38.駄菓子コーナーの方に歩いていく
駄菓子コーナーの方に歩いていく。
目指す弁当屋は、この向こうにある。
正面の通路には、
赤いカーディガンの、さっきの女の子が、
棚の方を向いて、立っていた。
両手で持ったお菓子の箱を、
顔のすぐ近くで、じっくりと見ている。
私は、
歩きながら、その女の子の手前にある陳列棚の切れ間を確認した。
弁当屋には、ここで迂回して向かおう。
女の子が、
途中で、こちらに気付かないと良いけれど。
棚の切れ間が近づいてきた。
女の子は、
お菓子の箱を元の場所に戻そうと、棚の前で一生懸命に背伸びをしていた。
自分の頭より高いところを見上げたまま、両方の踵を浮かせて、
箱を持った手を、出来るだけ上に伸ばそうとしている。
私は、少し迷いながらも、
駄菓子コーナー手前の、棚の切れ間のところで顔を右に向け、
そちらへと進路を変えようとした。
すると、
カタカタッ・・・と、箱の落ちる音がいくつか聞こえ、
その直後、少年が、
「あっ」
と声を上げた。
私は、すぐに女の子の方を確認する。
見ると、女の子は尻もちをついていた。
背中を棚に預けたまま、両足とも前に放り出し、
通路の床の上に、ペタンと座り込んでいる。
その周りには、
小さな紙箱が、いくつも転がっていた。
お菓子の箱だった。
私は女の子に近寄ると、そこにしゃがんだ。
「大丈夫?」
横から声をかける。
女の子は、呆然としていた。
正面の、どこか遠くを、
ただ静かに、ぼんやりと見ている。
「大丈夫?」
ちょっと間を置いてから、
もう一度、声をかけてみると、
女の子は、
少ししてから、
前を見据えたままで、コックリと頷いた。
体を左に捻り、そちらの床に両手をつくと、
その場に、すっくと立ち上がった。
私は、
しゃがんだまま、女の子を見上げて、
「どこか痛いところある?」
と、訊いた。
女の子は、こちらを向いた。
首を左右に振る。
「良かった」
そう言って、女の子に微笑みかけた私は、
落ちているお菓子の箱を拾おうと、床に目を向けた。
潰れていた。
ひとつ。
赤い紙箱。
チョコのお菓子。
両横のフタが開きかけている。
女の子が尻もちをついていた場所に、それは落ちていた。
少し遅れて、
すぐ近くで息を呑む音がした。
我に返った私は、すぐにそちらを振り向く。
女の子が、
その潰れたお菓子の箱を、じっと見ていた。
顔を、次第にこわばらせていく。
口を真一文字に結び、
目を細くしていき、
やがて小さく、鼻をすすった。
「どうしましたー?」
後ろから、女性の大きな声が聞こえた。
「あぁ、ちょっと、その、何て言うか・・・」
私は、口ごもりながら立ち上がり、
声のした方を振り返った。
青いエプロン姿の女性店員が、こちらに歩いて近付いてくる。
店内にいた他の客たちも、こちらに目を向け、
遠くから様子を窺っていた。
「あら、まぁ・・・」
私たちの傍に来た店員は、小さく声を漏らし、
そこにしゃがみ込んだ。
床に散乱していたお菓子の箱を、ひとつひとつ拾い始める。
私も慌ててしゃがみ、拾うのを手伝う。
女の子の、鼻をすする音が、
ときどき私の耳に届く。
その度に、私の胸は締め付けられる。
通路には、
潰れた赤い紙箱だけが、ポツンと残された。
店員は、持っていたお菓子の箱を全て棚に戻すと、
その、潰れてしまった箱を見て、
そのまま、しゃがみ込んだ。
手を伸ばし、
拾い上げ、
目の高さまで掲げてから、
「あらら、見事にペシャンコ」
と、他人事のように呟く。
ロープウェイ乗り場の雑踏の音が、私の耳にやけに大きく響く。
誰も、何も喋らない。
鼻をすする音が、
また、ひとつ。
音が、少しだけ大きくなった。
「それ、僕がやったんだ」
少年の声がした。
店員は、
座ったまま、少年の方に顔を向けた。
私も、少年を見た。
「あらら、そうなの?」
店員が、少年を見て訊いた。
少年は、
うん、と頷き、
「いっぱいお菓子、落としちゃって、
それで踏んづけちゃいました。
ごめんなさい」
と言って、店員に頭を下げた。
私も口を開く。
「すみません。
そのお菓子、買います」
店員は、それを聞くと立ち上がった。
私の顔を見て、
「それじゃあ、こちらのレジまでお願いします」
と言って、
潰れたお菓子の箱を持って、通路の奥へと歩き出す。
私は、横目でチラリと女の子を見た。
女の子は、
足元の床をじっと見つめたまま、立ち尽くしていた。
続いて少年の方に目を向けると、
少年は、女の子の顔を、
心配そうに、じぃっと見ていた。
私は、
その少年の様子を、少しだけ見たあと、
店員が歩いていった方を向いた。
店員は、通路の先で立ち止まっていた。
お菓子の箱を手に乗せたまま、黙ってこちらを見ている。
「あ、すみません。今、行きます」
そう言いながら、私は店員の元へと駆け寄った。
店員はレジの方に向き直し、歩き出す。
「あっ」
少年の声がした。
私は、すぐに振り返る。
赤いカーディガンを着た女の子の、後ろ姿が目に入った。
陳列棚の間を、向こうへ走っていく。
足を止め、
振り返ったまま、そちらを見ていると、
女の子は棚の角を曲がり、その向こう側へと消えてしまった。
少年は、こちらに背を向け、
女の子が走り去った方を、ただ呆然と眺めている。
私は、小さく鼻息を漏らし、
店員の方に向き直した。
少し距離が離れてしまっていた。
小走りになって、店員に追いつく。
私は歩きながら、
もう一度、後ろを振り返った。
少年の小さな後ろ姿が、
背の高い陳列棚の間に挟まれ、そこにポツンと立っていた。




