84.片側一車線の、アスファルトの道を
片側一車線の、アスファルトの道を、
少年と私は歩いていた。
一緒・・・ではない。
別々。
少年は、
少し離れたところの、斜め前方にいた。
道路の反対側を、
ひとりで歩いている。
目線を下に向けたまま、真剣な表情を浮かべて、
足を黙々と動かしている。
少年が見ているのは、
どうやら足元の、車道と歩道を隔てている白線のようだった。
平均台の上を歩くようにして、
ちょっと傷んだ、くすんだ色のスニーカーを、
その白線の上へ左右交互に乗せていく。
私は、視線を少年の前方へ走らせる。
進路を確かめたあと、顔を正面に戻す。
こちら側に来るのは、
当分、先のことになりそうだ。
”ファイヤードラゴン”の店先を通る道路は、
草原や畑、木立といった、
いかにも田舎らしい風景の中を、まっすぐ延びていた。
電柱が、
道の片側に、ポツポツと立ち並んでおり、
撓んだ黒い電線が、
それらの電柱の、
7、8mの高さと、その倍くらいの高さのところの2段に分かれて、
向こうへ延びている。
遥か先まで、ずっと延びている。
人影は、
私たち以外には、辺りにひとつも無い。
車通りも、ほとんど無い。
つい今しがた、
ようやく、2台目の車が追い越していった。
淡く黄色い空のもと、
すっかり小さくなった車が、
遠くで、
その姿を、更にジワジワと小さくしていく。
人家は、
畑の向こう側に、かたまっていた。
勿論、道沿いにも建っている。
しかし、そうした家は疎らだった。
道に面した原っぱや畑の合間に、
ときどき、
ポツン、ポツンと建っている。
その、道沿いの家の近くを通るとき、
壁に目を向けると、
鉄製の、長いハシゴが据え付けられていた。
屋根まで延びている。
雪を落とすときに、ここを使うのだろう。
この地域には、毎年それだけの雪が、
恐らく、降り積もるのだ。
空を飛べないサンタがいたとしても、
これなら簡単に、屋根に上がれる。
残念ながら、
その家には、中に入るための煙突が見当たらないけれども。
駐車場が、近付いてきた。
少し広めで、
バイク3台と車が2台、駐められている。
脇を見ると、
電柱と同じくらいの高さの、照明用の鉄塔が建っており、
そこに看板が4枚、取り付けられていた。
一番上のものには、
電話番号とともに、大きく《ファイヤードラゴン》の文字。
その下には、
順に《たばこ》《弁当》《特産品》の、3枚の看板が並んでいる。
《コンビニエンスストア》
駐車場の奥に、1階建ての平たい建物があり、
その、ハチマキのような軒の部分に、
店名とともに、そう記されていた。
さっき駅前で、スマートフォンを使って調べたときも、
同じように書いてあった。
ファイヤードラゴン・・・。
そんな名前のコンビニは、聞いたことが無かった。
この地域特有のチェーン店なのだろうか・・・とも思ったが、
先ほどの少年の反応を見る限りは、
そうではなさそうだ。
私は、
道路の反対側の、少年の方に目を向ける。
まだ、白線の上を歩いていた。
横断歩道は、これまで無かったし、
この先も無い。
渡るときに使えそうな白い部分は、
見たところ、
道路中央の、延々と続くツーだけのモールス信号にしか存在しない。
その、センターラインまでの距離を跳ぶのは、
助走なしでは、少々厳しそうだ。
どうする気だろう?・・・と思って見ていると、
少年は、
歩きながら目線を僅かに起こし、道先を確かめ、
続けてコンビニの方に目を向け、
そうして、足を止めた。
辺りを見回す。
何かを発見したみたいだ。
後ろ歩きを慎重にしていき、白線をちょっとだけ戻ると、
そこから道路を、斜めにまっすぐ横断していく。
「おかえり」
「うん」
「・・・」
「何で、そこで止まってるの」
「疲れたから」
「・・・退いて」
「やだ」
「・・・じゃあ、近道するからいい」
少年は、
やや不満げな声で、そう言うと、
向きをほんの少し変えてから、前に大きくジャンプし、
道路に斜めに伸びた電柱の影と、そこに重なる私の影の上から、
こちら側の白線へと跳び移った。
そして、
そのまま何も言わずに、
また線の上を、バランスを取りつつ歩き始めた。
コンビニの前まで来た。
駐車場には、
駐車スペースの仕切りのための白線が、店に向かって何本か引かれていたが、
少年は、それとは関係なしに、
店の方に歩いていく。
途中、
前を歩く少年が、進路を少し変えた。
気になるものを見付けたようだ。
あとをついていきながら、そちらを確認すると、
ジュースの自販機が見えた。
少年は、
その自販機の方へ、まっすぐ歩いていく。
「こっちだと、
こういうのって、よく売ってるの?」
少年の横に立った私は、
そう尋ねつつ、
自販機に並ぶ、缶ジュースのラインナップを眺めた。
「ううん。僕、初めて見た」
「私も初めて見た」
「・・・」
「・・・飲んでみる?」
「えー・・・。どれー?」
「この、プリン味のジュースってヤツ」
「いい」
「じゃあ、こっちのお味噌汁は?」
「そっちも、いい」
「あったか~い、って書いてあるよ?」
「いい」
「プリン味の方も、ちゃんとあったかいかもよ?」
「余計に、いい」
「・・・」
「・・・」
「・・・お店に行ってみよっか」
「うん・・・」
店の入り口のところまで来た。
自動ドアの脇を見ると、
そこのガラス窓には、
たくさんの貼り紙が、それぞれイラスト付きで並んでいた。
《サンドイッチ》
《手作りおにぎり》
《ソフトクリーム》
《挽き立てコーヒー》
《昆布〆寿司》
《世界のタバコ》
《タチヤマTシャツ》
《当店オリジナル缶バッジ》
《みみず あります》
「みみずぅ?。ねぇねぇ、これ見てー。
みみずあります、だってー」
顔をこちらに向けた少年が、
嬉しそうに、そう言った。
「みたいだね」
「何でそんなの売ってるわけー?」
「多分、釣りに使うんじゃないかな・・・」
「・・・釣り?」
「うん。釣りの餌」
「あー、・・・そっかぁ」
少年は表情を戻すと、
視線を、また貼り紙の方にゆっくりと向けた。
「・・・どうしたの?」
「ん?。
うん、ちょっと・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・別に、釣りに使わなくても良いんだよ?」
「?、どういうことー?」
「自分で食べても良いんだよ?」
少年は吹き出した。
笑いを堪えつつ、顔をこちらに向ける。
「た、食べるわけないじゃん!」
「じゃあ飲むわけ?。
男らしく、イッキ飲み?」
「イッキ飲みなんかしないよ!。
も、もう!、急に変なこと言うのやめてよー!」
少年は、
そう口にして、崩れ落ちるようにしゃがみ込むと、
そのまま、腹を抱えて笑い始めた。
私は少年の、その姿を、
すぐ傍で、じっと見ていた。
何だかとても、懐かしい気がした。




