表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Summer Echo  作者: イワオウギ
6/285

 6.タチヤマ駅の改札を抜けた

タチヤマ駅の改札を抜けた。


確か、次はケーブルカーのはずだ。


私は、歩きながら正面に目を向ける。

通路は、少し先のところで壁に突き当たっていて、

そこには、木製のベンチが置かれていた。

年配の女性客たち4人が、リュックを背負ったままで腰を下ろしている。

そのうちの3人が、

1冊のガイドブックを一緒に覗き込んで何かの相談をしており、

端っこに座る、残りのひとりが、

顔を3人の方に寄せて、(あめ)玉を乗せた手をせっせと差し出している。


私は、上を見る。

天井に、横長の標識が据え付けられていて、

左斜め上を指す矢印のあとに、《ケーブルカーのりば》の文字が続いている。


見上げるのをやめ、私は顔を左に向ける。

階段の上り口。

そちらへ、少しずつ折れていく。

はしゃぐようなお礼の声が、次々に3つ構内に響く。



上り口の前に来た。

目線を上げる。

階段の、それぞれの段の正面部分に、

それぞれ違う言語で、行き先が書かれていた。


《 ケーブルカー 改札口 》

《Cablecar Ticket gate》

《 케이블카 개찰구 》

《   缆车检票   》

《   纜車驗票口   》

《 ประตูตรวจตั๋วรถกระเช้า 》


一番下のこれは・・・、タイの文字だろうか。


私は、

顔を更に下へ向けて、視界に入った1段目に足を乗せると、

階段を上り始めた。



上の階に出た。

構内は、大勢の観光客たちで(にぎ)わっていた。


小振りのナップザックを背負い、チェック柄の厚手の長袖シャツを着た、

いかにもハイキングらしい身なりの人々。

底の厚い登山靴を履き、

カラフルなウィンドブレーカーを身に(まと)い、

背中に、

同じくカラフルで、大きくて重そうなザックを(かつ)いだ人々。

そのザックの横には、

ときどき、銀色のマグカップがぶら下がっていた。

歩くたびに、小さく揺れている。

私のような、

真っ黒いスーツに身を包んだ、通勤姿の人は見当たらない。

私は、天井近くの標識に目を向ける。


《←ケーブルカーのりば ↑バスのりば ↑きっぷうりば》


視線を下ろし、左を向く。

行き交う人々の奥に、

観光客たちの、たくさんの背中が見えた。

並んでいる。

50人・・・、

いや、もっと多いかもしれない。


その、並ぶ人たちの頭上を見ると、

大きな液晶パネルが、3枚横に並んでいた。

左端のパネルには、

《10:10発》と、大きく表示されており、

残りのパネルには、

それぞれ、

ケーブルカーの写真と、山をバックにした高原が映し出されていた。

高原の映像には、

向こうへと延びる道路と、バスが1台映り込んでいたが、

そのバスは、パッと奥へと移動し、

更に少しすると、

また、パッと奥に移動した。

どうやら、

10秒間隔のライブ映像らしい。


私は、スーツの内ポケットに手を伸ばした。

スマートフォンを取り出し、時刻を確認する。


9時57分。

13分後。

しかし・・・。


スマートフォンを戻し、行列を見る。


その便には、

恐らく、乗れないだろう。

ケーブルカーの定員を、

もう、超えてしまっている気がする。


私は、

もう一度、左端の液晶パネルに目を向ける。

《10:10発》の表示の下、

やや小さめな字で《次発 10:30発》。

20分おきの発車なのだろう。


少し考えた末、

私は、足を自分の右へ踏み出した。

そのまま向きを変えつつ、2歩目も踏み出し、

そちらへ歩いていく。

視線の先、

フロアの床の、更に向こうの低い位置に、

まぶしい外の景色。

近付くごとに、

その景色が、だんだんと床の下から現れてくる。


列に並び、あそこで待っていても良かった。

ただ、30分以上もあることだし、

せっかくなので、駅の周りを歩き回ってみることにした。



階段を下りていき、外に出た。

目の前は、ロータリー。

周囲に、

雑貨店、山荘、飲食店などが建ち並んでいて、

それらの建物のすぐ背後には、

山々の、くっきりとした緑色の斜面が迫っていた。

もう、すっかり山の中だ。


辺りを見回すと、

近くに、湧き水を見付けた。

大きめな石で組まれた水受けに、こんこんと注がれている。

登山客たちが、

ヒシャクで水をすくって、それを口に運んでいる。

