表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Summer Echo  作者: イワオウギ
I
40/292

40.少年とふたりで、弁当屋の前まで来た

少年とふたりで、弁当屋の前まで来た。

辺りには、揚げ物の香ばしい匂いのする温かな蒸気が漂っていて、

そこに、

ミソダレの甘い匂いも、ほんの少しだけ混じっている。

正面のカウンターには、

おこわボールのパックが、たくさん置かれていた。

2コ入りと、4コ入りがある。

そのすぐ脇には、保温の出来るショーケースがあり、

中には、

平たい竹串に3つ刺さったイカだんごや、焦げ目の付いた五平餅が並んでいた。

オレンジ色のライトで、熱くギラギラと照らされている。



「どれにする?」


私は、そう言ってから顔を隣に向けた。

少年は、

ショーケースに顔を近付け、中を覗き込んでいる。


「どれでも良いのー?」


「どれでも良いよ。好きなの買ってあげるから」


「うーん、好きなのかぁ・・・」


そう呟いた少年は、1歩1歩ゆっくりと移動しながら、

店先に並んだ美味しそうな食べ物たちを、

順番に、じっくりと見ていく。

手にはカタウデマン。

ひしゃげたチョコの箱は持っていない。

それは、私が持っている。


カウンターの奥には、白い割烹(かっぽう)着の女性店員が立っていて、

少年が自分のお昼ごはんを一生懸命に選んでいる様子を、

穏やかな表情で、優しく見守っている。



「あの・・・、すみません」


背後で、女性の声がした。

私はビクッとし、すぐさま振り返る。


知らない女性が、

神妙な面持ちをして立っていた。

女性は、

フレームレスの、(ふち)の無いタイプの眼鏡をかけていて、

そのレンズには、ほんのりと青が入っている。

髪は、明るい茶色。

後ろで、小さく束ねているようだ。

薄手のベージュのコートを羽織っていて、

何かのブランドの黒いポーチを、肩から斜めにかけている。


「あ、はい。何でしょう?」


私が尋ねると、その女性は、


「この子が、ご迷惑をおかけしたみたいで・・・」


と口にして、上半身を捻り、

自分の後ろに隠れている誰かを、肩越しに見た。

そして、


「ほら、こっちに来なさい・・・」


と言って、

背中側に回していた片方の手を、こちら側に引っ張り出す。

女性の後ろから、

その手を握った小さな女の子が現れた。

赤いカーディガン。

ピンクのお花のバレッタ。

表情は、俯いていて確認できない。

鼻をすすっていて、

その度に、頭が僅かに浮き上がる。

目元を、手で横に(ぬぐ)っている。


「あー、さっきの・・・」


「この子から聞きました。

 先ほどは、ウチの娘がご迷惑をおかけしたみたいで・・・」


母親と思しき、その女性は、

一旦、そこで言葉を切り、


「申し訳ありませんでした」


と続けて、

頭を深く下げた。


「いや、ご迷惑と言うほどのものでも・・・」


「ほら、あなたも謝りなさい」


頭を上げた母親は、

女の子の方を見て、そう言った。


女の子は、鼻をすすった。

目元を手で拭い、

そして、顔を僅かに上げると、

また、鼻をすすった。


「ご、・・・なさい」


女の子は下を向いたまま、枯れた声で、

途中、

鼻をすすって、つっかえながらも、

一生懸命に、そう言った。

私は、しゃがみ込んだ。

女の子の顔を正面から見据える。

女の子は、

顔をクシャクシャにして、

声を押し殺し、泣いていた。


「・・・怖かったの?」


声を、出来るだけ優しくして尋ねた。

女の子は、目元を手で拭いながら、

何も言わずに、コクンと頷いた。


「でも、お母さんにちゃんと正直に言って、

 ここに連れて来てくれたんだよね?」


女の子は、俯いたままで、

片方の手を目元に押し当てたままで、

もう一度、黙って頷く。


「よく頑張ったね。偉いね」


女の子は無言で頷き、

それから、


「・・・ごめんなさい」


と、

今度はハッキリとした声で、私に謝った。


「うん。分かった」


私が、そう言うと、

女の子は鼻をすすってから、息をひとつ大きく吐いた。

そして、今度は少し長めに鼻をすすると、

また、目元を手で横に拭った。



「この子が、かばったんです」


私は立ち上がると、

そう言って、少年の方を振り返った。

