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Summer Echo  作者: イワオウギ
39/289

39.少年の元に、帰ってきた

少年の元に、帰ってきた。

少年は、

まだ向こう向きのまま、そこに立ち尽くしていた。


「逃げられちゃったね」


少年の背後に立った私は、

少年と同じ方を見ながら、声をかけた。


視界の両側には、

色とりどりの商品がギッシリと並んだ陳列棚。

その間に細く延びる通路の先では、

何人もの観光客たちが、忙しなく左右に行き交っている。



「きっと怖くなっちゃったんだよー」


少年が、

ちょっと間を置いてから、明るい声でそう言った。


「うん、そうだね」


私は、ゆっくりと返した。


構内には、

たくさんの話し声と、たくさんの足音が響いていた。

明るい店内。

ひんやりとした、澄んだ空気。

向こうの方の、

絶えることのない、人の流れを、

ふたりとも黙ったまま、

しばらくの間、ただ眺めていた。



「そういや、いくらだったー?」


こちらを振り返った少年が、私を見上げて尋ねた。


「430円」


「たっか」


「オモチャ付きだからね。

 はい、これ」


そう言って、

潰れてしまったチョコの箱を手渡す。

それを受け取った少年は、

すぐに、箱の表面に何度か爪を立て、

セロハンの薄い包装を破った。

サイドをパカッと開き、

片目を近付け、中を覗き込む。

そして、指を突っ込むと、

透明な袋に入った、小さい真っ赤なフィギュアを取り出した。

多分、何かのヒーローだろう。


そのヒーローには、右腕が無かった。

折れてしまっていた。

袋の中に、折れた腕が転がっている。


「これ、持ってて」


少年が、顔を上げずに、

開いたままのお菓子の箱をこちらに差し出した。

私は、それを黙って受け取る。

少年は、

フィギュア入りの袋の、表側と裏側の面を左右の指でそれぞれ(つま)んで持つと、

両外へと、袋を静かに引っ張った。

途中から息を止め、

少しずつ、慎重に力を入れていく。


・・・バリッ。


「あっ」


袋が破れた瞬間、

少年が体をビクッとさせ、声を上げた。

空中に、

真っ赤なフィギュアが、高く飛び出していた。

私たちの見ている先で、ほんの少しだけ上昇し、

すぐに下降していく。


床に落ちると、

微かな音とともに跳ね上がり、激しく回転し、

また床に落ちて、

音とともに跳ね上がり、回転し・・・。

それを何度か繰り返し、

そうして陳列棚の近くまで来ると、ようやく動きは落ち着き、

赤いフィギュアは仰向けになったまま、

観念したかのように、そこに静かに寝転がった。


少年が、急いで駆け寄る。

片方の足を後方へと小さく上げ、同時に頭を下げていき、

バランスを取りつつ、床へと手を伸ばしていく。

その、脱走犯(・・・)を拾い上げると、

次いで、

逆の手に握っていた破けた袋をズボンのポケットに押し込み、

それから、フィギュアをじぃっと見つめて、

やがて、それを口の近くへと持っていく。

フッ、と、

息を強く吹き付け、

その表面を

指の腹を使って、キュッキュッと(くま)なく丁寧に拭っていく。



「・・・それ、何て名前のヒーローなの?」


訊いてみると、

フィギュアを高く掲げて、それを下から熱心に見上げていた少年は、

そのまま、口だけを動かして答えた。


「カタウデマン」


「え?、カタウデマン?」


「うん」


「本当にそんな名前なの?」


「ううん。さっき僕がつけた」


「・・・元々は、何て名前のヒーローなの?」


「リョウウデマン」


少年は、

更に言葉を続ける。


「大事なものを失い、

 リョウウデマンはカタウデマンへと強く生まれ変わったのであった。

 もう、誰にも負けないのであったー」


そう言って、

水平に持った真っ赤なカタウデマンを、

右へ左へ、

ビューン、ビューンと、

その風切り音を、ときどき口にしながら、

私の前で、

しばらくの間、気持ち良さそうに飛ばしていた。

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