293.『・・・それで、今はもう
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
│
│ 『・・・それで、
│ 今はもう、ご実家のご両親とは普通に話せているのかしら。
│ さっき、
│ 写真を送ってもらうとき、電話で話した・・・って言ってたけれど』
│ お母さん、
│ お父さんに続いて頭を上げると、カメさんにそう訊きました。
│ カメさんが答えました。
│ 『あ、はい、
│ 今はもう、普通に。
│ その・・・、
│ あのとき、自分が養子であったことを親から告げられ、
│ 僕、
│ 親を許せなくなりました。
│ 血の繋がった本物の家族じゃないのに、
│ 今までそういうフリをし、僕と暮らしていたのか・・・って。
│ ずっと僕を騙していたのか・・・って』
│ 『・・・』
│ 『でも、
│ ある日、ハッとしたんです、
│ 僕の父親と母親だって、血が繋がっていないじゃないか、
│ けれども、
│ 歴とした家族じゃないか、
│ だったら、
│ 僕だって おんなじはずだ、
│ 少なくとも、
│ 父親と母親と同じくらい、僕だって家族のはずだ、
│ 正真正銘、本物の家族のはずだ・・・って』
│ 『・・・』
│ 『その、
│ 父親と母親の血が繋がっていないことは、勿論、昔から分かっていました。
│ けれど、
│ あまりにも当たり前過ぎて、特別に意識したことなんかなくて、
│ だから、
│ 養子と告げられたとき、
│ ショックで、すっかり忘れてしまっていて・・・』
│ 『・・・』
│ 『自分も家族であったと気付いた、その日のうちに、
│ 僕、
│ 実家に電話し、
│ 出てくれた母に謝りました。
│ そしたら、
│ 分かってくれればいいの・・・って、
│ すぐに許してくれて・・・』
│ 『・・・』
│ 『両親との血の繋がりがないことを、
│ まったく気にしていない・・・と言えば、ウソになります。
│ 正直、ちょっと残念に思う気持ちもあります。
│ けど、
│ 両親は、
│ そんな僕にも、
│ 血の繋がりのある姉や兄と同じように接してくれました。
│ 同じように愛情を注いでくれました。
│ 血の繋がりのない僕にそうしてくれたというのは、
│ そして、それができたというのは、
│ 要するに、
│ その気持ちが、本物だったんだと思います。
│ 僕のことを自分たちの子として想う気持ちが、本物だったんだと思います。
│ だから、
│ 同じように接してくれたし、それができたのだと思います、
│ 20年以上もの間、ずっと』
│ 『・・・』
│ 『なので、
│ 親との血の繋がりがないことは、
│ 多少、残念に思う気持ちもあるのですが、
│ 今はもう、
│ それほどには、気にしていません。
│ 僕は、
│ 今の両親の、正真正銘の息子です。
│ 心から、そう思っています・・・って、』
│ カメさん、
│ そこまで言ってから、自分の頭をかきました。
│ そうして、
│ 『すみません、何の話でしたっけ・・・。
│ なんか、
│ 僕、途中で分からなくなっちゃって・・・』と続けました。
│ お母さんが答えました。
│ 『ご両親とは、もう、元みたいに普通に話せるようになったのか・・・って話よ。
│ でも、
│ カメさんの気持ちを知ることができて、良かったわ』
│ 『あ、えと・・・、
│ はい・・・』
│ 『それと、
│ もうひとつ、いいかしら。
│ 昨日になって、
│ ウサギが、
│ “堕ろすかどうかは1日待ってほしい”って急に言ったのは・・・』
│ 『あ、はい。
│ 昨日の11時過ぎ、ご両親がここにいらっしゃる前に、
│ ウサギさんに、
│ えっと、
│ ・・・僕の気持ちを伝えて、
│ そうして、
│ そのときに、
│ ウサギさんの妊娠中の子を、僕たちの子として育てたい旨も話しました。
│ 1日考えてみてほしい・・・って、僕、言ったんですけど、
│ 返事は、
│ その日のうちにしていただきました』
│ お父さん、口を開きました。
│ 『それでウサギからOKをもらい、
│ 今日、
│ こうして、私たちに挨拶に来た・・・というわけか』
│ 『はい、
│ そうです』って、カメさんが返しました。
│ お父さん、
│ 顔をお母さんのほうへ向け、
│ 『母ウサ、
│ ちょっといいか』と声をかけました。
│ お母さんが顔を向けると、
│ お父さん、ボソボソと何かを言いました。
│ 次いで、
│ お母さんも言いました。
│ お父さん、
│ え・・・って、表情をしました。
│ そうして、
