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Summer Echo  作者: イワオウギ
V
277/294

276.『・・・えっと、ウサギさんの話

┌―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

│ 『・・・えっと、

│  ウサギさんの話、ぜんぶ読ませてもらって、

│  それで、』

│ ワタシのほうに向き直したカメさんが、

│ ひと息ついたあとで、そう切り出しました。

│ 『どうして産もうと思っているのか、

│  その理由が、

│  まぁ、

│  うん、なんとなくのレベルで・・・だけど、

│  分かった。

│  ウサギさん、

│  僕が思ってた以上に色々と考えていて、

│  正直、かなり驚いた。

│  読んでいて、

│  僕のほうこそ、たくさんのことを考えさせられたし、

│  それに、

│  ウサギさんの症状、

│  兄ウサから軽く聞いてはいたんだけど、

│  ここまで大変な思いをしているとは思わなかった。

│  この前は、

│  ホント、申し訳ないことをしてしまったな・・・って、

│  改めて反省した。

│  悪かった。ごめん』

│ ワタシは、

│ 『いえ、

│  あの・・・、

│  ワタシ、特に何ともありませんでしたので、

│  だから、別に・・・』って返しました。

│ カメさん、

│ 『まぁ、でも、

│  あれは僕が悪かったと思う。』って言って、

│ ひと息ついて、

│ それから、更に続けました。

│ 『・・・それで、

│  あの話を読んでの、僕の感想だけれども、

│  正直言って、

│  そこまで無理して産まなくてもいいんじゃないかな・・・って、僕は思った。

│  そこまで自分を犠牲にしなくていいんじゃないか・・・って。

│  ウサギさんの状況だと、

│  やっぱり、

│  堕ろすって選択が普通だし、一般的だと思う、

│  妊娠悪阻の問題がなかったとしても』

│ 『・・・』

│ 『ただ、

│  さっきも言ったけど、

│  ウサギさんの、堕ろしたくないって気持ちもなんとなく僕には理解できて、

│  なんとなく分かって、

│  だから、

│  仕方ないのかな・・・って。

│  あの感じだと、

│  ウサギさん、

│  堕ろすことになったら、

│  きっと、すごいショックだと思う。

│  立ち直るのにちょっと時間がかかってしまって、

│  その、ちょっとかかる時間が2、3ヶ月ならいいけど、

│  もしかしたら、

│  年単位で かかってしまうかもしれない。

│  だったら、

│  産むって選択も、ありなんじゃないかな・・・って。

│  おおよそ1年なわけだし』

│ 『・・・』

│ 『・・・産む、ってなったら、

│  多分、特別養子縁組にせざるを得ないんだろうけど、

│  それも、

│  その、

│  ・・・ウサギさんの場合は、仕方ないと思う。

│  どうしたらいいか、僕にも分からなかった。

│  何も考え付かなかった。

│  だから、

│  仕方ないって、そう思う・・・。』

│ イスに坐り、顔を俯けていたカメさん、

│ 膝上の手を固く握り締めたままで、

│ 少しの間、黙ってました。

│ そうして、

│ やがて、息をひとつ吐くと、

│ 顔を上げ、ワタシを見て言いました。

│ 『・・・まぁ、こんなところかな、

│  僕の感想は。

│  あまり大したこと言えなくて、申し訳ないけど』

│ すぐに首を振ったワタシは、

│ カメさんに言いました。

│ 『そんなことなかったです。

│  カメさんの話を聞けて、

│  ワタシ、

│  少しホッとしたと言うか、気が楽になりました。

│  ありがとうございます』

│ 『あぁ、えっと・・・、』って口にしたカメさん、

│ また、照れくさそうに頭をかきながら、

│ 『うん、

│  じゃあ、良かった。』って返し、

│ そうして、

│ 急に、

│ 『あ、そうだ、

│  それで、

│  ウサギさん、

│  あそこのサイト、あれから見てないの?』って訊きました。

│ 『あれから、って、

│  えっと・・・、

│  入院直前の、最後にコメントをしたときからですか?』

│ 『そう。

│  あのあとは、もう見てないの?』

│ 『はい、

│  見てないです』

│ ワタシがそう返すと、

│ カメさんが言いました。

│ 『えっと、

│  自分も昔、妊娠悪阻で入院してた・・・って人が、

│  ここ3日くらいコメントしてるんだけど、

│  じゃあ、

│  ウサギさんは、それは読んでないんだ』

│ えっ・・・て驚いたワタシは、

│ 『そんな人、いるんですか?』って訊きました。

│ カメさん、

│ うん、って頷いてから言いました。

