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Summer Echo  作者: イワオウギ
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 8.遠くを見つめた

遠くを見つめた。

対岸の森の、ずっと向こう。

その遥か先を。


「私は、

 世の中は面白くないと思っていた」


「・・・」


「つまらないと思っていた」


「・・・」


「毎日が退屈だった」


「・・・」


「全て・・・、くだらない」


「・・・」


日差しが、いつの間にか弱くなっていた。

薄雲が、

ちょうど今、上空を通っているのだろう。

私の頬の片側に、

水気を含んだ、冷たい空気が当たる。

私は、ひとりで語り続ける。


「たまたま電車に乗っていて、

 サッカーのユニフォームを着て応援に向かう団体を見かけた」


「あんなの観て何が楽しいんだ・・・って思ってた」


「家族がテレビを見て、笑っている」


「こんな、しょうもない話で笑えるなんて幸せだな・・・って思ってた」


「学校にいるとき、

 誰かが変なことを言った」


「周りは、

 それを聞くなり、声を上げて笑った」


「でも私には、

 それのどこがおかしいのか、全く分からなかった」


「ただ、笑わないと仲間外れにされそうで、

 それが怖くて、私も笑った」


「いつだって、

 まず、誰かが笑い出すかどうかを確認し、

 次いで、自分が笑うべきかを判断し、

 それから笑っていた」


「みんなに合わせ、笑っていた」


「楽しくなかった」


「虚しかった」


「何もかもが、面白くない」


私は、

そこで一旦、下を向いた。

短く息を吐き捨てる。

少ししてから顔を上げると、

また、遠くを見つめ、

話を続ける。


「学校からの帰り道」


「季節は秋で、

 日は、とっくに暮れていた」


「真っ暗」


「自転車を走らせていた」


「友人と私」


「ライトのモーターを唸らせつつ、重たいペダルを漕いでいた」


「寒かった」


「指先も耳も痛かった」



「途中、コンビニに寄ることになった」


「多分、何となく」


「もしかしたら、何か理由があったのかもしれない」


「でも、覚えていない」


「忘れてしまった」


「・・・店に入り、

 私は、

 紙パックの、あるジュースを手に取った」


「珍しいのを見付けた・・・と言いながら、

 友人の方へ近付いていく」


「梨のジュースだった」


「友人は、

 じゃあ、俺も・・・と言って、

 そのジュースが並ぶ棚へ、足を向けた」


「友人のあとをついていきながら、

 私は、ちょっとだけ誇らしかった」



「・・・店内で飲むことになった」


「そのコンビニには、

 イートイン用のスペースがあった」


「そこのテーブルに、

 友人と向かい合わせになって座った」


「かじかんだ指と歯を使って、袋からストローを引っ張り出し、

 長く伸ばして、

 その先っちょを紙パックの差し込み口にあて、

 手のひらで何回か叩いて、中へ押し込み、

 そうして、梨のジュースを飲んだ」


「客は、他にいなかった」


「店員も、

 レジが終わると奥へ戻っていった」


「ふたりきりだった」


そこまで話した私は、

脇にある、自分のペットボトルに目を向け、

手を伸ばした。

キャップを開け、ひと口飲む。

あのときとは違う味。

苦い。



「・・・多分、何かの弾みだった」


お茶を元の場所に戻した私は、

そう言いながら、顔を正面へ戻した。

また、膝先で手を組み、

コンビニでの話を再開させる。


「キッカケは覚えていない」


「その友人に、

 私は、ボソッと漏らした」


「世の中って、

 何でこんなに面白くないんだろう・・・って」


「そしたら、

 友人が顔を上げ、私の目を見て言ったんだ」


「それは、

 お前が面白くないからだ・・・って」


「お前がつまらない人間だから・・・」


「だから、面白さに気付かない」


「気付けない」


「世の中は面白い」


「世の中は全て面白い」


「つまらないものなんて、何ひとつない」


瞬間、

私の眼前に、そのときの友人の顔が(よみがえ)った。

そのときの、

私をまっすぐ見据える、力強い眼差しが浮かび上がった。

どこまでも澄んでいて、何よりも透明な瞳。

混じりけのない、吸い込まれそうな黒。


確固たる自信。

確固たる信念。

確固たる想い。


揺るがない心。

揺るぎない言葉。

揺るぎなき魂。


そして、鮮明に思い出した。

己の痛みを。

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