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Summer Echo  作者: イワオウギ
I
43/292

43.休憩所の長机の上に

休憩所の長机の上に、

ふたり分の昼食の入った白いビニール袋を、ガサッと乗せた。

通勤カバンを足元に置き、

イスの背もたれを片手で引いて、そこに座り、

ふぅ・・・と、ひと息。

それから、目の前のビニール袋を覗き込み、

一番上に乗っかっている、白紙に包まれた焼き芋に手を伸ばす。

指先で(はた)くように何回か軽く触れ、

その後、ギュッと掴む。



慌てて手を離し、

顔をしかめながら、指先を擦り合わせる。

そして、

痛みが引いたのを見計らい、また掴むと、

それを素早く机の上に置き、急いで手を離す。

少し遅れ、指先に痛み。

思ったより、ずっと熱かった。



残りのものを取り出しつつ、正面を見ると、

長机をグルっと回り込んだ少年が、

カタウデマンを机の上に、立たせようとしているところだった。

しかし、

何度やっても、すぐに倒れてしまうので、

少年は途中で諦め、カタウデマンを机に寝かせた。

そして、それからすぐに後ろを振り返ると、

イスの背もたれの向こう側へと、サッと回った。

背もたれから、顔を小さく覗かせた少年が、

その両サイドを左右の手で掴み、

ガガガッ・・・と大きな音をさせながら、イスを引いていく。

机の下から完全に出たところで、少年は手を離し、

その脇へと回る。

体を横に向け、軽く伸び上がり、

お尻をイスの上に乗せる。

それから座ったままの姿勢で、体の向きを器用に変えていき、

こちらにまっすぐ正対した。

その後、

机の中央に置かれた、

オレンジ色のキャップの、緑茶のペットボトルに手を伸ばす。

自分のすぐ近くへと引き寄せ、

両方の手のひらを、その周囲を包み込むように宛てがう。

じっと、手を温めている。


「ねぇ」


声が聞こえてきた。


「ちょっと待って。・・・何?」


少年の分のおこわボールを、イカだんごのパックのフタに移動させていた私は、

1つめを置き、それから顔を上げた。

少年が、こちらを見ていた。


「このお茶、もう飲んでいいんでしょー?」



およそコブシ大ほどの、おこわボールを、

割り箸で、少しずつ崩しながら食べる。

具は、

にんじん、しいたけ、油揚げ。

ゴボウも入っている。

アツアツのもち米の、少しだけ弾力のある食感に、

ダシの効いた濃いめの味が、しっかりと染み込んでいて、

とても美味しい。

温かい緑茶を、たまに挟みつつ、

存分に味わって食べる。


少年も、最初は私と同じように、

おこわボールを、箸で少しずつ割りながら食べていたが、

それは途中でやめてしまった。

両手で箸を1本ずつ持ち、

パックの上でボールを2コとも一気に崩してから、ふたたび箸を元のように持ち直し、

何回か表面を(なら)して、

今は、平らになったそれを食べている。


「美味しい?」


訊くと、少年は箸を止め、

こちらを見た。


「うん、美味しいー。

 でも、ちょっとショッパイ」


そう言って、すぐに視線をパックに落とすと、

また黙々と食べ始めた。



おこわとイカだんごは、私の方が先に食べ終わった。

ペットボトルの緑茶を口に含み、キャップを閉めると、

机の中央に置かれた、焼き芋の包みに手を伸ばす。

何度か軽く掴み、熱さを確かめる。

持てそうだったが、

念のため、包みを向こうから指先で何度か(はた)きつつ、

机の上を滑らすようにして、手前に寄せた。


机に置いたまま、紙を半分ほど()いた。

サツマイモの、すっかり水分を失ったパリパリの皮が露出する。

まだ、かなり熱かったが、

何とか我慢し、

両手でギュッと握る。

そのまま慎重に、徐々に力を入れていき、

焼き芋をパカっと半分に割る。

瞬間、

熱を持った蒸気が立ち上り、一斉に顔にまとわり付いた。

美味しそうな甘い匂いが、私の鼻腔をくすぐる。

中は、すっかりキツネ色。

ホクホクだった。


「どっちー?」


おこわを、ちょうど食べ終わった少年が尋ねた。


「じゃあ、こっちの方を・・・」


私は、長机の上に身を乗り出し、

手を伸ばし、

包み紙の付いた、少し大きい方の片割れを差し出した。


「そうじゃなくてー・・・」


少年は、やや不満そうな表情を浮かべつつ、

こちらに手を伸ばす。

そして、

焼き芋を受け取ると、その断面を上から覗き込み、

すぐさま、嬉しそうな声を上げた。


「あ!、甘い方だー」



焼き芋が、少し小さくなってきた。

三つ指で(つま)むように持っていた私は、

パックの上に、また戻し、

それから、脇に置いたお茶へと手を伸ばす。

少年の方を確認すると、

あちらは、そんなに減ってなさそうだった。

白い包み紙から覗く、

(かじ)りかけの焼き芋の、その黄色い頭が、

まだ太いままだった。


「もしかして猫舌?」


ペットボトルのキャップを開けながら、訊いてみる。


「猫舌ってほどじゃないけど、ちょっと苦手ー」


少年は、

両手で持った焼き芋に、ふーっ・・・と何度か息を吹きかけ、

そこに、小さく齧りついた。


私は、

そんな少年の姿を目にしつつ、お茶を飲み、

それを元の場所に戻すと、

スーツの内ポケットから、手探りでスマートフォンを取り出した。


「何時だったー?」


「1時29分」


スマートフォンの画面を見て、答える。


「ロープウェイって40分?」


「そう」


「じゃあ、ちょっと急ごーっと」


少年はそう言って、焼き芋に息を吹きかけ、

すぐにかぶりついた。


「ダムには2時過ぎかぁ・・・」


スマートフォンを内ポケットに戻しながら、

私が、そう(つぶや)くと、

少年は動きを止めた。

そして、

手に持った焼き芋をじっと見つめて、


「・・・そうだね」


と、小さく答え、

少し間を置いてからその焼き芋を、そっと齧った。

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