42.少年と私は、再び階段を上っていた
少年と私は、再び階段を上っていた。
弁当屋の店員に、食べられる場所を訊いてみたところ、
店員が、
「でしたら・・・、」
と、口にしてから、
顔の横で指を1本、ピーンと立てて、
「ここのすぐ上にある、
無料の休憩所で召し上がれますよ」
と、愛想よく教えてくれたので、
それで、
ふたりで、また上に戻ることにしたのだった。
店員によれば、
その休憩所の他にも、
ロープウェイ乗り場の屋上にあるテラスでも食べられる・・・とのことだったが、
そっちは、やめておくことにした。
風が強く、寒そうだった。
昼食の入った白いビニール袋は、私が提げていた。
中は、どれもアツアツだった。
おこわボール4つ入りの、平べったいマシカクの透明パックと、
イカだんごの串が2本入った、縦長のパック。
オレンジ色のキャップの、緑茶のペットボトルが2本。
さらに、
オマケでくれた焼き芋も、1つ入っていた。
母娘との、先ほどのやり取りを見て、
店員が少年のことを、いたく気に入ってしまったらしい。
「どれでも好きなのを1本、持っておいき」
そう言われた少年は、
すぐに、こちらを振り向いた。
私が、笑顔で頷くと、
少年は、ゆっくりと前に向き直し、
しばらくしてから、
店先に並んだサツマイモを、静かに見比べ始めた。
そして、
「・・・じゃあ、これ」
と言って、端っこの方にあるイモを指差した。
一番小さそうなものだった。
「あら、まぁ・・・」
店員は目を細め、
「それより、こっちの方が大きいんじゃないかしら」
と、
手に持ったトングの先で、別のイモを叩いた。
「ううん。こっちでいい」
「遠慮しなくてもいいのよ?」
「ううん。いい」
店員は、
そのまま少しの間、少年を黙って見つめていたが、
やがて表情を緩め、息をひとつ吐いた。
少年が選んだ、小振りの焼き芋をトングで掴み、
白い紙の上に置くと、
慣れた手つきで、
サッ、サッと包んでいく。
そうして、
それを、手に持ったトングで掴み上げると、
持ち手を立てたままの、白いビニール袋の中へと、
上から覗き込みつつ、そぅっと入れた。
「すみません、どうもありがとうございます」
財布を持った私が、店員にお礼を言うと、
少年も、
「ありがとうございます」
と、すぐに続いた。
白い割烹着の女性店員は、
ビニール袋に突っ込んでいたトングを抜き出し、
その先っぽを、顔の横で上に起こすと、
「あら、いいのよ」
と、
少年に向かって、優しく微笑みかけた。
「ねぇ」
階段を上っていると、
少年の声が、隣から聞こえてきた。
「どうした?」
前を向いたまま、訊き返す。
「席、空いてるかなー?」
「少し遅い時間だし、大丈夫じゃないかな」
「今、何時なのー?」
「1時ちょっと過ぎ」
「うーんと、そうじゃなくて・・・。
えと、ロープウェイの時間まであと何分かなーって」
「え?。あ、うーん・・・、
今はちょっと分からないなぁ」
「分からない?。何で?」
「いや、
両手が塞がってるから、今はスマホが見れない」
「あ、そっかー」
「自分の腹時計に訊いてみたら?」
「んーと、今はムリ」
「無理?、何で?」
「お腹が減りすぎて、さっき壊れた」
「それはざんね・・・あ、こっちに寄って」
「?、なんでー?」
「前から人が来た」
「あ、ホントだー。すぐ寄るー」
ふたり同時に、階段を上りきった。
正面の、人が行き交っているフロアの奥の方には、
狭そうな通路が見えており、
その突き当たりには、階段の上り口がチラリと覗いていた。
ここを上がっていけば、
さっき店員が言っていた屋上に出られるらしい。
天井近くの案内プレートに、そう書いてある。
視線を、少し左に向けると、
そちらには、この建物の出入り口があった。
まぶしい外の光。
遠くの方に、
薄っすらと白んだ緑の、山々の尾根。
背後には、澄み切った青い空。
柵の前に立ち並ぶ、何人もの黒いシルエットたちが、
それらの山の景色を、じっと眺めている。
私たちは、ここから入っきた。
「どっちに行くのー?」
少年が尋ねた。
「多分、こっちじゃないかな」
休憩所を指し示す標識が、近くに見当たらなかったため、
そう言ってから、取り敢えず右に曲がって、
建物の奥へと進んでいく。
やがて、
フロアの突き当たりの、右手側に、
背の高い観葉植物で仕切られた、広そうなスペースが見えてきた。
歩きながら、中を覗いてみると、
長机が、奥の方までズラッと並べられており、
それらの各机の周りを、イスに座った観光客たちが取り囲んでいた。
無料の休憩所とは、
恐らく、ここのことだろう。
机の端っこに置かれた、古めかしい見た目の魔法瓶の向こうで、
ハンチング帽をかぶった、年老いた男性が、
アルミホイルに包まれた、大きなおにぎりを手に持って、
口をモグモグと動かしている。
その、年老いた男性の隣に目を向けると、
たくさんの、年配の女性客たちが、
机の残りの部分を、まるごと占領していた。
ときどき、甲高い笑い声を上げつつ、
それぞれが楽しそうに、近くの人とお喋りをしている。
休憩所は、
そうした観光客たちで、ごった返しており、
席も、
その大半が、既に埋まっていた。
「どこで食べようか?」
入り口に立ち、中の様子を窺っていた私は、
そう言ってから、顔を隣に向ける。
少年は、
観葉植物の葉を手で触り、それをじぃっと見ていたが、
「んー、じゃあ・・・」
と言って、顔を上げた。
キョロキョロと、
左右を何度も、忙しなく見回しつつ、
そのまま、休憩所に入っていく。
私も、少年についていく。
「あっ、あそこはー?」
少年が、そう言って足を止め、
手に持ったカタウデマンで、部屋の右奥をまっすぐ指した。
私も足を止め、そちらに目を向ける。
席を次々と立ち上がり始めた団体客たちが、視界に入った。
「いいね。あそこにしよう」
「うん!」
少年と一緒に、奥へと進んでいく。
「ねー」
前を歩く少年が、
こちらを振り向かずに、声をかけた。
「何?」
歩きながら、訊き返す。
机のまわりを見回していた、団体客の最後のひとりが、
置き去りにされていた誰かの帽子を高く掲げて、
その持ち主らしき人の名前を、大声で呼んでいる。
「あれ、偽物だったー」
「あれ?。あれって何?」
「んーと、さっきの木」
「木?。・・・あぁ、観葉植物のこと?」
「そう、それー。偽物だったー」
「本物だと、すぐに枯れちゃうからじゃないかな・・・」
「そうなのー?」
「多分」
「なんでー?」
「寒いから」
「そっかー」
「確か、フェイクグリーン・・・って名前だったかな」
「あ、それ知ってるー」
「え?、そうなの?。よく知ってるなぁ」
「他にもいるんでしょー?」
「?、他にもいる?」
「だって、リーダーはフェイクレッドなんでしょー?」