│ そのお父さんに、お母さんが更に何か言いました。
│ お父さん、
│ 少しの間、黙っていて、
│ それから、
│ お母さんに、何かを話しました。
│ お母さん、頷きました。
│ お父さんとお母さん、
│ ふたりとも、顔をこちらに戻しました。
│
│ お父さんが、
│ ワタシたちに言いました。
│ 『今、家内ともちょっと話したんだが、
│ 妊娠中の子を、
│ カメ君とウサギの子として育てたい・・・ということに関して、
│ キミたちふたりが、
│ もし本当に、本気でそれを望んでいて、
│ そして、
│ 実際に、ふたりでちゃんと育てることができそうなのであれば、
│ 私も家内も、
│ それを、認めようと思っている。
│ 産んで、
│ カメ君とウサギの子として育てることを、認めようと思っている。』
│ 認めようと思っている・・・というお父さんの言葉に、
│ ワタシ、ビックリしました。
│ さっきのお父さんとお母さんの様子が、ちょっと気になりましたが、
│ でも、
│ お父さん、認めてくれるかもしれないんだ・・・って思いました。
│
│ お父さん、言葉を続けました。
│ 『元々、
│ 家内と私で話し合っていたんだ、
│ ウサギは、
│ 出産したら養子に送り出す・・・と言っているが、
│ もしかしたら、
│ 妊娠中に愛着が湧き、やっぱり自分で育てたい・・・と言い出すかもしれない、
│ そうしたらどうする?、って。
│ で、
│ 家内も私も、認めるつもりでいたんだ。
│ ウサギのその気持ちが本当で、
│ そして、
│ もし、どうしても・・・と言うのであれば、
│ 養子に送り出さずに自分で育てることを、許すつもりでいたんだ。
│ そのサポートも、
│ 無論、するつもりでいた』
│ 『・・・』
│ カメさん、
│ お父さんの話を黙って聞いてました。
│ お父さんが更に続けました。
│ 『だから、
│ カメ君とウサギが、
│ 妊娠中のその子を、自分たちの子として育てたいと言うのであれば、
│ 私たちは、それを認めてもいいと思っている。
│ 許してもいいと思っている。
│ ただし、その気持ちが本当で、
│ そして、
│ 実際に、自分たちの手でちゃんと育てることができそうであれば・・・の話だ』
│ 『・・・』
│ 『その、
│ 本当は、
│ 私たちも、
│ カメ君とウサギのこうした事情に、あまり口出しをしたくはないんだ。
│ 当人同士、ふたりの問題だ。
│ 親として、要望を伝えることはあっても、
│ どうするかの最終判断は、
│ 当人同士で話し合い、決めるべきものだと思っている、
│ 家内も、私も』
│ 『・・・』
│ 『ただ、
│ ウサギは、まだ未成年だ。
│ 子供であるウサギの、その判断の責任は、
│ 親である私たちも負わねばならない。
│ 例えば、
│ 産んで、キミたちふたりで育て始めたはいいが、
│ カメ君とウサギの関係が上手くいかず、別れてしまうケースだって充分に考えられる。
│ そうなった際の責任を、親である私と家内も負うことになる。
│ キミたちふたりが別れることになれば、
│ 赤ん坊の世話は、
│ 恐らくは、ウサギが引き受けることになるだろうと考えている。
│ そうすると、
│ ウサギは、
│ 私たちの家に帰ってきて、赤ん坊を育てていくことになるだろうと思う。
│ ウサギが働きに出ている間は、赤ん坊の面倒を家内が見ることになるだろうし、
│ ウチからの経済的な援助も、
│ きっと、それなりに必要になってくる。
│ そうやって、
│ 私たちは、娘の判断の責任を負うことになる、
│ 親として』
│ 『・・・』
│ 『妊娠中の子を自分たちの手で育てたい、ということに関して、
│ カメ君とウサギの場合、
│ キミたちふたりだけの問題ではない、私たちの問題でもある。
│ ・・・まぁ、
│ キミは、
│ 私がこうして話すまでもなく、ちゃんと分かってくれていたようだが。』
│ お父さん、
│ 対面に坐るカメさんを見ながら、そう言いました。
│ そして、
│ ちょっと間を置いたあと、改めて話を続けました。
│ 『・・・なので、場合によっては、
│ 私たちは、
│ ウサギの妊娠中の子についての、キミたちの望みを認めないし、
│ 諦めてもらうつもりでいる、
│ 部外者でも関係者でもなく、当事者の一員として』
│ 『・・・はい』と、カメさんが返すと、
│ お父さん、
│ 次いで、ワタシに目を向けました。
│ ワタシも、
│ 『はい・・・』と返しました。
│ お父さん、
│ 視線をカメさんに戻しました。