更に続ける。


咄嗟(とっさ)に自分がやったって言い出して、

 それで、その子の代わりに店員に謝ったんです」


少年は、

それを聞くと、顔を俯けた。

体を少しだけ横に向け、

手に持ったカタウデマンを、黙っていじり始める。


「まぁ、そうなの」


母親は、

そんな少年を見て、目を細めて微笑み、


「ありがとうね、ボク」


と、顔を少し斜めに傾け、

お礼を言った。

少年は、ますます横を向き、

それから、チラッと横目で母親の顔を覗き見ると、

再び下を向き、無言で頷いた。

そして、手に持ったカタウデマンを、

また、いじり始めた。



「それで、おいくらでしたか?」


母親が、

私の方に向き直して尋ねた。


「えーと・・・。あ、確か440円です。

 ちょっと待って下さい」


私は、カバンを床に置き、

続いて、

持っていたチョコの箱を店のカウンターに置き、

ズボンのポケットから財布を抜き出した。

そして、

中からレシートを取り出し、母親に渡した。

母親は、

そのレシートに目を落とすと、すぐに顔を上げ、


「1000円で良いですか?」


と言った。


「いや、でも・・・」


「いえ、いいんです」


一瞬だけ迷ったが、


「分かりました」


と、承諾することにした。


母親は、

自分の腰の辺りの、黒いポーチに視線を落とすと、

そこへ両手を伸ばして、

中から、

黒光りのする、立派な長財布を取り出した。

そして、

ピンと伸びた、真新しそうな千円札を、

1枚、財布から抜き出し、


「ありがとうございました」


と言って、

私に差し出した。


「あ、いや・・・、」


私は、

それを、慌てて両手で制した。

そして、


「この子に渡してやって下さい」


と言って、

顔を少年の方に向けた。

少年はビクッとし、フィギュアをいじるのをやめ、

私の顔を、そうっと見上げた。

私は、何も言わずに頷く。



「ほら、こっちに来なさい・・・」


母親は、

自分の斜め後ろにいる女の子の方に顔を向け、

そう言った。

開いた手を、そちらに伸ばす。

女の子は、

目元を両手でゴシゴシと擦った。

顔を上げ、

差し出された手に目を向けると、

そこに自分の手を重ねて、母親の大きな手を握った。


母親は、

女の子の手を引き、少年の方へと歩いていく。

そして、少年の前まで来ると、

母親は女の子の手を離し、

(かが)みになって、顔を少年に近づけた。


「娘をかばってくれて、ありがとね」


母親は、そう言うと、

ピンと伸びた千円札を両手に乗せ、

それを、少年の体の前へと持っていった。

少年は、

その、差し出された千円札に目を落とすと、

すぐさま顔を上げ、こちらを振り返った。

揺れ動く大きな瞳で、

私の顔を、じっと見つめる。

私は、それを見て、

もう一度、無言で頷く。


少年は、

そのまま少しの間、顔をこちらに向けていたが、

やがて、前に向き直し、

差し出されている千円札に視線を落とすと、

そこへ、

自分の手を、そっと伸ばしていった。

お札を掴むと、

少し間を置いてから、母親の手から僅かに浮かせて、

それから、

自分の元へと、静かに引き寄せる。

そして、

その、シワのないキレイな千円札を両手で持って、

じぃっと見つめた。


母親は、

少年に向かってニッコリ微笑むと立ち上がり、

すぐ近くで鼻をすすって(たたず)んでいた女の子を見て、

その背中を、

ポンと、軽く叩いた。


「ほら、このお兄ちゃんにお礼を言いなさい?」


お花のバレッタを付けた、小さな女の子は、

両手で目を拭ってから、鼻をすすった。

床を()るような足取りで、

一歩ずつ、ゆっくりと歩いていき、

少年の前に立った。

手に持った千円札を見ていた少年は、

そのまま、体を少しだけ横に向けたが、

すぐさま女の子の方に向き直した。

左右の手を、ゆっくりと下ろしていく。


「あ・・・がとうござ・・・まし・・・」


「・・・うん」


少年は、小さな声で返事をすると、

ちょっと間を置いてから、

再び、体を横に向けた。

そして、

貰ったばかりの、真新しい千円札を両手で持って、

顔を俯けたまま、

黙って、それを見つめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