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Summer Echo  作者: イワオウギ
II
82/301

80.走行中の列車の車内を

走行中の列車の車内を、

少年と私は、ふたりで移動していた。

ちょっと前のアナウンスで、

次の駅では、

先頭車両の、一番前の扉しか開かない・・・と言われたからだ。

私たちは、後ろの車両に乗っていた。

(あらかじ)め、前に移っておいた方が良いだろう・・・と判断した。


列車の、連結部のところまで来た。

扉に手をかけ、

横に、軽くスライドさせてみる。

すぐに動いた。

途端に、

クリアな走行音が、隙間の向こうから聞こえてきた。


私は扉を、

今度はそのまま、一気に開ける。

連結部を覆う(ほろ)の蛇腹が、

前後に激しく、行ったり来たりを繰り返している。

足元に目を向けると、

こちら側とあちら側の、重なり合った2枚の金属板が、

ときどきカチャカチャと音を立てつつ、

(せわ)しなく、不規則に擦れ合っていた。


私は、

開けた扉が閉じないよう、手で押さえると、

連結部の、絶え間なく揺れ動く金属板の上に片足を乗せた。

体重をかけていき、大丈夫そうなのを確認し、

後ろに立つ、少年の方を振り返る。

少年は、すぐに顔を上げた。

そして、

私が口を開こうとしたタイミングで、視線を扉の方に向け、

そちらに近付き、

自分の手を、私の手のすぐ下に添えた。


私は、押さえていた手を離した。

正面に目を向け、

もう片方の足も、金属板の上に乗せた。

小刻みに揺れ続ける不安定な足場の上で、バランスを保ちつつ、

先頭車両への、次の扉に手をかける。

一度、中ほどまで横にスライドさせて、

次いで、

呼吸を止めてから、一気に開く。


視界の左右に、背もたれの列。

奥の方まで、ずらっと並んでいる。

その背もたれの上には、

乗客たちの頭が、

ちょこんと、

あっちこっちに、たくさん。

こちらの方が混んでいるようだ。


扉を手で押さえつけたまま、先頭車両へ。

()いで、後ろを振り返りつつ、

反対の手に持っていた通勤カバンの側面で、今度はその扉を押さえつけると、

そこで少年を待つ。


少年は、

ひとつめの扉を、ちょうど閉め終えたところだった。

すぐさま、こちらを振り向き、

ふたつめの扉へと手を伸ばすと、

それを押さえつけながら、連結部から出てきた。

私は、カバンを扉から離す。

向こう向きの少年が、

両手で握った扉の取っ手を、体を斜めにして何度か横に引っ張り、

それが動き始めたことを確かめると、

私は左足を引き、車両先頭の方に向き直し、

通路を再び進み始めた。


途中、シートの横をいくつか通り過ぎたところで、

私は後ろを振り返る。

あとをついてくる少年をチラリと見て、

すぐさま前に向き直す。

顔が、ちゃんと見えていた。

俯いてはいなかった。



細かく振動する車内を、体のバランスに気を付けつつ進んでいく。

その目指す先、車両の先頭近くの真ん中には、

腰の高さほどの、箱型の機械が設置されていた。

上面には、

ICカードをタッチするパネルと、お金の投入口が付いており、

横には、釣り銭のための、

お椀型の、プラスチックの受け皿があった。


運賃の精算機だ。

今朝乗った車両にも付いていた。


精算機の背後は、

運転室の壁に、すぐに突き当たっているわけではなかった。

通路が少しだけ、まだ奥に続いている。

そして、

そこの両脇には、シートは並んでおらず、

代わりに、

その通路の、左右の空きスペースには、

4人の乗客たちが吊り革に掴まり、それぞれ窓の方を向いて立っていた。

彼らの体の前には、登山用の大きなザック。

倒れないよう、膝で押さえつけながら、

ひとりは窓の外を眺め、

残りの3人は顔を俯け、目を瞑っていた。

列車の振動に合わせ、彼らの体も小さく揺れる。

置いてあるザックの数が、立っている人よりも多い気がする。

荷物番を仲間に任せ、シートでゆっくりと休んでいる人が、

恐らく何人かいるのだろう。



足元が、急に後ろにズレた。

つんのめる格好になり、

咄嗟に、足を前に大きく踏み出す。


「次はヨモエ、ヨモエです。後ろの扉は開き・・・」


流れ始めた車内放送に耳を傾けつつ、

体に働く慣性のままに、

そのまま2、3歩、前に進む。

通路脇の、シートの背もたれに手を伸ばすと、

そこで止まった。

一息つき、背後を振り返る。


少年は、ちょっと後ろで足を止めていた。

シートの、背もたれ横のグリップを握りしめ、

私の顔を、じっと見ている。

しかし、

不意にその手を離し、こちらに来ようとしたので、

私は、すぐさま首を横に振った。

少年は、立ち止まった。

少しだけ後戻りし、先ほどのグリップを再び握ると、

私の表情を、そっと窺った。

私は、少年に向かって小さく頷き、

それから、窓の外を眺めた。


風景の手前を、草原(くさはら)と、

ときどきそこにポツンと生えている立ち木が、

ゆっくりと後方へ流れていく。

向こうの方には、こちらと平行に、

1本のガードレールと1本の道路が、ずっと続いている。

車は1台も走っていない。

そのすぐ背後には、深い森が広がっていた。

枝葉の色合いは、

出発したときよりも、より一層黄色く、

より一層暗くなっている。


やがて、

手前を流れていた草原が、作物の植えられた畑へと切り換わった。

その一面には、

青々とした農作物が、規則正しく並んでいる。

