表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Summer Echo  作者: イワオウギ
I
67/301

65.飾り気のない、コンクリートの上り斜面

飾り気のない、コンクリートの上り斜面。

のっぺりとした、上り斜面。

そこに続く、鉄の階段。


右足。

乾いた音。

左足。

乾いた音。


照りつける太陽。

爽やかな空気。


呼吸。

呼吸。

汗。


鼻先に溜まった(しずく)千切ちぎれ、

俯けた目の前を、まっすぐ下に遠ざかっていく。

乗せた革靴のすぐ近く、えんじ色をした鉄板に落ち、

ペチッ・・・と弾け、

薄く円形に広がり、

辺りを濡らす。



やがて私の視界に、

オレンジと黒の、縦縞(たてじま)模様の段が現れた。

それまでとは異なる段。

視線を僅かに上げる。

もう一段。

その次に、段は無い。


私は、

その、縞々の段へと足を運ぶ。

乾いた音。

そのまま体を引き上げ、

逆の足を、

次にある、最後の段に乗せた。

こもった音。

道は、ここからはコンクリートの路面となっている。


片足を最後の段に乗せたまま息を短く吐き、

それからすぐに深く空気を吸い込んでいき、呼吸を止める。

上体を少し前傾させ、

それと同時に、上げた方の(もも)に力を込める。

曲がった膝をググッと伸ばしていく。

体を何とか上げ、

次いで、反対の足も段上に引き寄せた。

視線を足元に落としたまま、溜めていた息を一度に吐き捨て、

それから、新鮮な空気を、

胸いっぱいに、大きく吸い込みながら顔を真上に向け、

自分の頭より高いところに建っている、円形の展望台を仰ぎ見る。


丸みを帯びた、建物の壁。

空が薄く映り込んでいる、澄んだガラス窓。

また、建物の壁。

屋上の(ふち)

空。

晴れた空。

やっと、ここまで。


私は、展望台に目を向けたまま、

呼吸を何度か続ける。

やがて、

息を強く吐き、区切りをつけると、

上に向けていた顔を、正面に戻した。

少年が、

すぐ近くで、私の顔を見上げていた。


「行けるー?」


「あぁ・・・、ごめん、ごめん。

 もう、大丈夫」


「・・・」


「・・・何?」


「ううん、何でも」


少年は、そう言って私に背を向け、

歩き出した。

まだ、私の息が上がっていたことを、

少しだけ気にしたのだろう。



道は、階段を上りきったあとは、

すぐに展望台の、土台部分の壁に突き当たっていた。

そこで左に折れ、

土台の裏側へと回り込むように、

細い通路が壁伝いに、右にカーブしながら延びている。


少し進むと、通路は急に暗くなった。

影の中に進入したのだ。

頭上の展望台は、

ここからは、やや通路側にはみ出ており、

私たちは今、

その、はみ出た部分の真下を歩いていた。

熱い日差しがなくなると、途端に涼しく感じる。


通路の左手側には、

丁度この高さに、木々の(こずえ)が来ていた。

そちらに立つ柵の向こうには、すぐに小さな崖があり、

梢は、そこの崖下に生えている木々のものだった。

展望台の影の外で、梢の枝葉が、

向こうに広がる山の景色を遮るようにして、通路の外周にずっと茂っている。



再び、階段があった。

今度は短い。

14、5段ほど。

頭上のコンクリートの屋根も、

それに合わせ、ここで高くなっている。

天井を見上げていた私は、

視線を、また足元に落とすと、

少年に続き、

そこにある階段の、1段めに足を乗せた。


少年が、

その階段の、一番上の段に足をかけたところで顔を右に向けた。

そちらを見たまま、階段を上りきり、

そのまま何歩か進み、

やがて、立ち止まった。

私も、少年から少し遅れて上りきると、

そちらに目を向ける。


湯気の立つコーヒーカップが描かれた看板が、

ちょっと先の、突き当たりに立っていた。

看板の脇には、

開きっぱなしの、ガラスの自動ドア。

奥を見ると、

テーブルとイスが整然と並べられている。

赤いエプロン姿のウェイターが、サンドイッチを乗せたトレイを持ち、

窓際の席で待つ客の背中に、近付いていく。


「入る?」


尋ねてみると、

少年は私を見上げ、それから静かに首を振った。


「ううん。ちょっと気になっただけ」


少年は、そう答えると向きを戻し、

再び歩き始めた。

私も、少年について行く。


すぐにまた、

先ほどと同じくらいの、短い階段にぶつかった。

その階段は、暗くはなかった。

影の外。

上から太陽が照りつけており、

コンクリートの階段は、

全体的に、白い明かりをぼんやりと放っている。

少年と私は、

肌を焼くような、強烈な日光の中に身を晒すと、

そこを1段ずつ上っていく。



少年に続いて、階段を上りきった。

前方の、少し先には、

岩肌の目立つ険しい崖。

視線を上げる。

山の尾根。

真っ青な空との境界を、

木々の深い緑が、もこもこと覆っている。


顔を左に向けると、

間近にある柵の、すぐ後ろには、

黄緑色の草が茂っていた。

その向こう側には、薄っすらと白んだ水色の空。

すぐ下に、

緑で埋め尽くされた、山間(やまあい)の景色が広がっている。


その、山間の景色の中央には、

谷がひとつ、向こうの方へと続いていた。

谷底に目を向けると、

真っ白な河原が、眼下に小さく覗いている。

谷の両側は、鬱蒼とした山々の尾根が挟み込んでいた。

左右交互に入り組みながら、

遠く、向こうの方へと、

次第に色を薄くしていきながら、

尾根は、ずっと延びている。


私は、景色を見るのをやめ、

右に向きを変えた。

瞬間、

たくさんの観光客たちの姿が、私の視界に映り込む。


開かれた場所。

広い空間。


一冊のガイドブックを一緒になって覗き込んでいる、若そうなカップル。

遠くの山に向かってカメラを構え、

口角の片側を釣り上げ、そのファインダーを覗き込んでいる、

帽子をかぶった中年男性。

後ろを振り返りつつ、ゆっくり歩く、

小さな子どもを連れた親子。

そこに、更に小さな子どもが駆けていく。


私は、そちらに向かって足を踏み出したが、

すぐに立ち止まった。

その場で顔を右に向け、

左に向け、

もう一度右に向け、

更にそこから

上体を、より右側へ捻り、

動きを止める。


明るい日差し。

その奥。

小さな背中。

紺と白の長袖シャツ。

黒い頭。

じっと見上げている。

その、すぐ向こうには、

木でできた大きな案内板。

ひとり、静かに見上げている。


私は、

首から下も、そちらに向けると、

その後ろ姿に、

ゆっくりと近付いていく。



「何て書いてあった?」


少年の後ろに立ち、私は尋ねた。

少年は、こちらを振り返り、

私を確認し、

すぐさま、顔を戻した。

それから、また案内板を見上げ、

指差した手を、

上に、ピーンと伸ばす。


「この字は、けい・・・で合ってるー?」


「合ってるよ」


「じゃあ、分かったー」


「うん、教えて」


「くろばだむ」


「・・・続きは?」


「多分だけどー」


「うん」


「多分だよー?」


「うん」


「てんぼーだい、きゅうけいじょ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