│ そうして、
│ 一拍置いて、言いました、
│ 『・・・カメ君、
│ どうして自分たちの手で育てたいのか、その理由を私たちに話してほしい』って。
│ カメさん、
│ 『分かりました。』って返しました。
│ そうして、
│ 経緯を話したときと同様、
│ いったん下を向き、息をひとつ吐くと、
│ 少ししてから顔を上げ、
│ 正面のお父さんたちを見て、話し出しました。
│ 『・・・ウサギさんの、お腹の中の子については、
│ 最初は、
│ 僕、
│ なるべく、意識しないようにしていたんです。
│ 意識し、考えてしまうと、
│ 自分の産みの親のことが頭にチラついてしまい、
│ それがイヤで・・・』
│ お母さん、口を開きました。
│ 『その、
│ カメさんは、ご自身の産みの親のことは・・・』って訊きました。
│ カメさんが答えました。
│ 『あ、
│ はい、あまり快く思っていませんでした。
│ いませんでした・・・って言うか、
│ 正直、
│ 今でも、良い印象というわけではありませんけど・・・』
│ お母さん、
│ 『分かったわ。
│ じゃあ、
│ 自分たちで育てたい理由の、続きを聞かせてくれる?』って、話の先を促しました。
│ 『あ、はい。
│ えっと・・・、
│ それで、
│ 最初のうちは、
│ ウサギさんの妊娠中の子のことをあまり意識しないようにし、
│ 考えないようにしていたんです。
│ で、
│ 投稿用の収録のために、
│ 毎日、お昼にウサギさんの病室に通っていました。
│ さっきの経緯の説明でも話しましたけど、
│ その頃は、
│ 自分の罪滅ぼしのための、半ば義務的なもので、
│ ウサギさんに対しての、特別な想いはありませんでした。
│ 少なくとも、
│ 僕は、自覚していませんでした』
│ 『・・・』
│ 『でも、
│ そうやって収録で毎日ウサギさんの病室に訪れるようになり、
│ 10日ほどが過ぎた、午前中のことでした、
│ 僕、
│ ウサギさんとの収録を楽しみにしている自分に気付きました。
│ そして、
│ そのときに、
│ 自分の中の、ウサギさんに対する感情を知りました』
│ 『・・・』
│ 『夕方近くになって、研究室からアパートに戻・・・、
│ あぁ、
│ このときは、
│ 僕、
│ まだ家族についての思い違いをしてまして、実家の両親とは疎遠でした。
│ すみません、話がゴチャゴチャして・・・。
│ で、
│ 午前中に、
│ 自分の中の、ウサギさんに対する感情に気付いた僕は、
│ 大学の研究室からアパートに戻ったあと、
│ ウサギさんと付き合えるようになった際のことを、あれこれ考えていました。
│ それで、
│ ウサギさんが産むことになれば・・・の話ですけど、
│ 妊娠中の子を僕たちで育てるという選択肢もあるんじゃないか?、って、
│ そのとき、気付いたんです』
│ 『・・・』
│ 『ウサギさんが、
│ 出産し、特別養子縁組の制度を活用しようとしていることについては、
│ 僕は、
│ 自分のこともあって、あまり良い感情を持っていませんでした。
│ モヤモヤとした思いがありました。
│ そうして、
│ ウサギさん自身としても、本当は自分の手で育てたいんだろうな・・・って、
│ そんなふうなことを、
│ 僕、なんとなく感じていました。
│ で、
│ その妊娠中の子の面倒を、付き合うことになった僕とウサギさんで見れば、
│ 僕たちの手で育てることにすれば、
│ これら2つの問題が一挙に解消されるじゃないか・・・と思ったんです。
│ 特別養子縁組の制度は使われませんし、
│ ウサギさん、その子を自分で育てることができます』
│ 『・・・』
│ 『ただ、
│ とは言え、あまり気乗りはしませんでした。
│ 妊娠中の子を自分の手で育てられることを条件に、ウサギさんに交際を強いるような、
│ そういう感じがしましたし、
│ そもそも、
│ 僕自身、
│ その子を自分で育てることに対し、かなり抵抗がありました。
│ 血の繋がりのない子を、
│ ちゃんと自分の子として愛せるのだろうか、不安でした。
│ そして、
│ その子を育てる際は、
│ 僕は、
│ 恐らくは、
│ 最初のうちは、一般的な、血の繋がりのある父親の顔をし、
│ そのフリをし、
│ そうして、その子と接することになると思います。
│ それを、
│ 何年もの間、ずっと続けられる自信はありませんでした。
│ 加えて、
│ いつかは、その子に僕の本当のことを告げねばなりません。
│ それが、その子にとってどれほどつらいことなのか、
