、ちょっとお聞きしたいのですが・・・」


「えーと、何でしょう・・・」


「川に下りられる場所って、

 この近くに、どこかありませんかね?」


「川?。

 お客さんの言う川って、もしかしてセイガン寺川のこと?」


「はい、そうです」


その川は、

先ほど、スマートフォンで地図を確認しているときに見かけた川だった。

店の裏手を走る線路の、さらに向こう側を流れている。

午前中、少年とふたりで話し込んだ河原が、

まさに、このセイガン寺川のもので、

ここら辺は、その下流にあたる。

地図で見たところ、

この近くにも、なだらかで広い河原がありそうだった。


「うーん、下りられるトコねぇ・・・、」


店員は視線を斜め上に向けて、考え込み、

少ししてから、改めて私を見据えて、


「あるっちゃーありますけど、

 お客さん、今からそんなとこ行って何する気なの?」


と、ちょっと怪訝(けげん)そうに尋ねた。


「え?。あ、いや、

 ふたりで、ゆっくり話そうかと・・・」


「いやぁ、やめといた方が良いと思いますけどねぇ・・・」


「え?、そうですか?」


「あの川、

 今でもたまに、急に増水することがありますからねぇ・・・。

 薄暗いと、その兆候に気付きにくいですし、

 それに、

 足元がよく見えなくて、(つまず)きやすいでしょうし、

 やっぱり危ないと思いますよ・・・」


「あぁ、そうか・・・」


確かにそうだ。


「そこにテーブルとイスがありますけど、あそこじゃダメですか?」


店員は、

そう言って、道路に面している窓の方を指差した。

私は、そちらを振り向く。

見るためではない。

そもそも、

店員の言うテーブルもイスも、

ここからでは棚の陰になっているため、視認は出来ない。


「あ、はい。

 なるべく、ふたりきりの方が・・・」


そう答えつつ、

私は、店員の方に向き直した。


「そうですか・・・」


「あの、近くに良い場所ありませんかね?

 公園とか、神社――」

「あぁ、神社なら、」


店員は、私の言葉に被せるようにして声を上げると、

そのまま続けた。


「神社なら表の通りを・・・こう、左へ、

 ヨモエ駅でなくイシクラ寺駅の方へ行くと、

 十字路をひとつ越えた先の、道のあっち側にちっちゃいのが・・・。

 確か、ヨモノ神社とか何とか・・・」


「どれくらいかかります?」


「多分、歩いて10分もかからないんじゃないかなぁ・・・」


「じゃあ、そこに行ってみます。

 ありがとうございます。

 あぁ、そう言えば、

 神社って、たまに飲食禁止のところがありますけど、

 そこって大丈夫ですかね?」


「どうだったかなぁ・・・。

 まぁ、ダメなら境内にそういう看板が立ってるでしょうし、

 ちょっと探してみて、

 それでどこにも禁止とか書かれてなかったらOKだと思いますけどねぇ」


「分かりました。ありがとうございます」


「あ、ところでお客さん」


「はい」


「その神社って、森の中にあるんですよ」


「はい」


「ヤブ蚊が結構いると思うんです」


「あー、確かに」


私がそう言うと、

店員は、ニッコリと微笑んだ。


「よく効く虫除けスプレーがあっちの棚にありますけど、どうします?」

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