43.休憩所の長机の上に
休憩所の長机の上に、
ふたり分の昼食の入った白いビニール袋を、ガサッと乗せた。
通勤カバンを足元に置き、
イスの背もたれを片手で引いて、そこに座り、
ふぅ・・・と、ひと息。
それから、目の前のビニール袋を覗き込み、
一番上に乗っかっている、白紙に包まれた焼き芋に手を伸ばす。
指先で叩くように何回か軽く触れ、
その後、ギュッと掴む。
!
慌てて手を離し、
顔をしかめながら、指先を擦り合わせる。
そして、
痛みが引いたのを見計らい、また掴むと、
それを素早く机の上に置き、急いで手を離す。
少し遅れ、指先に痛み。
思ったより、ずっと熱かった。
残りのものを取り出しつつ、正面を見ると、
長机をグルっと回り込んだ少年が、
カタウデマンを机の上に、立たせようとしているところだった。
しかし、
何度やっても、すぐに倒れてしまうので、
少年は途中で諦め、カタウデマンを机に寝かせた。
そして、それからすぐに後ろを振り返ると、
イスの背もたれの向こう側へと、サッと回った。
背もたれから、顔を小さく覗かせた少年が、
その両サイドを左右の手で掴み、
ガガガッ・・・と大きな音をさせながら、イスを引いていく。
机の下から完全に出たところで、少年は手を離し、
その脇へと回る。
体を横に向け、軽く伸び上がり、
お尻をイスの上に乗せる。
それから座ったままの姿勢で、体の向きを器用に変えていき、
こちらにまっすぐ正対した。
その後、
机の中央に置かれた、
オレンジ色のキャップの、緑茶のペットボトルに手を伸ばす。
自分のすぐ近くへと引き寄せ、
両方の手のひらを、その周囲を包み込むように宛てがう。
じっと、手を温めている。
「ねぇ」
声が聞こえてきた。
「ちょっと待って。・・・何?」
少年の分のおこわボールを、イカだんごのパックのフタに移動させていた私は、
1つめを置き、それから顔を上げた。
少年が、こちらを見ていた。
「このお茶、もう飲んでいいんでしょー?」
およそコブシ大ほどの、おこわボールを、
割り箸で、少しずつ崩しながら食べる。
具は、
にんじん、しいたけ、油揚げ。
ゴボウも入っている。
アツアツのもち米の、少しだけ弾力のある食感に、
ダシの効いた濃いめの味が、しっかりと染み込んでいて、
とても美味しい。
温かい緑茶を、たまに挟みつつ、
存分に味わって食べる。
少年も、最初は私と同じように、
おこわボールを、箸で少しずつ割りながら食べていたが、
それは途中でやめてしまった。
両手で箸を1本ずつ持ち、
パックの上でボールを2コとも一気に崩してから、ふたたび箸を元のように持ち直し、
何回か表面を均して、
今は、平らになったそれを食べている。
「美味しい?」
訊くと、少年は箸を止め、
こちらを見た。
「うん、美味しいー。
でも、ちょっとショッパイ」
そう言って、すぐに視線をパックに落とすと、
また黙々と食べ始めた。
おこわとイカだんごは、私の方が先に食べ終わった。
ペットボトルの緑茶を口に含み、キャップを閉めると、
机の中央に置かれた、焼き芋の包みに手を伸ばす。
何度か軽く掴み、熱さを確かめる。
持てそうだったが、
念のため、包みを向こうから指先で何度か叩きつつ、
机の上を滑らすようにして、手前に寄せた。
机に置いたまま、紙を半分ほど剥いた。
サツマイモの、すっかり水分を失ったパリパリの皮が露出する。
まだ、かなり熱かったが、
何とか我慢し、
両手でギュッと握る。
そのまま慎重に、徐々に力を入れていき、
焼き芋をパカっと半分に割る。
瞬間、
熱を持った蒸気が立ち上り、一斉に顔にまとわり付いた。
美味しそうな甘い匂いが、私の鼻腔をくすぐる。
中は、すっかりキツネ色。
ホクホクだった。
「どっちー?」
おこわを、ちょうど食べ終わった少年が尋ねた。
「じゃあ、こっちの方を・・・」
私は、長机の上に身を乗り出し、
手を伸ばし、
包み紙の付いた、少し大きい方の片割れを差し出した。
「そうじゃなくてー・・・」
少年は、やや不満そうな表情を浮かべつつ、
こちらに手を伸ばす。
そして、
焼き芋を受け取ると、その断面を上から覗き込み、
すぐさま、嬉しそうな声を上げた。
「あ!、甘い方だー」
焼き芋が、少し小さくなってきた。
三つ指で摘むように持っていた私は、
パックの上に、また戻し、
それから、脇に置いたお茶へと手を伸ばす。
少年の方を確認すると、
あちらは、そんなに減ってなさそうだった。
白い包み紙から覗く、
齧りかけの焼き芋の、その黄色い頭が、
まだ太いままだった。
「もしかして猫舌?」
ペットボトルのキャップを開けながら、訊いてみる。
「猫舌ってほどじゃないけど、ちょっと苦手ー」
少年は、
両手で持った焼き芋に、ふーっ・・・と何度か息を吹きかけ、
そこに、小さく齧りついた。
私は、
そんな少年の姿を目にしつつ、お茶を飲み、
それを元の場所に戻すと、
スーツの内ポケットから、手探りでスマートフォンを取り出した。
「何時だったー?」
「1時29分」
スマートフォンの画面を見て、答える。
「ロープウェイって40分?」
「そう」
「じゃあ、ちょっと急ごーっと」
少年はそう言って、焼き芋に息を吹きかけ、
すぐにかぶりついた。
「ダムには2時過ぎかぁ・・・」
スマートフォンを内ポケットに戻しながら、
私が、そう呟くと、
少年は動きを止めた。
そして、
手に持った焼き芋をじっと見つめて、
「・・・そうだね」
と、小さく答え、
少し間を置いてからその焼き芋を、そっと齧った。




