30.トロリーバスの、改札口のところまで来た
トロリーバスの、改札口のところまで来た。
奥には、上り階段。
乗り場は、どうやら上にあるらしい。
足を止めた私は、
スーツの胸のポケットから桜色のチケットを抜き出した。
銀色のラッチの中に立つ係員へ手渡す。
係員は、
受け取ったチケットを裏返して、ラッチ上面にある透明なアクリル板の上へ翳した。
バーコードを読み取らせたあと、
「ありがとうございました。
こちらの整理券をお持ちになり、奥の階段を上ってください」
と言って、
桜色のチケットと一緒に、
それよりもひと回り小さい、黄色のカードも添えて、
こちらに返した。
その2枚を受け取った私は、再び歩き出す。
改札を抜け、少ししてから立ち止まると、
持っていた2枚を胸のポケットに差し入れて、
そのままポケットの中で、係員に渡されたカードだけを手探りで掴み直し、
外へ出す。
見ると、
上の方に、《タチヤマ・ロープウェイ乗車整理券》と書かれており、
その下には、大きく《47》と印刷されている。
「ねぇねぇ、何番だったー?」
明るい声と駆け音が、一緒に後ろから近付いてきて、
私のすぐ隣に、少年の顔が現れた。
「47」
胸のポケットに整理券をしまいつつ、そう答えた私は、
少年の方へ顔を向け、続けて訊いた。
「そっちは何番だった?」
「47だったー」
少年は、黄色い整理券を私に見せて、
嬉しそうに、そう答えた。
「おんなじだね」
「うん、おんなじー」
「良かった」
「うん!」
「じゃ、バス乗り場に行こう」
私は、
奥にある上り階段へと、足を踏み出した。
少ししてから、私の横に追いついた少年が訊いた。
「ねぇ、
これからバスに乗るんじゃないのー?」
「ん?、そうだけども・・・」
と、口にしたところで気付いた。
足を階段の1段目に乗せつつ、少年に訊き返す。
「あぁ、整理券のこと?」
「バス・・・じゃなくて、
ロープウェイって書いてあったよー?」
「オオカンポウでロープウェイに乗り換えるから、
きっと、そのときに使うんじゃないかな?」
「あー、そっかぁ。
でも、だったら向こうで配れば良いのにねー」
「うーん・・・。
でも、そうすると少し危なそうじゃない?」
「え、何でー?」
「みんな若い番号を欲しがって、
我先に、急いでバスを降りようとするでしょ?」
階段を上りきると、
正面には道路があって、それは左右方向に延びていた。
空は見えない。
山々も見えない。
草木も無い。
そこは、
トンネルのような、筒状の屋内だった。
天井にある白い蛍光灯が、
太陽の代わりに、辺りを明るく照らしている。
バスは3台あった。
道路脇に続く、細長い乗り場に沿って、
それぞれが横向きで停車している。
私たちの正面に1台で、その左右に1台ずつ。
車体中央のドアを開けたまま、客が乗り込むのを待っている。
今度のバスは、それほど大きくはない。
よく街中で目にする普通のバスと変わらない。
ただ、ナンバープレートのあるはずの場所には、
代わりに、
《ムラドウ←→オオカンポウ》とだけ書かれたプレートが付けられていた。
更に、バスの屋根へ目を向けると、
その、ちょうど真ん中辺りから、
釣り竿みたいな2本の細長いポールが、
キリギリスの触覚のようにして、後方へと緩やかに撓んで延びていた。
電車の屋根にある、パンタグラフのようなものだろう。
その、2本のポールは、
天井近くにピンと張られた2本の黒い線に、それぞれ繋がれていた。
電車と同じように、ここから電気を取り入れ、
そして、走行するのだろう。
そう言えば・・・と思って、鼻をクンクンさせてみる。
確かに、
排気ガスの、嫌な臭いはしなかった。
「ねぇ、どれに乗るのー?」
立ち止まったまま、3台のバスを見比べていると、
少年の声が聞こえた。
私は、顔を少年の方へ向けた。
「どれが良い?」
「えー。
別に、どれでも良いと思うけど・・・」
少年が、そう口にしたときだった。
大きな声が聞こえてきた。
「3号車へお進み下さーい!」
声は、
右の、少し離れたところからだった。
そちらを見ると、
制服を着た係員が、バスの脇に立っていた。
声が遠くに届くよう、片方の手を口元に当てていて、
もう片方の手を、
頭の上で、左右に大きく振っている。
係員は、私たちが振り向いたことに気付くと、
頭の上で振っていた手を、
まっすぐ伸ばしたまま、
バスの方へと、さっと下ろした。
そして、
「こちらにお乗り下さーい!」
と、大声で言った。
私は、
視線を、その係員の上へ向ける。
《3号車》
天井近くにある、
その、青い標識を確認した私は、
顔を少年の方へ向けた。
少年も、私を見上げていた。
「行こう」
「うん!」
トロリーバスは、日本の法律では電車に分類されます。
なので、ナンバープレートが無くても良いようです。