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Summer Echo  作者: イワオウギ
35/289

35.ロープウェイ乗り場の建物に入った

ロープウェイ乗り場の建物に入った。

先ほどの、

バスの発着所の、薄暗くて物寂しい雰囲気とは、

こっちは、だいぶ異なっていた。

天井には照明が数多くあって、明るかった。

壁のコンクリートも、

キレイに真っ白に塗られている。

正面には、

休憩用の長イスが、向こう向きで並んでいた。

どれも満席だった。

帽子をかぶった男の子が、隣に座る父親の顔をときどき見上げて、

一生懸命に、何かの話をしていて、

その手前を、

たくさんの、ハイキングの格好をした観光客たちが行き交っている。

中は、ガヤガヤと賑わっている。



「お昼ごはん、どこー?」


声が聞こえた。

私は、少年の方に顔を向ける。


「ちょっと待って。すぐに探すから」


「僕、

 もう、お腹ペコペコだよぅ」


「分かってるって。

 今探すから、ちょっと待ってて」


「さっき、

 ちっとも分かってなかったじゃん・・・」


「ごめんごめん」


「今度忘れたら、バリカンだから」


「・・・バリカン?」


「頭をグーで、

 こうやって、グリグリー・・・ってするの」


少年は片方の手でゲンコツを握って、

それを自分の頭に、グリグリと擦り付けた。


「で、これがダブルバリカン」


そう言って少年は、もう片方の手でもゲンコツを握って、

それを頭に擦り付けた。

昔、

何かのアニメで見た、有名なお坊さんのトンチの捻出儀式に、

ちょっとだけ似ている。


「ダブルだと、すごく痛そうだなぁ」


「うん、すっごく痛いよー」


少年は、

そう言って、両手のバリカンを下ろすと、

満足げな表情を私に向ける。


「トリプルバリカンは無いの?」


私が尋ねると、

少年は、笑いながら答えた。


「あるわけないじゃん」


「何で?」


「手は2つしかないじゃん」


少年は、ケタケタ笑った。


「タコとかイカなら、たくさん手はあるよ?」


「えー。

 でも・・・、」


少年は下を向き、考え込んだ。

そして、

少ししてから、神妙な面持ちで私を見上げて、

更に言葉を続けた。


「でも、タコさんもイカさんも、

 バリカンのこと、分からないんじゃないかなぁ・・・」


「え、何で?」


「だって、タコさんもイカさんも髪の毛ないよ?」



さて、売店は・・・と。


顔を上げた私は、

そのまま周囲を見回す。

右。

ちょっと間を置いて、左。

正面を確かめてから、

ふたたび、右。


見当たらない。

ロープウェイ乗り場も・・・見当たらない。


そのとき、

床に、緑色で何かが書かれていることに気付く。

すぐに目を向ける。


    ││    

    ││    

――――――――――

クロバダム

アオギサワ   方面

シナミオオマチ

――――――――――


行き交う人々のたくさんの足の向こうに見える、その床の案内標識からは、

同じく緑色の太い線が、

そちら側の奥の方へと、一直線に延びていて、

先っぽは、下り階段に繋がっていた。


「こっちに行こう」


私は、そう口にしながら右に向き直した。

一息置いてから、

顔を少年の方に向け、階段を指差し、

その手を下ろす。

少年は、一旦はそちらへ目を走らせたが、

すぐさま、

また、私を見上げた。


「下りるのー?」


「うん。

 下にロープウェイ乗り場があるみたいだから、

 お弁当屋さんも、

 多分、そっちにあるんじゃないかなぁ」


「ふーん・・・、」


私を見ていた少年は、

そう言って、

視線を階段へと、ゆっくりと戻した。

そして、そのまま、


「だったら、

 最初っから、こっちに来させれば良かったのにねー」


と、ちょっと不満そうに続けた。


「どういうこと?」


「これ、

 バスを降りたところに繋がってるんじゃないのー?」


「え?」


「さっき階段上って、

 今度は、また下りるってことでしょ?」


「あぁ、そういうこと」


「そういうことー。

 早く下りて、確かめてみよーよ」



幅の狭い階段を、何とかふたり並んで下りていく。

踊り場が近付いてくると、

少年は急に早足になり、私の前に出た。

踊り場を勢い良く折り返していく。

私も、

少年のあとで、ゆっくり折り返すと、

階下の正面に、

改札口が、少しだけ覗いていた。


少年は、

下を向き、足元を確認しながら、

肘を曲げ、両手をちょっとだけ浮かせて、

段を下りるたびに、その浮かせた手をリズムよく上下させつつ、

ホッホッと、急いで階段を下りていく。


階下に着いた少年は、すぐに左を向き、

そちらにあるガラス戸の前に立つと、

ほんの少し(かが)んでから、すぐに伸び上がり、

そうして、高くジャンプした。

もう一度、同じようにして高くジャンプし、

それから、

今度は、その場にしゃがみ込んだ。


「あー、やっぱりー」


少年が、大きな声を上げる。

私も、

階段を下りながら、そちらを見てみる。

ガラス戸には、大きなポスターが貼られていた。

残念ながら、

ここからでは、よく分からない。


少年は、

一瞬だけ顔をこちらに向け、すぐに戻した。

そして、

貼られているポスターの下から、ガラス戸の向こうを覗きつつ、


「早く早くー。こっちこっちー」


と、私を()かした。

私は足を下ろしながら、

視線を、階段出口の天井に向ける。


《トロリーバスのりば↑ ロープウェイのりば→》


視線を戻す。

階下の少年は、

しゃがんだまま、まだ向こうを熱心に覗いている。


「どうだったー?」


「やっぱり繋がってたー」


「ホントー?」


「ほんとほんとー。

 早く下りてきてよー」


「あー、ホントだー。繋がってるー」


「もー、

 そこから見えるわけないでしょー?」


「見えてる見えてる。

 すごい見えてる。全部見えてる」


「ほーんと、てきとーなんだからー」

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