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Summer Echo  作者: イワオウギ
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 5.列車はしばらく、家々の間を走り続けた

列車はしばらく、家々の間を走り続けた。

目につく建物は、せいぜいが2階建て。

ビルなどの、高い建築物は見当たらない。

流れる家々の合間には、

ときどき、田んぼが覗いた。

腰の高さほどに成長した苗が、そこに植わっている。

景色が進むと、

田んぼの割り合いは、次第に多くなっていき、

20分後には、

もう、辺り一面が田んぼだらけになっていた。

稲の細長い葉が揺れ動く、鮮やかな萌黄色をした水田地帯の、その中央を、

夏の太陽の、強い日差しのもと、

列車は車体の表面を光らせ、

軽快な音とともに、走っていく。


途中の駅では、

時折、客が乗り込んできた。

皆、ハイキングや山登りの格好をしている。

降りる人は、ほとんどおらず、

乗客は増える一方だったが、

とは言っても、

車内には、今も10人ほどしかいなかった。

列車のシートに点々と散らばり、それぞれのグループで固まって腰掛けている。


更に20分くらい経つと、窓の向こうに見えるものは、

深く生い茂る雑草か、

その上に広く覆い被さっているツタの葉か、

あるいは、

鬱蒼とした森の、背の高い木々ばかりになった。

暗いトンネルの中や、鉄橋の上も、

何度か走り抜けた。



タチヤマ駅に到着した。

終点。

それを告げるアナウンスとともに、列車のドアが開く。

私は、

シートから立ち上がると、軽く伸びをした。

一息ついたあと、

まだシートに寝そべっている、自分のカバンを拾い上げる。

座席の間から通路に出たところで、足を止め、

左、右と、

顔を向ける。


・・・前のドアの方が、やっぱり近そうだな。


そのとき、

席に座ったままの子供の姿が目に入った。

さっきの少年。

ひとりきり。

近くに、大人の姿は無い。

顔を(うつむ)け、

自分の膝辺りを、じぃっと見つめている。


私は、

その場で少し、少年の様子を窺っていたが、

やがて、

そちらに足を向けることにした。



「どうした?」


少年のすぐ近くに立ち、声をかける。

少年は、ビクッと肩を震わした。

顔を上げない。

下を向いたまま。

私は、

静かに返答を待つ。


しばらくすると、

少年は俯いたままで、シートから飛び降りた。

急いで通路に出て、

私に背を向け、駆けていく。

車内の突き当たり近くまで来ると、右に曲がり、

そのまま、そこのドアから外へと出ていった。


変だな、と思ったけれども、

かと言って、

赤の他人である私が大声を上げ、走って追いかけるのも気が引けた。

別に、少年が何か悪いことをしたわけでもない。

駅員に報告した方が良いのかな・・・とも考えたけど、

それもやめることにした。

この程度のことは、

恐らく、取り合ってもらえないだろう。

私は、体を反転させた。

通路を歩き、

前方にあるドアから、列車を降りた。



駅のホームに立つと、

少し冷たい空気が私を出迎えた。

息を深く吸い込む。

山の澄んだ空気が、肺の隅々にまで行き渡っていく。

爽やか。

とても気持ちが良い。


私は、ホームの奥に目を向けた。

改札口。

大きなザックを背負った登山客たちが、

そちらに向かって歩いていく。

少年の姿は見当たらない。

既に、改札を出てしまったのだろう。

萌黄色は、サクラの若葉のような色です。

サクラと言えば花の印象が強いですが、

個人的には、若葉も同じくらい魅力的だと思っています。

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