│ 僕は、
│ 身を以って、よく分かっていました。
│ それはできない・・・と思いました。
│ したくないと思いました。
│ 妊娠中の子を僕とウサギさんで育てることについては、
│ 最初は、
│ あまり気乗りしませんでした』
│ 『・・・』
│ 『その後は、
│ 引き続き、ウサギさんのことを考えていました。
│ で、
│ その過程で、
│ 家族とは何だろう・・・と、ふと疑問に思い、
│ 考え始め、
│ それで、
│ 先程も話したことですけど、
│ 自分の父親と母親だって血が繋がっていないじゃないか、
│ でも家族じゃないか・・・って、
│ 僕、
│ そこで、ようやく思い出すことができたんです。
│ そして、
│ 血の繋がりのない僕も、
│ 歴とした、本物の家族の一員であることに気が付いたんです。
│ 心から安堵し、
│ 良かった・・・と思いました』
│ 『・・・』
│ 『それから、
│ 僕、
│ ウサギさんと一緒になったときの生活風景を、また思い浮かべていました。
│ で、
│ その生活風景に、
│ ウサギさんの妊娠してる子を、試しにちょっと加えてみたんです。
│ 3人で暮らしている様子を想像してみたんです。
│ そしたら、
│ 不思議としっくり来たんです。
│ なくてはならない、かけがえのない存在のように感じました。
│ 一緒に暮らし、育ててあげて、
│ そうして、
│ ウサギさんと僕で幸せにしてあげたいと、そのとき思いました。』
│ そこまで話したカメさん、
│ 顔を下に向けると、小さく息を吐きました。
│ そして、
│ また顔を上げると、言葉を続けました。
│ 『ウサギさんの妊娠中の子を、僕とウサギさんの手で育てたい・・・というのは、
│ ひとつは、
│ その妊娠中の子に対する、仲間意識とか同胞意識からです。
│ 自分と似た境遇を持つであろう存在に対し、
│ なるべく見て見ぬフリはしたくない、手を差し伸べてあげたい・・・って、
│ そういう心情からです。
│ もうひとつは、
│ 僕の、両親に対する敬意や憧れからです。
│ 自分も歴とした家族の一員だと分かった後の話ですが、
│ 僕の家族は、
│ 今まで、
│ 僕に、温かい家族としての思い出をたくさん贈ってくれていたんだと気付きました。
│ 20年以上もの間、ずっとです。
│ こんなに有り難いことはないと思いました。
│ だから、
│ 僕もしたいと思いました。
│ 僕も、
│ この子に、
│ 親として、温かい家族の思い出をたくさんあげたいと思いました。
│ たくさんあげて、
│ そうして、幸せにしてあげたいと思いました、
│ 僕の両親が、僕にそうしてくれたように。
│ ・・・。
│ 妊娠中の子を僕たちの手で育てたい理由は、
│ 一応、そんなところです』
│ 説明を終えたカメさんが、ふぅ・・・って息をつくと、
│ お父さんが尋ねました。
│ 『キミが、改めてウサギとの生活を思い浮かべてみたときの話だが、
│ その生活風景に、
│ 妊娠中の子を加えてみて、しっくり来たのは、
│ 血の繋がりがなくても家族であると気付いたから、ということかな?』
│ カメさんが答えました。
│ 『えっと・・・、
│ 多分、そうだと思います。
│ ウサギさんの妊娠してる子と家族になることを考えたとき、
│ 最初は、
│ けど、その家族としての絆は形式上のものであって見せかけなんだよな・・・って、
│ そういう意識が、知らず知らずのうちに僕の中にあったような気がします。
│ 壁や距離を、その子との間に感じていたような気がします。
│ でも、
│ そうじゃない、血の繋がりがなくたって本物の家族なんだ・・・って気付き、
│ その子との間に感じていた壁や距離がなくなって、
│ だから、
│ 改めて思い浮かべたときに、自分の中でしっくり来たんだと思います』
│ お父さん、
│ 何度か頷いたあと、再び口を開きました。
│ 『もうひとつ いいかな。
│ どうしてキミは、
│ 昨日の午前11時の、そんなギリギリのタイミングで、
│ ウサギに、
│ 自分の気持ちや、妊娠中のその子を自分たちで育てたい旨を伝えることにしたんだ』
│ 『それは、その、
│ もしかしたら、僕、ウサギさんにフラれるかもしれないな・・・と思ってまして。
│ フラれたら、
│ 多分、収録に来れなくなってしまうので・・・。
│ なので、
│ 伝えるのは、
│ ウサギさんが悪阻を乗り越え、退院したあとか、
│ あるいは、
│ 産まないことにしたタイミングにしようと、予め決めてました』
