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Summer Echo  作者: イワオウギ
29/289

29.ムラドウの、バスターミナルの建物に入った

ムラドウの、バスターミナルの建物に入った。

やや湿り気のある生暖かい空気が、すぐさま私たちを包み込む。

構内は左右に長く、広々としており、

沢山の観光客たちで、かなり混雑している。


少し先では、

赤や青の、カラフルなナップサックを背負った女性客たちが、

売店の(のぼり)を指差し、そちらを見ながら何かの話をしており、

その向こうでは、

床の上に、

登山用の、いくつもの大きなザックが、

互いに支え合うようにして円形に立てて置かれており、

その周りを、

屈強な体つきをした男の登山客たちが、腕組みをして囲っていた。

時折、大きな笑い声を辺りに響かせている。


そして、そんな人々の手前や奥を、

数多くの観光客たちが、ひっきりなしに行き交っていた。

奥へと歩いていく、年配の団体客たち。

声を上げ、元気に走り回っている子どもたち。

不安げな表情を浮かべて、

ひとり、辺りをキョロキョロと見回して歩いている、

背の高い、白人の男性客。

急に笑顔になり、小走りになって駆けていく。

その先に目を向けると、

向こうの方に、

同じく背の高い、黒人と白人の入り混じった男性客たちの姿があった。

笑いながら、揃って頭の上で手を振っている。


ムラドウの、横に長い構内は、

大勢の、そうした賑やかな雑踏で、

絶えずガヤガヤとしていた。

活気に満ちた、ちょっとだけ騒がしい人混みの中を、

少年と私は歩いていく。



構内の、中央辺りまで来たところで、

私は足を止めた。

顔を、

左、右と順に向け、

それぞれの奥を、念のため確認すると、

それから、改めて前に向き直す。


視線の少し先に、

向こうへ延びる、観光客たちの列があった。

7、8人が並んでおり、

その先には改札口。

係員が、

銀色のラッチの中で、横向きで立っている。

列の方に手を伸ばし、チケットを受け取ると、

それを裏返し、下に(かざ)し、

ほんの少し間を置いてから、

またひっくり返し、表に戻すと、

そのチケットに何かを添え、観光客に返している。


私は、目線を上に向けた。

天井近くに、大きな液晶ディスプレイ。


クロバダム方面、オオカンポウ行きトロリーバス。

出発予定時刻は・・・、12時45分。

およそ10分後か。


私は、顔を隣に向ける。

少年は、改札口を見ていなかった。

もっと左へ、目を向けている。

私も、そちらを眺めてみることにする。


蕎麦(そば)屋があった。

《タチヤマそば》と書かれた木の看板が、その入り口の上に掲げられている。

すぐ下には、

暖簾(のれん)を形成する短い(ひも)が、

左右の端から端まで、ずらっと滝のように垂れ下がっており、

その向こうには、

立ったままの、10人ほどの観光客たちの姿が見えた。

白い湯気の立つ、熱そうな蕎麦を、

ときどき息を吹きかけつつ、熱心にススッている。


「お腹、()いた?」


訊いてみる。


「うん、ちょっと空いたー」


「ここで食べてく?。

 それとも、この先で食べる?」


「うーんと・・・、」


少年からの返答を待ちつつ、

私は、そのまま蕎麦屋の方を眺めた。

髪の長い、小さな女の子と、

その両親と思しき、3人の家族連れが、

店に向かって、歩いている。

女の子は暖簾を見上げ、

開いた手を上に伸ばして軽くジャンプし、

暖簾の紐を、触って揺らした。

父親と母親は、片手で暖簾を払いながら、

お互い、その女の子に笑顔を向け、

3人いっしょに、蕎麦屋へと入っていく。


「ねぇ。

 この先のところには、いつ着くのー?」


近くから、声が聞こえた。


「えーと・・・。ちょっと待って、調べるから」


私は、カバンの外ポケットからパンフレットを抜き出すと、

それに目を落とす。


「・・・乗車時間、約10分って書いてあるから、

 着くのは1時ちょっと前かな。

 オオカンポウ、ってとこ」


「じゃ、オオカンポウで食べるー」


「分かった。なら、行こうか」


「あっちー?」


少年は、顔をこちらに向けた。

手は、奥の改札を指差している。


「そう」


私が頷くと、

少年は、上げていた手をパタンと下ろした。

改札の方に向き直す。


「あの、トロリーバス・・・ってヤツ?」


「そう」


「オムレツみたいだねー」


・・・オムレツ?


「・・・どういう意味?」


しばらくしてから、私が尋ねると、

少年は、


「えー、」


と、

すぐさま不満そうな声とともに、私を見上げて、


「とろーりオムレツ知らないのー?」


と続けた。


「あー、そういうこと」


「そういうことー」


少年は、満足そうに私の言葉を繰り返すと、

また、改札の方を向いた。

私も、パンフレットをカバンのポケットに戻し、

顔を上げ、そちらを向く。


「じゃ、行こうか」


「うん!」


「チケットは?」


「ちょっと待って、すぐ出すから。

 えーと、・・・あった。

 ねぇ、見て見・・・あ、置いてかないでよー」


「ごめんごめん」


「待って、って言ったでしょー?」


「そうだっけ?」


「そうだよー」


「で、チケットは?」


「あったー。ほらほらー」


「折れ曲がったりしてない?」


「うん、平気ー。見て見てー」


「あー、ホントだ」


「もー、ちゃんと見てよー」


「見たって」


「見てない」


「見た」


「みーてーなーいー」


「こっそり見た」


「えー・・・。いつー?」


「さっき」


「さっき・・・って、いつー?」


「だいたい1時間くらい前」


「もー、それじゃ全然意味ないでしょー?。

 ほらぁ、ちゃんと見てよー」

2023/12/11

立山トンネル内で長らく運用されていたトロリーバスは、

修理部品の調達が困難になり、2024年の12月に廃止予定だそうで、

代わりに、電気バスが運用されるようです。

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