私も、ひと口だけ飲んでみようと、

そちらに足を向ける。


水は、思ったほどには冷たくなかった。

しかし、

口当たりは予想通りで、まろやかな感じだった。

とても柔らかい。


ヒシャクを水で洗って、元の場所に置くと、

私は、その湧き水をあとにした。

あてもなく、ぶらぶらと道路を歩くことにする。



駅を少し離れると、

人は、ほとんどいなくなった。

車も通らない。

静か。

日差しは、相変わらず強い。

アスファルトの路面に、

自分の真っ黒な影が、はっきりと映り込んでいる。

風は、

涼しい中に、ほんのりとした暖かみを(はら)んでいる。

とても清々しかったが、

道の脇の、ぼうぼうと茂る雑草の近くを通るたび、

その、鼻につく草の匂いとともに、

ムワッとした熱気が、頬をねっとりと撫で付けていく。


道なりに、

ひとり、しばらく歩いていると、

黒いスーツが日光を吸収し、表面が熱くなってきた。

まだ午前中。

午後に向かって、日の光は更に強くなっていく。


途中、開けた場所から川が見えた。

そちらへ足を向ける。

階段状の、コンクリートの堤防があり、

そこを下りていく。


下には、10段ちょっとで着いた。

私の、黒い革靴の先には、

真っ白な砂の、なだらかな河原が広がっている。

小さくて丸い石が、ところどころに散らばっていて、

そのまま目線を少し起こすと、

向こうの方に、

太陽光をキラキラと反射する川面が見えた。

河原は、

その周辺は砂粒ではなく、細かい砂利になっていた。

腰掛けられそうな大きい石も、いくつか転がっている。

石・・・と言うより、岩に近いのかもしれない。

川幅は、多分10mくらい。

さっき歩いてた道路よりも、幅がありそうだった。

水深は、見るからに浅そうだった。

深いところでも、

恐らく、30cmもないだろう。

全体的に、

広く薄く、流れている。


そのまま、川下の方に目を向けていくと、

離れたところに、

小さな人影を見付けた。

子供の背中。

紺と白の、ボーダー柄の長袖シャツ。

黒い頭。

短い髪。

帽子は、かぶっていない。


川辺にある大きな石の上に、

ひとり、

ポツンと座っていた。

周りには、他に誰も見当たらない。


私は、

川辺の、その小さな背中に、

しばらくの間、目を向けていた。

子供は、石の上で、

照りつける太陽のもと、身動きひとつしない。

じっと座っている。


私は、河原に背を向けた。

そのまま、堤防の階段を上がっていき、

道路に戻ると、

辺りを見回しつつ、駅の方へと引き返していく。

駐車場の横を通りかかったとき、

たくさん並んだ車の向こうに、赤い自販機が見えた。

進路を変え、その駐車場へ入っていく。


自販機の前まで来た。

カバンを足元に置き、売られている飲み物のラインナップをざっと確認する。


・・・緑茶にしよう。

大きくなくても、別に良いかな。


財布から500円玉を取り出し、それを投入口に。

次いで、

《つめた~い》と書かれた青いラベルに指を伸ばし、そのすぐ下のボタンを押す。

買ったものが、

すぐさま軽快な音とともに、勢い良く転がり落ちてくる。

(かが)んで、自販機の下の方にある排出口に手を突っ込むと、

落ちてきたばかりの、ミニサイズのペットボトルを(つか)み出し、

立ち上がる。

ふと、

足元にある、自分のカバンに目が行った。


あぁ、そうか。

もう片方の手は使えないんだった。


ちょっと迷ったが、

冷えたペットボトルを、スーツの腰のポケットに挿し込む。

そして、

再び、目の前にある自販機を見据えると、

さっきと同じボタンを押し、

最後に、

釣り銭のレバーをぐいっと下げた。


お釣りをしまった財布を、ズボンのポケットに戻す。

また屈んで、排出口に手を伸ばすと、

2本目を掴み出し、

反対の手ではカバンの持ち手を握り、

すっくと立ち上がった。

後ろを振り返り、

駐車場を歩いていき、道路に戻った私は、

そのまま、

再び、河原の方へと足を向けた。

「革靴の先」という表現は、通常は靴の爪先(つまさき)部分のことを示す言葉だと思いますが、

ここでは、「革靴の爪先部分の、その更に少し先にある地面」の意味で用いてます。

これ以降に出てくる「靴先」や「足先」も同様です。

逆に、

靴の爪先部分を指している場合は、「靴の先っぽ」等の言葉をなるべく用いるようにしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