│ お父さん、また何度か頷きました。
│ そして、
│ 顔をお母さんのほうへ向け、
│ 『母ウサは、何か訊かなくて大丈夫か?』と尋ねました。
│ お母さん、
│ 『ええ、私は大丈夫』って返しました。
│
│ お父さん、
│ ベッドの上のワタシに目を向けました。
│ 『じゃあ、
│ 次はウサギ、話してくれるか』と言いました。
│ ワタシは、
│ 『あ、うん。
│ えっと、』って口にし、顔を下に向けました。
│ これから言うことを頭の中でちょっと整理し、
│ その後、
│ そのまま、話し出しました。
│ 『・・・ワタシは、
│ その、
│ カメさんみたいな、ちゃんと説明できるようなハッキリした理由はなくて、
│ ただ、できれば自分で育てたいと思ってて、
│ だから育てたい、って言うか・・・』
│ 『・・・』
│ 『以前、お母さんに話したことだけれどね、
│ 最初の頃は、
│ この子のこと、
│ どうしても産みたいとか、育てたいとか、
│ そういうの、全然なくて、
│ ただ、
│ 堕ろすのは、ちょっとできそうになくて、
│ 無理そうで、
│ だから、
│ その、
│ 仕方ないみたいな感じで産むことにして・・・』
│ 『・・・』
│ 『入院して、初めの頃は、
│ 本当は、ちょっと後悔してた、
│ どうして、産むなんて言ってしまったんだろう・・・って。
│ 言わなければ、
│ 今頃、この苦しみから解放されていたのに・・・って。
│ また、いつもの毎日に戻れてたのに・・・って』
│ 『・・・』
│ 『正直、
│ ずっとつらかった・・・と言うか、今もまだそうなんだけれど、
│ でも、
│ 友達やカメさん、病院の人、サイトの人、
│ とにかく、
│ 色々な人に支えてもらって、力をもらって、
│ その度に、
│ ワタシ、
│ 頑張らなきゃ・・・って、
│ どうにか気持ちを奮い立たせて・・・』
│ 『・・・』
│ 『そうやって、
│ 毎日、病室で耐えてるうちに、
│ お腹の中の この子に対する自分の想いが、日に日に強くなっていって、
│ いつしか、
│ なんとか産んであげたい・・・って思うようになって、
│ そうしたら、
│ やっぱり、
│ できれば、自分の手で育てたいな・・・って。
│ そして、
│ そんなことを思っていたら、
│ 昨日、カメさんから、
│ この子も一緒に、って言われて・・・』
│ 『・・・』
│ 『だから、
│ ワタシは、
│ そんな、カメさんみたいなハッキリした理由はなくて、
│ ただ、
│ 自分の手で育てたい・・・って思ってて、
│ それで・・・』
│ そう言ったワタシは、
│ ベッドの上で、
│ 下を向いたまま、お父さんたちの反応を待ちました。
│ 声が、なかなか返ってきませんでした。
│ どうしたんだろう・・・って思いました。
│ 何か良くないことを言ってしまったんじゃないか・・・って、不安になり始めたとき、
│ お母さんの声が聞こえました。
│ 『・・・あなた、
│ 堕ろしたがってなかった?』
│ ワタシ、
│ 慌てて言いました。
│ 『あ、
│ えっと・・・、
│ うん、堕ろしたがってたんだけどね、
│ でも、
│ それ、1週間くらい前の頃にちょっと思ってただけで、
│ だから、
│ 今は・・・』
│ 声は、
│ また、すぐには返ってきませんでした。
│ 間があって、
│ それから、
│ お母さんの声が返ってきました。
│ 『・・・違うわよ、
│ その頃も・・・だけど、
│ もう、ずっとよ。
│ あなた、ずっと堕ろしたがっていなかった?』
│ 『・・・』
│ 『おとついだって、
│ あなた、
│ 気持ち悪いのや吐き気が治まってくれない・・・とか、
│ 朝食を久し振りに頼んでみたけど、やっぱりダメだった・・・とか、
│ なんか、残念そうに話してたけど、
│ 私には、あなたがホントにそう思ってるようには見えなかったわ。
│ 残念に思ってるようには見えなかった。
│ 内心、
│ 悪阻が治まってなくてホッとしているような、安堵しているような、
│ そんなふうに感じられた。』
│ ワタシは、
│ 自分の手元に視線を落としたまま、口をぎゅっと真一文字に結びました。
│ お母さん、
│ ちょっと間を置いてから、更に続けました。
│ 『・・・あなた、本当はそれほど産みたくないんじゃないかしら。
│ どちらかと言うと、堕ろしたいんじゃないかしら。
│ ただ、
│ カメさんに言われたから産むことにして、
│ あなたが育てたいと言ってるのも、
│ 要するに、そういうことなんじゃないかしら。
