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Summer Echo  作者: イワオウギ
I
50/292

50.ケーブルカーは、石臼を挽くときのような音を

ケーブルカーは、石臼を()くときのような音を、

ゴォゴォ・・・と、やかましく響かせつつ、

地中にまっすぐ続くレールを、ゆっくり下っていった。


トンネルの幅は、とても狭かった。

このケーブルカーを、ひと回り大きくした程度しかない。

コンクリートの内壁が、車両のすぐ(そば)まで迫ってきており、

その表面を見ると、

ところどころ、水が薄く(つた)っていた。


トンネルの壁の、向かって右側には、

およそ5mごとに、白色の蛍光灯が設置されていた。

明るさは、本が読めるほどのものではない。

かと言って、肝試しが出来るほど薄暗いわけでもない。

別段、不気味さを感じないし、

怖くもならない。

心細い感情も湧いてこない。

ただ、

深夜の、すっかり消灯されたトンネル内となれば、

その怖さは相当なものだろう。

何ひとつ明かりのない、真っ暗闇の状態で、

この、ひたすら長くまっすぐ延びるトンネルを、

自分の足音だけ、

コツコツ・・・と遠くまで響かせ、ひとりでずっと歩き続けるなんて、

想像するだけで背中が寒くなってくる。


内壁には、

蛍光灯の他にも、何本かの黒い線が()わせてあって、

それが、向かって左側にあった。

トンネル入り口から、ずっと続いている。

通信用と、

あとは、クロバダムからの電力供給用の線だろうか。


私は、

左に向けていた顔を正面に戻す。

次いで、目線をちょっと上へ。

薄暗いトンネルの内壁に、

5m間隔の、それぞれの蛍光灯で映し出された明るい白い輪っかが、

奥まで、ずらっと並んでいて、

白黒の縞々(しましま)になっている。

その白黒の縞々の輪っかが、少しずつ向こうへ流れていくさまを見ていると、

何だか、

巨大な怪物の、あばら骨で囲われた中を、

今、自分たちが下っているように思えてくる。


頭の中で、

そうした()を思い描いて、動かしていると、

騒がしい走行音に紛れて、車内放送が薄っすらと聞こえてきた。

私は耳を澄ます。

それによれば、

このトンネルの長さは約800mで、高低差は400mほどとのことだった。


路線の傾斜は、タチヤマのケーブルカーと同じだろうか。

違うのだとしたら、

向こうの車両をそのままこちらで使った場合、

多少、支障が出てくる。

車体全体が微妙に傾き、それに合わせて床も傾くので、

中の人たちが、

ちょっとだけ立ちにくくなってしまうからだ。

そこら辺の問題を解決できるような、可変な車体でない限りは、

その設計を、

それぞれの路線ごとに、別々に行う必要があるだろう。

タチヤマのときの、路線の傾斜は、

どれくらいだったっけ?


