52.ダム堰堤の上に向かう通路は、やや幅広で
ダム堰堤の上に向かう通路は、やや幅広で、
まっすぐ奥へと続いていた。
出口は、まだ見えない。
通路は向こうの方で、左に緩くカーブしていた。
その曲がった先からは、
眩しいほどの光が射し込んでおり、
そこの湾曲した壁の、左の方を、
強烈に明るく、
白く、照らしつけていた。
外の光。
出口は、すぐそこにある。
通路の横の、コンクリートの壁には、
7、8本の細い金属製のパイプが這うようにして、
道なりに、向こうへと延びている。
パイプには、砂粒のようなホコリがビッシリと付着しており、
ところどころ点々と、赤茶色に錆びていた。
そして、
ここの壁も、全体的にカビていた。
水も同様に、
壁の表面をときどき薄く伝っており、
通路の端っこ、壁沿いを、
その伝い落ちた水が、音もなく流れている。
どちら向きかは分からない。
でも恐らく、
私たちと一緒の場所を目指し、流れているのだろう。
天井はアーチ型。
やや高め。
2階建てのバスだって、楽にここを通れる。
その、高いところにある天井の真下を、
大勢の観光客たちが行き交っていた。
これからダムに向かう人々と、
ついさっき、ダムをあとにしたばかりの人々と。
少年と私は、
トンネル内に響く、たくさんの雑踏の中、
一言も喋らず、黙々と歩いていく。
色々な人々と、次々に擦れ違った。
年季の入ってそうな、一眼レフのカメラを首から下げた、
やや色黒の、中年男性のグループ。
甲高い声で、口早に中国語を話している、
統一感のない、様々な服装をした女性の団体客たち。
野球帽を逆向きにかぶった、背の低い男の子。
その、すぐ後ろに、
お揃いの野球帽を同じく逆向きにかぶった、更に背の低い女の子。
横を、小走りで通り過ぎていき、
それから少し遅れて、
笑顔をたたえた、父親と母親らしきふたりが、
その兄妹に気を付けるように声をかけつつ、ゆったりと擦れ違っていく。
私は、
隣の、少年の方に顔を向けた。
少年は、
通路の先をまっすぐ見据えて歩いていた。
真剣な表情を浮かべて、
足を細かく、少し忙しそうに、
せっせと動かしている。
私は、すぐに顔を戻した。
同じように、通路の出口をまっすぐ見据えて、
私も黙って歩く。
進むごとに、
カーブの先から新たに見えてきていた、コンクリートの壁が、
あるところから急に変わり、水色になった。
金属のような質感。
鉄だろうか。
路面に近い、下の方には、
錆と思しき赤茶色の細かいスジが、たくさん付いている。
どうやら扉のようだ。
天井と同じ高さの、水色の大扉が、
通路の向こうへ大きく開け放たれており、
その先には、
カーブの奥から、光あふれる外の景色が細く顔を覗かせていた。
1歩1歩、足を踏み出すごとに、それは大きくなっていき、
輝きを増していく。
程なくして、出口が完全に見えるようになった。
前を歩く人々の、黒いシルエットの向こうに、
夏の太陽が真っ白に照らしている、コンクリートの道。
そこの両端に延びている柵の上の、太い銀色の手すりに、
何人かの観光客たちが手を乗せ、
思い思いに、そこからの眺めを楽しんでおり、
その向かい合わせになった背中の間の、広いスペースを、
大勢の人々が行き交っていた。
それらの、たくさんの揺れ動く頭の向こうには、
緑に覆い尽くされた、山々の尾根。
更に上には、一色の空。
青しかない。
トンネルを抜けた先、
ひなたの中を続く道の、柵に近いところを、
つばの広い白い帽子をかぶった女性が、
自分の長い髪と白のロングスカートをそれぞれ手で押さえ、
顔を俯けるようにして、はにかみながら歩いており、
隣では、
背の高い、眼鏡をかけた男性が、
女性の帽子に手を添え、
優しく笑いかけつつ、何かを話している。
風が、気持ち良さそうだ。
前回書き忘れてしまいましたが、
黒部ダムの貯水湖を巡る遊覧船は、何らかの特別なイベントでもない限り、
実際はもう少し遅くまであります。




