表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Summer Echo  作者: イワオウギ
I
54/292

54.右へ直角に折れたあとの、堰堤の上の道は

右へ直角に折れたあとの、堰堤の上の道は、

左へ徐々に曲がりながら、向こうに長く続いていた。

そして、

その緩く曲がるカーブの先では、また右へ直角に折れ、

そのまま、

すぐに、対岸の山の斜面に接続していた。


つまり、ここを遥か上空から見下ろした場合、

ダムの堰堤は、

タンクトップの首回り近くの輪郭と、同じような形をしていた。

薄暗い通路を抜けた先の、堰堤の短い直線が、

タンクトップの向かって左側の、肩にかかる細い部分。

そこを右へ直角に折れた先の、堰堤の緩いカーブが、

少し凹んだ首回りの部分。

その先の、

再び右へ直角に折れ、そのまま対岸に接続している部分が、

反対側の、肩にかかる部分。

もっとも、堰堤のカーブは緩やかなので、

タンクトップの首周りの部分は、

背中側のラインの方が、より実際の形に近い。

そして、ダムの貯水湖は、

この例で言えば、布地の部分に相当していた。

少年と私は、

タンクトップの、肩にかかる細いラインを通過し、

今は、首周りの部分を歩いていた。


「いっぱいいるねー」


「・・・人が?」


「うん。いっぱい歩いてるー」


確かに、私たちの進路の先の、

緩やかな弧を描いて長く延びる堰堤の上には、

向こうの方まで、

観光客たちの人影があった。


「まぁ、今は夏休みだからね」


「もうすぐ終わるけどー」


「そう言えば、しゅくだ・・・じゃなくて」


「ん?」


「いや、えーと・・・」


「うん」


「その・・・」


「うん」


「ごめん、忘れた」


「ズコー!」


「・・・何それ?」


「えー、知らないのー?。

 こうやって両手を広げて、ズコー!って上向くの」


「へー」


「教えてあげるから、やってみて」


「え、いいよ・・・」


「何で?」


「もう分かったから」


「ほんとに分かったかどうか見てあげる」


「いや、恥ずかしいし・・・」


「へいきだって」


「だって、周りに人がいっぱいいるし・・・」


「もー、つべこべ言わずに早くやって!」


「・・・」


「・・・早く」


「・・・ズコ」


「ダメ、全っ然ダメ!。

 手はこうで、顔も・・・ちょっと、そこでしゃがんで。

 ・・・いいから早くしゃがんで。

 ・・・早く!。

 ・・・うん。

 それで・・・こう!。もっと上向くの。

 分かった?。

 ・・・ほんと?。

 ・・・そう。

 じゃあ、もういっかい!」



それから、約5分後、

ダム堰堤の、ちょうど中間辺りに辿り着いた。

その、かかった5分のうち、

半分以上が、少年による路上教習だった。

車の免許のときよりも、ずっと大変で、

ずっとずっと恥ずかしかった。


私は、ふーっと息を小さく漏らすと、

柵の上から顔を出し、下を覗き込んだ。

放水の音が少しクリアに、

同時に、少し大きく。

ひんやりとした湿った空気が、顔に当たる。

ずっと低いところに見える小さな噴出口から、高密度の水が吹き出し、

宙に解放され、大きく広がり、

真っ白な滝となって、そのまま落ちていく。


壮大な放水の、絶え間なく続く音を耳にしながら、

私はそこから、

しばらく水の流れ落ちるさまを、

何も考えずに、

ただ、じぃっと眺めていた。


少ししてから顔を上げ、

正面に広がる、山間(やまあい)の景色に目を向ける。


谷の左右の尾根から、

緑に覆われた裾野が、ジグザグと交互に入り組み、

幾重にも向こうへ続き、

その間を縫うように、

1本の細い川が、

晴れ渡る青空のもと、

太陽の光をキラキラと反射しながら、

遠くへ穏やかに流れていた。



私は、ふと隣を見た。

いつの間にか、少年がいない。

慌てて後ろを振り返り、そのまま更に体を捻ると、

少年は、そちらにいた。

堰堤を少し進んだところの柵の、横長のプレートの前に立ち、

それを、

他の観光客たちに交じって、黙って見ていた。

私も、そちらの方へと足を向ける。



「何て書いてあった?」


少年の背後に立ち、私は尋ねた。

少年は上半身を捻り、後ろの私を確認すると、

すぐに前に向き直り、


「186mだって」


とだけ答えた。


「ダムの高さ?」


「うん。これに書いてあるー」


私は、少年の視線の先の、

柵に据え付けられた、横長プレートに目を向けた。

《ここはクロバダム中心》と書かれており、

その横には、《ダムの高さ 186m》とある。


この186mの高さ、というのは、

ビル1階分の高さを3mと見積もれば、

おおよそ60階のビルと、同じ高さということになり、

先ほど見ていたダムの噴出口は、30階くらいの位置に相当する。


そのプレートには、他にもダムの特徴が書かれていた。

《ダムの長さ 492m》《標高 1454m》


お昼ご飯を食べたオオカンポウの標高は、だいたい2400m。

そこから、

約1000m、ビルの例で言えば300階以上の高さを下ってきたことになる。



「186mか」


頭の中で、

物を落としたときの、河原までの落下時間を計算してみる。

gを10として、えーと・・・。


「あっちの池も、それくらいあるってことだよね?」


少年が、

そう言って、こちらを振り向いた。

私は計算を諦め、

少年を見て、訊き返す。


「深さ・・・のこと?」


「うん」


「だいたい、ね」


「深っ」


「底の方は、きっと光が届かないから真っ暗闇だよ」


「何か、深海魚とか泳いでいそう・・・」


「いや、深海魚は海じゃないと・・・」


「じゃ、深池魚(しんいけざかな)!」


「そんな魚、聞いたことないし、

 あとココ、池じゃなくて湖だよ」


「しゅーん・・・」


「・・・」


「・・・何で訊かないの」


「・・・知ってるから」


「・・・ほんと?」


「ホント」


「ほんとのほんとー?」


「ホントのホント」


「じゃ、ちょっとやってみて」


「い、いや、ホント知ってるから。分かってるから!。大丈夫だから!」


「やって!」


「いや、周りにいっぱい人がいるし、

 ここでは、その、やっぱりちょっと・・・」


「いいから、やって!」


「・・・」


「早く!」


「・・・勘弁して」


「ダメ!」

高さ186mから物を落としたときの、地上までの時間は、

だいたい6秒くらいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