282.翌日のお昼
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│ 翌日のお昼、
│ 収録のために病室に来てくれたカメさんに、
│ 前日にあった、ワタシとお父さんとの言い合いのことを話しました。
│ そうして、
│ その言い合いのあと、ワタシがひとりで決めたことも話しました。
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│ 『・・・それでね、
│ ワタシ、
│ 11週目になっても悪阻の治まる気配が無かったら、
│ そしたら、
│ その、やめようかな・・・って。
│ 産むの、諦めようかな・・・って、
│ そう・・・』
│ ベッド脇のカメさん、
│ イスに坐って下向いたまま、じっとワタシの話を聞いていましたが、
│ やがて、
│ その顔を上げました。
│ 『・・・じゃあ、
│ 明後日の朝になっても治まりそうになかったら、
│ そのままお母さんに・・・ってこと?』って、ワタシに尋ねました。
│ ワタシは頷きました。
│ 『はい。
│ あ、でも、
│ お父さんも一緒かも。
│ 会社、休みだから』
│ 『あぁ、
│ そういやそうか。』って口にしたカメさん、
│ 再び、顔を下に向けました。
│ 少ししてから、
│ 『・・・分かった』って続けました。
│ その後は、
│ カメさんが、
│ 『明日はここに来るのは夕方になると思う』って言ったので、
│ ワタシは、
│ 『分かりました』って返しました。
│ 実家に帰るのかな・・・って思ったのですが、
│ 訊きませんでした。
│ 訊かないほうがいいような気がしました。
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│ 次の日の夕方、カメさんが来ました。
│ 収録が終わり、いつものようにふたりで少しお喋りをして、
│ それから、カメさんが尋ねました、
│ 『そういや、
│ ウサギさんのご両親がここに来る時間って、明日も同じ?』って。
│ 『えっと・・・、
│ 分かりませんけど、
│ でも、
│ 多分、そうだと思います』って返しました。
│ カメさん、
│ 下向いて、ちょっと考える素振りを見せたあと、
│ 顔を上げ、ワタシに言いました。
│ 『・・・じゃあ、
│ 明日は11時ちょうどくらい(病院の面会開始時間の直後)に、ここに来るよ』って。
│ え? 何で?、って思ったのですが、
│ すぐに、
│ あぁ、そっか・・・ってなりました。
│ ダメだったとき、
│ お母さんたちがここに来る前に、
│ カメさん、慰めてくれるんだ・・・って思いました。
│ ジーンと来て、
│ けど、
│ その一方で、少し後ろめたさを覚えました。
│ 申し訳ない気持ちになりました。
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│ この日の2日前、病室でお父さんと言い合いになったあと、
│ ワタシ、
│ 11週目に入っても妊娠悪阻が治まりそうになかったら、産むのを諦める、
│ 堕ろすことにする・・・って決めました。
│ でも、
│ 最後の最後まで希望を捨てずに頑張る・・・とか、
│ できればなんとか産んであげたい・・・とか、そういう感じではありませんでした。
│ 20日近くこの酷い症状がずっと続いていて、今だって少しも良くなる気配がないのに、
│ なのに、
│ それがあと3日で急に良くなるとは思えない、治まるはずがない・・・って、
│ 実際はそう考えていました。
│ 要は、
│ ほぼ諦めていたんです、これを決めた最初から。
│ 堕ろすことになるんだろうな・・・って思いつつ、そう決めました。
│ 中絶する未来を、
│ もう、ほとんど受け入れていたんです、
│ この時点で、最初から。
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│ そして、
│ もっと言えば、
│ 寧ろ、11週目に症状が良くなっていないことを望んでました。
│ 入院する前、
│ ネットで、ワタシと同じく重症妊娠悪阻になってしまった人の記事を読んでいて、
│ その人は、
│ 悪阻がどうにか落ち着いてきて、ようやく楽になったと喜んでいたのに、
│ しばらくしたら悪阻がぶり返し、また症状が酷くなり、
│ 大変な思いをされたそうです。
│ ワタシも、もしかしたらそうなってしまうかも・・・って思いました。
│ ワタシも、
│ 11週目のときには治まっていても、
│ しばらくしたら、また悪阻がぶり返してしまうかも・・・、
│ また悪化して、
│ またこの苦痛にひたすら耐え続ける、つらい毎日が始まってしまうのかも・・・って、
│ そう思いました。
│
│ 正直、そんなの絶対イヤでした。
│ 無理でした。
│ ぶり返して2度目がどうこう以前に、
│ 1度目の、今の時点で、
│ もうとっくに限界でした。
│ 500円玉のことがあって、なんとか少し持ち直しましたけど、
│ でも、ホントに少しであって、
│ 心の折れかけた、ギリギリの状態には変わりありませんでした。
│ 堕ろすのを保留に戻したことを、その日の夜にはもう後悔していて、
│ 次の収録のときに、
│ “やっぱり無理でした。ごめんなさい”って謝ろうか、
│ 本気で悩んでました。
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│ そういった感じでしたので、
│ 11週目が目前に迫った、そのときは、
│ あと少しの辛抱だ。それでようやく解放される・・・って、
│ 自分でも最低だと思うのですが、
│ 実際のところ、
│ もう、そればっかりを考えていました。
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│ そうして、
│ ワタシがそんな状態のときに、
│ カメさん、
│ 明日は、
│ ワタシのお母さんたちが来るよりも前の、11時にここに来る・・・って、
│ そう言ってくれたんです。
│ 悪阻が治まらず、堕ろすことになったらワタシが落ち込むんじゃないかと心配してくれて、
│ そのワタシを慰めようと考えてくれて、
│ だから早い時間に来てくれるんだ・・・って、ワタシそう思って、
│ それで、
│ 申し訳ない気持ちになったんです、
│ ワタシ、
│ カメさんの考えているような、優しい良い人間じゃないのに・・・って。
│ こんな、自分のことしか考えていない身勝手な人間なのに・・・って。
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│ で、
│ 本当のことを言おうか迷っていて、
│ そうしたら、
│ カメさん、少ししてから言ったんです、
│ 『あぁ、ゴメン、
│ ダメだった?
│ ダメならダメで、
│ まぁ、別に構わないんだけど・・・』って。
│ ワタシ、
│ 慌てて言いました、
│ 『いえ、全然ダメじゃないです。
│ 大丈夫です。
│ その・・・、
│ ありがとうございます・・・』って。
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│ カメさんの帰ったあと、
│ ワタシ、最低だな・・・って思いました。
│ そうして、
│ 明日はちゃんと言おう・・・って思いました。
│ ちゃんと正直に、全部話そう・・・って思いました。
│ 続きます。
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