表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Summer Echo  作者: イワオウギ
I
41/292

41.少年と私は、弁当屋の前に立って

少年と私は、弁当屋の前に立って、

赤いカーディガンを着た女の子と、その手を引く母親の、

ふたりの後ろ姿を見送った。

途中、母親が顔をこちらに向け、

その肩越しに、頭をちょこんと下げた。

私も、頭を下げ返す。

続けて、

女の子が、顔をこちらに向けた。

私たちの方を振り返ったまま、足を動かしている。

もう、鼻はすすっていない。


そのとき、

隣を歩く母親が、顔を女の子の方に向けた。

短く何かを話す。

女の子は、

一度、母親を見上げてから、

再びこちらを振り返った。

その、可愛らしい手のひらをこちらに向け、

やや遠慮がちに、左右に小さく動かす。


私は笑顔になった。

女の子に手を振り返す。

横目で少年の様子を窺うと、

少年は、手を振っていなかった。

体を横に向けたまま、

お札とフィギュアを持った手を、それぞれ力無く下げ、

足元の床を、

ただ、じぃっと見つめている。


「・・・手を振ってるよ」


声をかけると、

少年は、頭をゆっくりと起こした。

体を母娘(おやこ)の方に向け、

それから、フィギュアを持った方の手を上げると、

少し間を置いてから、

左右に、そっと揺らした。


やがて、

女の子が手を振るのをやめ、前を向いた。

母親が、

また、顔をこちらに向ける。

その肩越しに、頭をちょこんと下げる。

私も、

また、頭を下げ返す。



母娘の姿が、トロリーバスの改札の向こうに消えた。

私は、少年の方に向き直す。

少年は、

両手とも、だらんと下ろし、

背中を丸めて、項垂(うなだ)れていた。

目を見開いたまま、

足元にある何かを、じっと見つめている。

私は、

少年に聞こえないように、静かに息を吐くと、

ちょっと間を置いてから、

空気を深く吸い込んでいく。


「お腹が空いたー」


大きな声で、そう言うと、

少年は顔をハッとさせ、

すぐに私を見上げた。


「・・・え?」


「お腹が空いた、って言ったんだけど」


私が、そう答えると、

少年は、


「あ。あぁ、うん、そうだね・・・」


と言って、顔をゆっくりと俯けた。


「・・・今度忘れたら、何されるんだっけ?」


「え?」


少年は、すぐさま私を見上げた。

キョトンとした表情。

私は、

その少年の顔の前へ、自分の手を持っていき、

握りコブシを作った。

少年は、目の前にあるコブシを見て、

それから、

視線を、また私に向けた。


「こうすると・・・ダブルだっけ?」


私は、

もう片方の手も、少年の顔の前で握りしめると、

左右のコブシを、そのままグリグリと回した。


「あ!、ダブルバリカン!」


声を上げた少年は、更に続ける。


「そうだ!。僕もう、お腹ペコペコなんだったー。

 すっかり忘れてたー」


「忘れてたんなら、別に食べなくても良いよね?」


回していたバリカンを止め、下ろした私は、

そう言って、笑いかける。


「えー。やだー、食べるー。

 僕、お腹へったー」


少年は、

私を見上げたまま、不機嫌そうな声で言った。


「また忘れたら良いじゃない」


「今度は忘れないの!。

 だいたい、元はそっちが先に忘れたんじゃんかー」


「そうだっけ?」


「僕のこと()ったらかしにして、

 上で、ずうぅぅ・・・っと山の景色見てたじゃん」


「そんなに長くないよ。ちょっとだよ」


「ずっと!」


「ちょっと」


「ずっとずっとずっとー!」


「そろそろ忘れた?」


「?、何がー?」


「お腹がへったこと」


「忘れるわけないでしょ!。

 もー、そんなのいいから早く買おうよー」


分かった分かった、と返した私は、

カバンを床から拾い上げ、

次に、弁当屋のカウンターをキョロキョロと見回す。


「あ、お菓子でしたら・・・」


白い割烹(かっぽう)着の女性店員が、そう言って後ろを振り向き、

スレンレスの作業台の端に置かれていた、場違いなチョコの箱を手に取った。

誰かに持ち去られないよう、気を利かせてくれたらしい。


「すみません」


「あら、いいのよ」


私は、

店員からお菓子の箱を受け取り、それを少年の方に向ける。


「持ってて」


「あ、ちょっと待ってー」


そう言った少年は、すぐに左右を見回した。

店のカウンターの、空いてる場所を見付けると、

そのまま、そちらへ歩いていき、

カタウデマンを寝かせ、

隣に、貰ったばかりのピンピンの千円札を置く。

お札の端を片方の手で押さえつけながら、

その逆の手でお札の反対側の端を掴み、浮かせると、

それを押さえつけている側へ持っていき、重ねて、

上から一緒に、改めて押さえつける。

次いで、

千円札の、(たわ)んで丸まっている部分に指を宛てがうと、

少年は動きを止めた。

お札を、じぃっと見つめている。


しばらくして、

ふぅ・・・っと、息をひとつ吐くと、

少年は、宛てがっていた指をギュッと下に押し付け、

真新しいキレイなお札に、しっかりと折り目を付けていった。

そのまま、

両手の指を使ってテキパキと折り畳んでいき、

やがて切手くらいの大きさになると、

ズボンのポケットから、がま口の財布を取り出し、

パチンと口を開け、

その中へ、小さくなったお札を入れた。


私は、少年が財布を元のポケットに戻したのを見計らい、

チョコの箱を、改めて差し出す。

少年は箱を受け取ると、逆のポケットに入れた。


「カタウデマン」


「分かってる」


返事をした少年は、

カウンターに寝っ転がった赤いフィギュアに目を向けると、手を伸ばし、

それを掴んだ。

今度は、ポケットに入れなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