│ カメさんに言われたから、じゃないかしら』
│ 『・・・』
│ 『あなた自身は、
│ 実はそんなに産みたくないんじゃないかしら』
│ 『・・・』
│ ワタシ、
│ 顔を俯けたまま、黙ってました。
│ 少しして、
│ 両手を握り締めました。
│
│ そのとき、カメさんが言いました。
│ 『ウサギさんは――』
│ 『あの、』
│ ワタシは、
│ 加勢しようとしてくれたカメさんの言葉を遮り、
│ 続けて言いました、
│ 『あの、
│ ワタシ、大丈夫ですから。
│ 自分で話しますから。』って。
│
│ 部屋の中が静まりました。
│ ワタシは、目を閉じました。
│ 入院してからのことを、思い浮かべていきました。
│
│ やがて、
│ 自分の目元を手で拭ったワタシは、
│ 鼻をひとつすすり、目を開けました。
│ 『・・・今朝、ワタシとカメさんで電話で話して、
│ それで、
│ 今日のお母さんたちとの話し合いに向け、ちょっと打ち合わせをしたの。
│ その打ち合わせでね、
│ ワタシが堕ろしたがっていたのは伏せておこう、って話になって・・・。
│ この子を産むことや、この子をワタシとカメさんで育てるのをお母さんたちに認めてもらうとき、
│ 不利になるかもしれないから、って、
│ だったら、言わないほうがいいんじゃないか、って・・・。
│ それで、さっきのときは・・・』
│ 『・・・』
│ 『だからね、
│ お母さんの言う通り、
│ 確かにワタシ、堕ろしたがってた。
│ 妊娠をやめたいと思ってた。
│ でも、
│ 産みたい気持ちがなかったわけじゃないの。
│ 単に、それ以上に悪阻がつらかっただけ。
│ 頑張り続けるのがしんどくなって、挫けてただけ』
│ 『・・・』
│ 『正直、
│ 今だって、
│ 頑張り続けるのはしんどいし、苦しい。
│ けど、
│ ワタシ、
│ もう、堕ろしたいだなんて思ってないの。
│ 産みたい・・・って、心の底から思ってる。
│ 産んで、
│ カメさんと一緒に育てたい・・・って思ってる。
│ この子と暮らしたい・・・って思ってる。
│ カメさんの意思じゃない。
│ ワタシ自身の意思で、
│ 本当に、そう思ってる』
│ 『・・・その話を、
│ じゃあ、これから私たちにしてくれるのね?』
│ お母さん、
│ ワタシに、そう訊きました。
│ ワタシ、
│ 下向いたまま、黙って頷きました。
│ お母さんが言いました、
│ 『分かったわ。
│ なら、話してくれる?』って。
│ ワタシ、
│ 再び頷きました。
│ そして、
│ そのまま、口を開きました。
│
│ 『・・・さっきのときも話したんだけど、
│ ワタシ、
│ 最初、
│ この子を産みたいって気持ち、そんなになかったの。
│ 堕ろすのは無理そうで、
│ だから、産むことにしただけ。
│ 仕方ない・・・って感じだった』
│ 『・・・』
│ 『お母さんたちに、
│ この子を産む、って伝えて、
│ でも、
│ 実を言うとね、
│ ワタシ、ホントにこれでいいのかな・・・って、
│ ちょっと思ってたの。
│ 不安な気持ちというか、迷いの気持ちというか、
│ そういうのが、ちょっとあったの。
│ この子、
│ もしかしたら悪い子になってしまうんじゃないか、
│ 他人に迷惑をかけるような子になってしまうんじゃないか、
│ だったら、やっぱり・・・って、
│ そう・・・』
│ 『・・・』
│ 『それから、ここでの入院生活が始まって、
│ カメさんと初めて会って、話して、
│ カメさんが、特別養子縁組の養子であることを知って・・・。
│ そしたらね、
│ ベッドで横になって考えてるときにね、
│ なんとなく、
│ この子、カメさんみたいになるんじゃないか・・・って。
│ 勿論、
│ カメさんの、その・・・血の繋がってる父親が、
│ ワタシの元カレみたいだったとは限らないし、そもそも別人だし、
│ それに、
│ お腹の中のこの子だって、男の子じゃなくて女の子かもしれないけど、
│ でも、
│ そうなんじゃないか、って・・・。
│ 将来、
│ カメさんみたいな、ちゃんとした人になってくれるんじゃないか、って・・・』
│ 『・・・』
│ 『そうして、
│ その後、カメさんが収録で毎日来てくれるようになって、
│ そしたら、
│ カメさん、すごく優しい人で、
│ いい人で・・・。
│ お腹の中のこの子も、
│ カメさんみたいな、
│ 優しい、いい人に育ってくれるんじゃないか・・・って考えてたら、
│ なんか、
│ 急に、
│ この子のことが愛らしく思えて、
