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Summer Echo  作者: イワオウギ
36/289

36.「じゃあ、行こっか」

「じゃあ、行こっか」


そう言って、

ポスターの貼られたガラス戸に背を向け、足を踏み出すと、

すぐに背後で、


「あっ、あそこにお店があるー」


という声がした。

振り返ろうと、顔を横に向けた瞬間、

私の視界を、

小さな黒い頭が、あっという間に横切っていく。

急いで目で追うと、

少年は、

ちょっと先で、ピタッと足を止めた。

振り返り、私に尋ねる。


「ねー、お店に行ってもいーい?」


声をかけようと口を開けていた私は、

そのまま、言葉を返した。


「分かった、先に行っててー」


「来ないのー?」


「先にロープウェイの時間を確認してくるー」


「すぐ来るー?」


「すぐ行くー」


「分かったー。お店で待ってるー」


少年は、

また、売店の方を振り向き、

バタバタと走っていった。

紺と白のボーダー柄の、小さな背中が、

行き交う人々の流れをかわしつつ、離れていく。



売店に、少年が着いた。

立ち止まって、左右を見回している。

私は、

ロープウェイ乗り場の方に向き直した。

観光客たちの長い行列が、そちらへと延びており、

その向こうの壁には、

大きな液晶ディスプレイが設置されている。


《クロバダイラ行き 13:20発》


現在は13時ちょうど。

これだと、食事をとるのは・・・。


その液晶ディスプレイの、下の壁には、

ホワイトボードが設置されていた。

黒のマジックペンで、

整理券の番号らしき数字と、その隣には時刻が書かれており、

それが、縦にたくさん並んでいる。

しかし、

列が、その手前まで延びていたため、

ここからでは、ちょっと見えにくかった。


私は、

ホワイトボードの方へと1歩目を踏み出したが、2歩目で足を止めた。

少しの間、

ぼんやりと記憶を巡らす。

やがて、

スーツの胸のポケットに手を突っ込み、黄色の券を半分だけ抜き出すと、

顎を引き、それを見て、

すぐに戻した。


やっぱり47番だった。



行列を横目に、奥へ歩いていく。

ロープウェイを待つ、色々な服装の観光客たちは、

隣同士、ひとつのパンフレットを覗き込んだり、

構内のポスターをスマートフォンで写したり、

背負ったリュックに入ってる水筒を、後ろの人に取り出してもらったりしている。

そう言えば、

オオカンポウに着いてから、登山用の大きなザックを見なくなった。

リュックやナップザック、ハンドバッグばかりが目につく。



幸いなことに、

13時20分のロープウェイは、整理券の46番までだった。


ホッと胸を撫で下ろしたあと、

私は、

ホワイトボードに背を向け、少年がいるはずの売店の方を見た。


紫や緑の暖簾(のれん)

湯気の立つ、味噌の煮物が大きく映った看板。

真っ白な饅頭(まんじゅう)2つと、

冷たそうな緑茶が注がれた、水滴付きのグラスのポスター。

色とりどりの陳列棚に、色とりどりの箱が並び、

何人かの観光客たちが、それらの商品に目を落としつつ、

店内をゆっくりと歩き回っている。


私は、

視線を左右に走らせ、少年の姿を探す。


すぐに見付かった。

少年は、

ピラミッドの形に積まれた、黄色い瓶詰めの商品の、

その向こう側にいた。

お菓子の箱を手に取り、顔に近付け、

真剣な表情をして、じっくりと見ている。

私は、そちらへと足を踏み出す。


構内を行き交う人に注意しつつ、歩いていると、

不意に少年が顔を上げた。

周囲をキョロキョロと見回し、私と目が合うと、

手に持っていた箱を、急いで棚に戻した。

片手を上にまっすぐ伸ばし、それを左右に勢い良く振り始める。


「こっちこっちー」

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