続けて、人家がポツポツと見え始めると、

また、強い慣性が体に働いた。

すぐさまエンジン音が下がっていき、

列車は、甲高いスキール音を響かせつつ、

そのまま、ゆっくりと停車した。



窓の外の、向こう側には、

背の高い木立の、まっすぐな幹が横にズラッと並んでいた。

根元近くは、

雑草と低木の緑の葉が、雑多に生い茂っており、

駅のホームは、

その茂みから、更に目線を下に向けたところの、

窓の下端、サッシに近い部分に、

その(へり)とともに、僅かに見えているだけだった。

ホームの上を覆う、雨()けの屋根も、

それを支える柱も、

自販機も、ベンチも、

敷地を隔てるフェンスや壁も、窓の外には見えない。

周囲より少しだけ高くなった足場の、

細長い、野ざらしのホームが、

木立と茂みの前にあるだけだった。

人の姿も、全く無い。


私は、少年の方に顔を向けた。

少年は、

背もたれのグリップを握ったまま、私の顔をじっと見ていたが、

私が無言で頷くと、

すぐにその手を放し、こちらに近付いてきた。

私は車両の先頭の方に向き直し、足を踏み出した。



通路の先の、精算機の前まで来た。

向こう側には、

運転室から出てきたばかりの、若い乗務員が立っていた。

運転士用の、白色の薄い手袋をはめた手を、

その指を揃えて開いたまま、

体の前にある、箱型の機械へと向ける。


「運賃の精算は、こちらでお願いします」


「あ、はい・・・。えーと・・・、」


私は顎を引くと、

スーツの胸のポケットに目をやり、そこからチケットを取り出そうとしたが、

しかし、すぐさま顔を上げた。

そのまま乗務員に訊き返す。


「え?、精算?」


「はい。

 当駅には、駅員は常駐しておりませんので・・・」


ウッカリしていた。

ここは無人駅だったのだ。

列車を降りると、駅を出たのと同じ扱いになってしまう。

私は、後ろを振り返った。


「どうする?、次の・・・、」


と、少年に言いかけたところで、

私は乗務員の方に向き直した。


「あの、すみません。

 次の駅も無人駅でしょうか?」


「いえ、次のイシクラ寺駅には駅員はいますが・・・。

 あの、どうかなされましたか?」


「え?。あ、いや、

 ちょっと、ここのホームで休んでいこうと思いまして・・・。

 私のチケットは大丈夫なんですが、

 その、こっちが・・・」


そう答えてから、少年の方を振り向こうとすると、

すかさず乗務員が話し始めた。


「もし、お子さんの体調が優れず、

 それで()むを得ず、お降りになるのでしたら、

 あとから来る列車にその旨をお伝えし、

 その子の分だけ、ここでの出場を無かったことにも出来ますが・・・」


「え?、あ、いや、」


私は、

体の前で広げた手を、慌てて左右に振った。

やや早口になりながらも、言葉を続ける。


「ゆっくり景色を眺めようと思っただけなんで、

 その・・・何でもないです。大丈夫です」


若い乗務員は、

少しの間、黙って私を見ていたが、

やがて、口を開いた。


「・・・分かりました。

 それで、どうなさいますか?」


「あ、はい。ここで降ります」


これ以上、発車を待ってもらうのも悪いと思って、

そう答えた。

次いで、

胸のポケットに手を伸ばしつつ、後ろを振り返る。


「良いよね?」


少年は私を見上げて、黙って頷く。

私は乗務員の方に、改めて向き直した。

ポケットから、ダムの写真付きのチケットを取り出し、

それを手渡す。


「・・・では、拝見させて頂きます」


「これって、降りたあとも使えるんですよね?」


念のため、訊いてみると、

乗務員は、手元のチケットからすぐに顔を上げ、


「はい、今日中であれば有効ですよ」


と答えながら、チケットをこちらに返した。

私は、

それを受け取ると、横に1歩ズレた。


「ありがとうございます。ほら、次」


斜め後ろを振り返り、声をかけると、

少年は顔を下に向け、ズボンのポケットに片手を突っ込み、

ゴソゴソと中をまさぐりつつ、精算機の前へと進み出た。

水色のパスケースを抜き出し、窓付きの面が表になるように持ち直すと、

それを、ICカードの読み取り機の上に(かざ)す。

電子音。

乗務員が、少年に向かって頭を小さく下げる。


「行こう」


そう言いながら、乗降口に足を向けると、

乗務員が、私を呼び止めた。


「あの、お客様・・・」


「え?。あ、はい」


立ち止まり、振り返る。


「トイレに行きたくなりましたら、

 駅を出たところを、すぐに左へ曲がって進んで下さい。

 公衆トイレがあります。

 それと、トミヤマ方面への次の列車は、

 約1時間後の18時48分です。

 最終列車は20時52分ですので、お気を付け下さい」


「はい、分かりました。ありがとうございます」


お礼の言葉を口にすると、

こちらに顔を向けていた若い乗務員は、次に少年を見た。

目を細めて、優しく微笑みかけると、

それから運転室の方に向き直し、そのままそちらに引き返していった。

一昔前の日本においては、

こうやって気を利かせてくれる乗務員さんは、あちこちにいたようです。

現在は様々なトラブルのもとになってしまうので、めっきり見かけなくなりましたが、

とは言え、

ホームで手を振る子供のためにホーンを鳴らしてあげている列車を見かける度に、

今も昔も、そんなに変わらないなぁ・・・と思ってます。

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