│ かけがえのない存在に思えて、
│ なんとか、産んであげたいな・・・って。
│ けど、
│ 同時にね、ちょっと悲しい気持ちにもなった。
│ だって、
│ ワタシ、この子を育てられない。
│ 産んだら、
│ すぐ、手放さないといけない。
│ 別れないといけない。
│ 離れ離れになって、
│ そうして、他人同士として生きないといけない。
│ ・・・それを考えたらね、
│ なんか、
│ 虚しくなって、悲しくなって、
│ ワタシ、
│ 何のために、こんなつらい思いをして頑張っているんだろう・・・って』
│ 『・・・』
│ 『勿論、
│ カメさんと一緒に育てることは、そのとき少し考えた。
│ けど、
│ ワタシのことを心配し、毎日来てくれてるカメさんの善意を利用するような感じがして、
│ イヤだったし、
│ それに、
│ カメさん、
│ ワタシのこと、
│ 内心、あんまり良く思っていないんじゃないか・・・って。
│ ワタシ、
│ カメさんの産みの親みたいに、自分の子を養子に送り出そうとしてるから・・・』
│ 『・・・』
│ 『だからね、
│ ワタシ、
│ この子のこと、産んであげたい・・・とは思ってたんだけどね、
│ でも、
│ 自分で育てられないのを思うと、
│ なんか、頑張りきれなくて、
│ 気付くと、ときどき良くないことを考えてしまっていて・・・。
│ そんなこと考えちゃいけない・・・って、慌ててやめるんだけど、
│ しばらくすると、また考えちゃっていて、
│ それがどんどん増えていって、どんどんいつものことになって、
│ 当たり前になって、
│ そのうち、
│ もういい・・・って、
│ そう・・・』
│ 『・・・』
│ 『そんなときにね、
│ 昨日のことなんだけどね、カメさんから告白されたの。
│ この子も一緒に、って言われた。
│ ワタシ、
│ 最初、理解できなかった。
│ だって、
│ カメさん、ワタシに対してあんまり良い印象を持っていないと思ってたから。
│ 嫌われてるかもしれない・・・って思ってたから』
│ 『・・・』
│ 『“返事は明日でいい。1日だけ考えてみてほしい”ってカメさんに言われて、
│ だから、
│ お母さんたちに、
│ “産むかどうかの結論は、1日だけ待ってほしい”って伝えて、
│ そうして、
│ ワタシ、
│ どうしようかを考えたの。
│ カメさんへの返事をどうしようか、考えたの』
│ 『・・・』
│ 『カメさんとは付き合いたい、って思った。
│ だって、
│ ワタシ、
│ カメさんのこと、もう好きになってたから・・・。
│ でも、
│ この子はどうしよう、って思った。
│ 勿論、
│ 産めば、カメさんと一緒に育てられる。
│ この子と暮らせる。
│ けど、
│ 仮に、カメさんとの仲が上手くいかなくて、
│ 後々別れることになった場合、
│ 状況によっては、ワタシひとりでこの子を育てることになってしまう。
│ 大丈夫かどうか、不安だった。
│ そのことを、
│ お見舞いに来てくれた友達に話したら、
│ “私じゃなくて、カメさんと相談してみたら?”って・・・。
│ だから、
│ ワタシ、お兄ちゃんに電話してね、
│ カメさんに連絡してもらって、
│ それで、
│ 夕方、
│ カメさんに、またここの病室に来てもらったの。
│ お付き合いのことについてはOKを返して、
│ その後、
│ 妊娠をどうするかは、こういう心配があって悩んでる・・・って話したらね、
│ カメさん、
│ ワタシが産むことにしたら、
│ 自分たちが別れてしまうことになったときに備え、
│ この子の養育費についての公正証書を作るつもりでいる・・・って。
│ それなら、
│ ワタシが、いくらか安心できるだろうから・・・って。
│ カメさん、
│ ワタシがどんなことを不安に思うか、分かってくれていて、
│ 色々調べて、考えてくれてたの。
│ ワタシ、
│ それ聞いててね、涙が出てきた、
│ こんなに考えてくれてたんだ・・・って。
│ この人と一緒になりたい・・・って、改めて思ったし、
│ この人なら大丈夫、信頼できる・・・って思って、
│ それでね、
│ ワタシ、
│ 決めたの、
│ この子を産もう・・・って。
│ 産んで、カメさんとふたりで育てよう・・・って』
│ 『・・・』
│ 『だからね、
│ ワタシ、
│ 本当に、この子を産みたいと思っているし、
│ それに、
│ 産むことにしたのだって、カメさんにそう言われたからじゃないの。
│ カメさんなら信頼できる、カメさんなら大丈夫と思って、
│ だから、