│ 『20年以上前らしいけど、

│  その人も妊娠悪阻になって、10日ほど入院してたんだって。

│  当時の自分の状況とか気持ちを、色々詳しく書いていてくれていて、

│  読んでて、かなり大変そうだった』

│ 『・・・』

│ 『・・・読む?』

│ 『え?、』

│ 慌てて顔を上げると、

│ ワタシの前に、カメさんのスマホが差し出されていて、

│ 画面には、そのコメントが表示されていました。

│ ワタシは、

│ 『あ、えと・・・、

│  はい、ありがとうございます』って言って、

│ カメさんからスマホを受け取り、コメントを読み始めました。

│ けど、

│ 画面の文字に集中し、読んでいると、

│ すぐに気持ち悪くなってしまいました。

│ それで、

│ 画面から目を離し、ひと息ついていたら、

│ カメさんが、

│ 『あぁ、そうか。

│  ゴメン、うっかりしてた。

│  読んでると気持ち悪くなっちゃうのか』って言いました。

│ 『え?』

│ 『あれ?

│  違った?』

│ 『いえ、違ってないんですけど、

│  ただ、

│  何で分かったのかな・・・って』

│ 『あぁ、

│  そのコメントの人、

│  本とか雑誌を読むと気持ち悪くなってダメだった、って書いててさ、

│  だから、

│  ウサギさんも そうなのかな・・・って』

│ 『あ、

│  そうだったんですか・・・』

│ 『うん。

│  なら、僕が読んであげるよ。

│  スマホ、ちょっと返してくれる?』

│ 『え?

│  あ、はい・・・』

│ 『・・・どこまで読んだの?』

│ 『えっと、

│  途中、家事とかお風呂とか・・・って辺り』

│ 『・・・ん?

│  あぁ、ここか。

│  なら、今から読み上げていくよ』

│ 『はい、お願いします・・・。

│  ありがとうございます・・・』

│ 続きます。

└―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

┌―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

│ 『・・・じゃあ、

│  また長くなっちゃうといけないから、この辺で。

│  明日も、お話に来るからね・・・で、終わり』

│ そう言ったカメさんは、

│ ふぅ・・・って、ひと息つきました。

│ ワタシは、

│ 『・・・ありがとうございました』って、

│ タオルで目元を押さえつつ、お礼の言葉を言いました。

│ ワタシと同じ妊娠悪阻を経験し、乗り越えた人の話を聞けて、

│ すごく勇気づけられました。

│ 頑張ろう、って気になれました。

│ とても有り難くて、

│ だから、

│ その人にお礼を返さないと・・・って思いました。

│ ワタシは、

│ 目元に押し付けていたタオルを離し、

│ 一旦 気を落ち着けたあと、少し考えました。

│ そうして、

│ カメさんに言いました、

│ 『あの、

│  ちょっとお願いがあるのですが・・・』って。

│ カメさん、

│ スマホの操作を中断し、顔を上げました。

│ 『何?』って訊きました。

│ ワタシは言いました。

│ 『えと、

│  ワタシ、その人にお礼のコメントを返したいのですが、

│  今から口で、そのお礼の文章を喋りますので、

│  カメさん、

│  それを聞いて、文字に起こしてもらえませんか?』

│ 『え?

│  ・・・あぁ、

│  画面を長く見ていると気持ち悪くなっちゃうから、ってこと?』

│ ワタシは頷きました。

│ 『はい。

│  ひと言お礼を書くだけなら、恐らく大丈夫なんですけど、

│  ただ、

│  やっぱり、ちゃんとお礼を返したいな・・・って思って』

│ 『分かった。

│  ちょっと待って。

│  あぁ、そうだ、

│  あの投稿、多分、もうコメント期限が・・・』って、

│ カメさん、

│ ここのサイトのコメント受け付け期間がちょうど1週間で、

│ もう、コメントは つけられなくなっていることを説明してくれました。

│ なので、その人へのお礼は、

│ そこの投稿内でのコメントではなく、新しい投稿ですることにしました。

│ お礼の文面を考えていたワタシは、

│ 少ししてから、カメさんに声をかけました。

│ 『・・・あの、

│  お待たせしてすみません、出来ました。

│  喋っても平気ですか?』

│ 『ちょっと待って。

│  ・・・はい、どうぞ』

│ 『お久しぶりです』

│ 『・・・はい』

│ 『1週間くらい前のことですし』

│ 『・・・はい』

│ 『覚えてる人は』

│ 『・・・はい』

│ 『もうあまりいない気もしますが』

│ 『えっと、その、

│  こうやっていちいち少しずつ区切って喋ってくの、

│  ウサギさん、やりにくいだろうから、

│  いっそのこと録音しない?