午前中に乗ったケーブルカーのときの、コンクリートの路面と木々の緑と空の青を思い出しつつ、

そんなことを考えていると、

キーッ・・・という甲高いスキール音が響いた。

車体の(きし)む音が聞こえて、

ワンテンポ遅れて、足元の床が横にスライドする。

私は、

手すりを握った手に、力を入れる。

傾きかけた上体を、すぐに引き戻す。


いつの間にか、

車両の走行音が、

もう1台、聞こえていた。

その音は、

後ろから徐々に近付き、大きくなっていき、

少しすると、

私の視界の端から、もう1台のケーブルカーが現れた。

下りと上りの、2台のケーブルカーが、

ともに大きな音を響かせ合い、互いのすぐ近くを()れ違っていく。

煌々とした明かりの灯る車内には、大勢の観光客たち。

こちらを見ている。


上り車両の、

斜めに通り過ぎていく、クリーム色のボディが、

ちょっとして、不意に途切れた。

ケーブルカーの、後ろ顔(・・・)が現れる。

その後ろ顔の、右目を見ると、

坊主頭の、小さな男の子が立っていた。

窓の向こうで、手すりに掴まり、

口を少し開けたまま、こちらを見ている。

私は、

その男の子に目を向けたままで、手すりを握った手に力を入れる。

体重を片足に乗せ、待っていると、

甲高いスキール音が聞こえ、

車両の軋む音が響き、床が横にズレた。

私の顔の下の、少年の頭が小さく横に傾き、

返しの揺れに合わせ、元に戻る。


あぁ、そうか。

多分、あの男の子は、

私ではなく、少年の方を見ていたんだな・・・。


そう気付いた私は、

目線を、再びトンネルの奥へ戻す。

擦れ違ったあとの、上り車両の姿は、

既に、ちょっと離れた高いところにあった。

ケーブルカーの右目ウィンドウの向こう側の、坊主頭の男の子は、

相変わらず、口を少し開けたまま、

まだ、こちらを眺めていた。

次第に離れていく。


小さくなった上り車両は、

しばらくすると、

縞々トンネルの、天井の裏側へと隠れ始めた。

車両の後ろ顔の、四角い2つの目が、

上の方から、段々と隠れていき、

坊主頭の、男の子の姿も隠れていき、

車両の後ろ顔の、下半分だけが残って、

それも、

程なくして見えなくなった。

音だけが、

まだ、遠くの方から響いてきている。


そう言えば・・・と、思い出す。

トンネルの入り口も、

同じように、天井の裏側へと隠れていった。

このトンネルは、

どうやら、

下るにつれ、傾斜が徐々に緩やかになっているらしい。

山の傾斜が、そうなっているからだろう。


そんなことを、何となく考えながら、

私は、少年と一緒に、

窓の向こうの、延々と続く縞々模様のトンネルを見上げていた。

握り込んだ金属製の手すりが、

細かくビリビリと、ずっと振動し続けている。

視界の両脇から、

明るい輪っかと暗い輪っかが交互に現れ、

揃って向こうへ流れていく。

辺りに、

ゴォゴォ・・・と、重い音が響いている。

トンネルを下っていく。



クラクションが、ひとつ鳴らされた。

ほんの少しの間があってから、

車体両脇のすぐ近くでずっと流れていた壁が、パッと遠のいた。

走行音も弱まり、

外の景色が、一気に明るく。

車体の左右には、

銀色の手すりが、既に流れ始めている。

トンネルを抜けたケーブルカーは、そのスピードを次第に緩めていきつつ、

ホームの、2つの階段の間を、

徐々に徐々に進んでいく。


私は、

片足を引き、車両の側面にある窓の方を向いた。

顔をそのまま近付け、

ケーブルカーの進路の先、ホームの下の方を覗き込む。

階段の、私の足元よりも低い場所の中腹に観光客たちが立っていて、

そこから下へ、人の列が長く延びている。

皆、顔を上げ、

こちらを見ている。

その内の何人かは背伸びをし、

手に持ったスマートフォンやビデオカメラを、頭上に高く掲げて、

今、トンネルから出てきたばかりの、

私たちの乗るケーブルカーを映していた。

ホームの階段上に立つ、そうした人々の姿は少しずつ大きくなり、

上がってきて、

私のところへと、ジワジワ近付いてくる。


やがて、

私の覗く窓の、すぐ向こう側に、

ホームで並ぶ、列の先頭が、

ゆっくりと現れ始めた。

私は、

掴んでいる手すりを、ぎゅっと握り込む。

程なくして、

車内が、ガクン・・・と小さく揺れ、

乗客たちが、

一瞬、どよめく。

私は、

少しして、

振動の止まった手すりから、静かに手を離す。


プシュー。

・・・ガラガラッ。


停車したケーブルカー内の、あちらこちらで、

乗客たちが、ざわめき出す。

そんな中、

運転士の、落ち着いた声のアナウンスが聞こえてきた。


「ご乗車ありがとうございました。

 終点、クロバ湖駅に到着いたしました。

 お降りの際には、お足元に・・・」

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