│ 産むことにしたの。
│ ワタシが自分で考え、自分で決めたことなの』
│ 『・・・』
│ 『昨日までのワタシ、
│ 確かに、堕ろしたがってた。
│ 産まなくてもいい、って思ってた。
│ でも、
│ 今は違うの。
│ もう、堕ろしたがってなんかいないの。
│ だって、
│ 産んだらカメさんと育てられるから。
│ 産んだら一緒に暮らせるから。
│ だから、もう・・・』
│ 目元をタオルで押さえ、そこまで話したワタシは、
│ 鼻をすすり、
│ そうして、息をひとつ吐き出しました。
│ お母さん、
│ 『・・・分かったわ。
│ 話してくれて、ありがとね』って言いました。
│ ワタシ、
│ 『うん・・・』って返しました。
│
│ それから、
│ お母さんとお父さんの、何かを少し話し合う声がし、
│ その後、
│ また、お母さんの声が聞こえてきました。
│ 『・・・カメさんに答えてほしいんだけど、
│ ウサギと、妊娠中のこの子のこと、
│ 本当に、
│ 自分のこれからの人生をかけ、愛してくれようとしているのかしら。
│ 面倒を見ようとしてくれているのかしら。
│ その覚悟を、
│ 今、しっかりと持っているのかしら』
│ 『・・・』
│ カメさんが黙っていると、
│ お母さん、更に続けました。
│ 『・・・ウサギのお腹の子は、
│ もしかしたら、
│ ちょっと手間のかかる、大変な子かもしれない。
│ あるいは、
│ 自分の思っていたような子じゃなくて、あまり可愛いと感じないかもしれない。
│ それでも、
│ ウサギとともに、育てていこうと思っているのかしら。
│ その子の父親として、
│ 責任持って、ちゃんと育てていこうと思っているのかしら』
│ 『・・・』
│ 『ウサギとの生活が上手くいかなかったときのために、
│ その子の養育費についての公正証書を作ろうとしてくれているのは、立派なことだし、
│ 有り難いわ。
│ そこまで考えてくれる人、滅多にいない。
│ 養育費についての取り決め額をいくらにするか分からないけれど、
│ 仮に月4万とか5万だとしたら、
│ カメさんみたいな若い人にとっては、相当な負担だと思う。
│ でもね、
│ 子供をひとりで育てなきゃいけなくなって、本当に苦しいことって、
│ 多分、お金の問題じゃないの。
│ 頼れるパートナーが身近にいないってことなの。
│ 子育てや仕事、普段の生活で困ったことがあったとき、
│ 基本的には、
│ 全部、自分ひとりでなんとかしなければいけない。
│ どう考えても大変だし、
│ それにね、
│ 身近に、
│ いざというときに頼れる人がいない、助けてもらう人がいない、
│ 一緒に頑張ってくれる同士がいない、ってのは、
│ やっぱり心細いものよ。
│ 精神的に、結構しんどいと思う。
│ 私だって、
│ 主人がいてくれなかったら、
│ 兄ウサとウサギをちゃんと育てられたかどうか、分からないわ』
│ 『・・・』
│ 『ウサギと上手くいかなかったときに、
│ 子供の養育費をしっかり払おうとしてくれているのは有り難いし、良いことよ。
│ でも、
│ だからと言って、
│ 軽い気持ちで、妊娠中の子を自分たちで育てようとしているのであれば、
│ それは困るわ。
│ あとでイヤになっても養育費さえ払えばいいんだから・・・って、
│ そういうのは困るの。
│ 勿論、
│ ウサギがひとりで育てなきゃならなくなった際は、
│ 恐らくは、私と主人でウサギの子育てのサポートをすることになるわ。
│ ウサギの場合、
│ 身近に頼れる人がいない、って事態にならないと思う。
│ けど、
│ その私たちのサポートは、仕方ないからすること。
│ 当てにはしないでほしい』
│ 『・・・』
│ 『子育て、ってね、
│ 理屈じゃないの、愛情なの。
│ なんとしてでもこの子を守る、なんとしてでも育て上げる、
│ 絶対に見放さないし、見捨てない・・・、
│ そういった感じの、
│ 揺るぎない、
│ 何ものにも勝るような、とても強い気持ちなの』
│ 『・・・』
│ 『カメさんに改めて尋ねるわ。
│ ウサギと、妊娠中のこの子のこと、
│ 本当に、
│ 心から、愛してくれようとしているのかしら。
│ 今後の自分の人生をかけ、
│ ちゃんと面倒を見てくれようとしているのかしら。
│ その覚悟があるのかしら。
│ ・・・それを、私たちに聞かせてくれる?』
│ 続きます。
└―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