│  録音なら、

│  最初に一気に全部喋ってもらって、

│  あとで、

│  僕のほうでそれを聞きつつ、文字に起こしたらいいし、

│  多分、そっちのほうがお互い楽だと思う』

│ 『あぁ、確かに。

│  分かりました、そうします』

│ 『ちょっと待ってて、

│  録音用のアプリを落とすから』

│ 『はい、

│  ありがとうございます』

│ 収録が終わりました。

│ 『・・・よし。

│  ちゃんと録れてるみたいだから、

│  じゃあ、今からこれを聞きながら文字に起こすよ。

│  少し時間がかかると思う。

│  あぁ、そうだ、

│  ウサギさん、スマホ貸して。

│  そっちに直接書き込んだほうが早いと思う』

│ ワタシは、

│ 『あの・・・』って言いました。

│ 『ん?』って返ってきました。

│ 『あの、

│  今からここで文字に起こすと、結構時間がかかっちゃうと思います。

│  研究室のこともあるし、

│  カメさんが家に帰ってからで、ワタシ、大丈夫です。

│  そんなに急がないですし・・・』

│ 『あぁ・・・、

│  まぁ、確かにそうか。

│  ・・・分かった、

│  じゃあ、そうさせてもらおうかな』

│ 『あと、

│  もし宜しければ、

│  その、

│  投稿は、カメさんのほうで しておいてもらえませんか?

│  ワタシのログイン名とパスワードを教えますので』

│ 『え?

│  あー、えっと、

│  でも、

│  書き起こした文章をあとでメールか何かで送ったほうが、

│  ウサギさんもチェック・・・は、無理なのか』

│ 『はい、多分。

│  それに、

│  スマホの操作も、正直、ちょっとキツそうな感じだったので、

│  カメさんのほうで投稿してもらえると、

│  その、

│  ワタシとしては助かるな、って・・・』

│ カメさん、

│ 少しの間、下を向いてじっと考えてました。

│ けど、

│ やがて顔を上げ、頷くと、

│ 『・・・分かった。

│  なら、僕のほうで投稿しとく』って言いました。

│ ワタシは、お礼を言いました。

│ 『ありがとうございます。

│  手間をかけさせてしまって、すみません・・・』

│ 『いいよ いいよ、これくらい。

│  大したことないし。

│  じゃあ、

│  一応、

│  追加の収録で、

│  ウサギさんの代わりに僕が投稿したことも説明しておいてくれない?

│  変に勘違いされると面倒だし』

│ 『あ、そうですね。

│  分かりました』

│ 『あとさ、

│  どうせ投稿するなら、

│  入院中のウサギさんの様子を、これからちょくちょく載せていったらいいんじゃない?、

│  心配してる人もいるだろうし。

│  収録のために、僕、ここに来るからさ』

│ 『え?

│  あ、でも、

│  カメさんに迷惑――』

│ 『いいよ いいよ、気分転換になるし。

│  それに、

│  来れるときだけにするから』

│ 『・・・じゃあ、

│  その、

│  ホントに来れるときだけでいいので、お願いします。

│  ありがとうございます・・・』

│ 『なら、追加の収録をしよう。

│  僕が代理で投稿していくことと、

│  あと、

│  これからウサギさんの入院状況をちょくちょく載せていくことも言っておいて』

│ 続きます。

└―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

┌―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

│ なんやかんやヤカン顔さん、

│ コメント、ありがとうございます。

│ あとから聞いたのですが、

│ カメさん、

│ このころは、

│ ワタシのこと、そういう対象としては全然意識していなかったそうです。

│ ただ、

│ ワタシの事情を知って、ほっとけなくて、

│ で、

│ 自分の研究で忙しいにも関わらず、毎日お昼に収録に来てくれて、

│ そうして、

│ 帰宅したら、収録したワタシの声を聞きつつ文字起こしし、

│ このサイトに投稿してくれてたんだそうです。

│ カメさんがいなければ、

│ ワタシ、ここまで頑張れなかったし、

│ 妊娠悪阻だって、乗り越えられなかったと思います。

│ カメさんには、感謝の気持ちしかありません。

└―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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