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Summer Echo  作者: イワオウギ
I
62/292

62.「あー、面白かったー」

「あー、面白かったー」


路上に仰向けのまま、ひとしきり笑った少年は、

自分の正面に広がる青空に向かって、満足そうに言った。


「気が済んだ?」


「うん!」


「じゃ、そろそろ立ち上がろ?」


「えー・・・、やだー」


「え?。

 いや、そんなこと言わずに・・・立ち上がろ?」


私は、

道の右手側の、展望台に続く階段を見上げつつ、

少年を促した。


「やだー。

 僕、笑い疲れちゃったから、

 このまま寝てるー」


「いや、他の人に変な目で見られちゃうから・・・」


私は、

今度は、自分の後ろを振り返った。

人影は、こちらも無し。

幸い、誰も見ていないようだ。


「あー、そっかー。

 そうだねー」


素直に応じる、少年の声が聞こえてきた。

私は、

胸を撫で下ろしつつ、少年の方に向き直す。

仰向けの少年は、

体を横に倒そうと、片側の肩を浮かしかけた・・・が、

すぐに、体の動きをピタッと止めた。

その肩を、路面にゆっくり下ろし、

また、仰向けの体勢に戻ると、

空を見上げたまま、

片方の手を、ズボンのポケットに突っ込む。

中をまさぐり、カタウデマンを抜き出し、

自分の眼前に、両手で掲げた。

無言。

しばし見つめる。


やがて少年は、

手に持ったフィギュアを口元に近付けた。

フッ・・・と、息を短く吹きつけ、

すぐさま離し、

自分の眼前に、再び掲げると、

その真っ赤な顔を、

指の腹で、何度か拭った。


少年は、少しの間、

キレイになったフィギュアの顔を、じっと見ていたが、

やがて、

フィギュアの全身を、指でゴシゴシと擦り始めた。

少しずつ持ち替えつつ、

様々な角度からじっくり真剣に眺めては、ときどき息を強く吹き付け、

その表面を、

(くま)なく、丁寧に、

指の腹で拭っていく。


ひと通りそれが終わると、

少年は、

眼前に掲げたフィギュアを、自分と向き合うように持ち直した。

フィギュアの顔を、改めてじぃっと見つめ、

指の腹で、もう一度だけ拭うと、

それを、ズボンのポケットに戻した。


仰向けの少年は、

空に向かって、ひとつ息を吐いた。

そして、

今度は、さっきとは逆側の肩を浮かせ、

そのまま、体を横に回転させていく。

浮かせた方の腕を、その回転した先の路面に伸ばし、

手のひらをつき、

更に体を回転させて、

お腹を下に向けた姿勢で、上体だけを路面から離した。

その、オットセイのような体勢から、

少年は、もう片方の手も下につき、

()つん()いの格好になると、

右足、左足の順に、路面をしっかりと踏みしめ、

上体を起こし、頭を持ち上げ、

その場に、

すっくと立ち上がった。

すぐさま下を向き、

左右の手のひらについた細かい砂を、黙って払い始める。

私は、口を開く。


「・・・後ろ向いて」


「え?、何でー?」


少年は、顔を上げずに訊き返した。

両手を、まるで手裏剣を飛ばすかのように、

シュッシュッ、シュッシュッ・・・と、

熱心に擦り合わせている。


「いいから後ろ」


「・・・んー」


少年は、

手を動かしつつ、こちらに背を向けた。

私は、少年の頭へと手を伸ばす。

髪に(まと)わり付いた砂粒を、

少年の頭を叩かないように気を付けつつ、

丹念に、入念に払い落としていく。

少年は、

少しすると上半身を捻り、自分のお尻を覗き込み、

そこに付いた砂粒を、

手で、はたき落とし始めた。

私も、

少年が上半身を捻ったのに合わせて、ちょっとだけ移動し、

今度は、少年の背中をはたく。


やがて、

少年がお尻の砂を落とすのをやめ、

下を見たまま、前に向き直し、

ズボンを、両手でパンパンと叩き始めた。

徐々に腰を曲げつつ、ちょっとずつ頭を低くしていきながら、

上から下の方へと、

順番に、砂を落としていく。

私は、

途中で背中をはたくのをやめ、手を引いた。

そのまま、静かに見守ることにする。



「砂、もうへいきー?」


頭を上げた少年が、

上半身を捻り、私の方を振り返って尋ねた。


「背中、ちょっと見せて」


「んー」


私は、

顔を向こうに向けた、少年の頭を軽く払い、

それから、背中を少しだけはたき、

手を戻した。


「もう大丈夫」


「うん、ありがと」


少年は、

お礼を言って、こちらを振り返った。

私を見上げ、

続けて尋ねる。


「もう行くのー?」


「うん、行こう」


「あと、どれくらい上がるのー?」


「うーん、まだ半分も来てないと思うけど・・・」


私は、顔を少しだけ右に向けた。

道を遮っている金網フェンスの向こう側でそびえ立つ、コンクリートの壁を見上げる。

私たちのいる、フェンスのこちら側でそびえ立つ壁と違って、

そちらの壁は、やや薄汚れている。

全体的に黒く(すす)け、ところどころ表面が欠け落ち、

ヒビ割れも、あちこちに走っていた。


そのまま上の方へ、目で辿っていくと、

壁の表面を、

焦げ茶色の苔が、フェルトのようにモコモコと広く覆うようになり、

更に、その上の、

壁のテッペンの向こうには、鬱蒼と茂る木々の枝葉が見えた。


「展望台?」


少年が尋ねた。


「うん」


上を向いたまま、答える。


「見えないねー」


「うん、見えない」


壁上の枝葉は、

厚く深く、隙間なく生い茂っており、

その背後に広がっているはずの青い空さえも、全く見えなかった。

私は、

木々を仰ぎ見るのをやめ、少年の方に顔を向けた。

少し遅れて、

少年も、こちらを見上げた。


「行くのー?」


「うん」


「分かったー」


「・・・」


「・・・なにー?」


「いや、何でも」


私は後ろを振り向き、道を引き返し始めた。

少年が、すぐに隣に駆け寄り、

私に並ぶ。


「ねぇ、なーに?。

 教えてよー」


「え?。

 いや、別に大したことじゃないんだけど・・・」


「うん」


「大きくなったな、って」


「・・・大きくなった?。なにがー?」


「たんこぶ」


「えー」


少年は、

すぐさま顔を俯け、左右の手を自分の額に宛てがった。

歩きながら、

その感触を、何度も何度も確かめる。


「ほんとだ・・・。

 さっきより、ちょっとおっきくなってる・・・」

少年も私も怪我しない・・・って説明に書いてるけど、

このたんこぶは軽傷なので大目に見てください。

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