273.『えっと、2週間くらい前
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
│
│ 『えっと、
│ 2週間くらい前、
│ 小学校からの僕の友人が、地元で結婚式を挙げることになりまして、
│ それで・・・』
│ カメさんは、
│ そうして、
│ 自分が養子だと知らされた経緯や、
│ その後の、ワタシのお兄ちゃんとの出来事を語り始めました。
│ 途中、話が詰まると、
│ カメさん、ズボンのポケットからスマホを出して、
│ 以後は、
│ 時折そのスマホ画面を確認しつつ、淡々と話していきました。
│ 隣にいたはずのお兄ちゃんは、
│ 気付くと、
│ いつの間にか、ちょっと離れた場所に移ってました。
│ イスに腰掛け、
│ イヤホンで音楽か何かを聴きつつ、何かの雑誌を読んでました。
│
│ 自分が養子であることをカメさんが知ったのは、
│ ワタシと病院で初めて会ったときの、その2週間前のことだったそうです。
│ 友達の結婚式で実家に戻っていて、
│ その結婚式の翌日、
│ 両親に、
│ “大事な話がある”って呼ばれ、
│ それで
│ お父さんから告げられたそうです。
│ カメさん、
│ 最初は冗談だと思って、
│ だから、笑いながら、
│ 『いやいや、
│ 親父、
│ 朝から真顔で何言ってんだよ。
│ 流石に意味が――』って、隣のお母さんに目を向けたら、
│ お母さん、ちっとも笑ってなくて、
│ それを見て、
│ え・・・って、固まってしまって・・・。
│ 少しして、
│ どうにか気を取り直したカメさん、
│ お母さんに、
│ 『・・・あの、えっと、
│ ゴメン、
│ お袋、
│ これって、冗談・・・なんだよね?
│ なんか、
│ どう反応したらいいか、
│ 僕、全然分からなくって・・・』って言って、はは・・・って笑ったら、
│ お母さん、
│ 真剣な表情のまま、首を左右に振って、
│ そうして、
│ お父さんの言ったことは冗談なんかじゃない、本当のことだ・・・って。
│ “その瞬間、僕の意識が強制終了した”って、
│ カメさん、
│ 自分の意識をパソコン上で動いてるソフトみたいに言ってました。
│ 思考が停止し、
│ 何も聞こえなくなって、
│ 正面の明るい風景が、ただ自分の目に映っているだけの状態になったそうです。
│ ふと気が付くと、
│ 周りの音がいつの間にか戻ってきていて、色々聞こえるようになっていて、
│ カメさん、
│ そうした中、
│ テーブルの向こう側のふたりをぼんやり眺め、呼吸をただ繰り返していて・・・。
│ で、
│ そのうち、
│ あぁ、そうだ。訊かないと・・・って思って、
│ それで、
│ 『おふく・・・』って口にして、
│ そこで、言葉に詰まってしまったそうです。
│ “大丈夫よ、私はお母さんよ”って言われて、
│ けど、
│ カメさん、
│ どうしてもそれを口にすることができなくて、
│ で、
│ 少しして、こう尋ねたんだそうです、
│ 『・・・あの、すみません、
│ ちょっと訊きたいんですが、
│ 僕、誰なんでしょうか・・・』って。
│ “誰、って、
│ だから、
│ あなたは◎◎カメで、私たち夫婦の大切な息子で・・・”って言われて、
│ カメさん、
│ 『あの、
│ でも、その・・・、
│ 血は繋がってないんですよね・・・』って、返してしまって・・・。
│ そしたら、
│ お母さん、泣き出してしまったそうです。
│ “お願いだから、そんなこと言わないでちょうだい。
│ あなたのことは、
│ でき得る限り普通の子と同じように接して、
│ 一生懸命 愛情を注いで大事に育ててきたつもりだし、
│ カメ姉やカメ兄以上に可愛がってきた。
│ 血の繋がりがなくても、
│ あなたは、私たちの大切な家族なんだから”
│ そう言われて、
│ カメさん、
│ あぁ、
│ 自分だけ、そうなのか・・・って。
│ それで、
│ もう、何もかもがどうでもよくなってしまって、
│ その後、お父さんからも色々言われたけれど、
│ 全てが他人事のように感じられてしまって、まったく頭に入ってこなくて、
│ で、
│ 気付いたら、
│ カメさん、
│ いつの間にか、自分の部屋にいたんだそうです。
│ ひとりで、ぼーっとしてて、
│ そのうち、
│ なんで自分はこの家にいるんだろう・・・って、段々と不思議に思えてきて、
│ だから、
│ 下宿先のアパートに帰ることにしたんだそうです。
│ 電車に揺られてる最中、電話がかかってきて、
│ スマホ画面を見たら実家からだったから、すぐに電源を切って、
│ それで、
│ アパートに戻って、
│ そのまま、
│ 部屋でひとり、何時間もぼんやりしていて・・・。
│ その後、
│ トイレに行って、
│ それから、
│ 冷蔵庫を開け、作り置きしておいた料理を少し口にし、
│ イスに腰掛け、机の上のノートパソコンを開いたら、
│ お姉さんとお兄さんからメールが来ていて、
│ ふたりとも かなり心配してる様子だったから、メールをちょっと返して・・・。
│ そしたら、
│ 夜中の3時なのに、お兄さんからは返事が来たから、
│ そのまま少し、
│ お兄さんと、メールでやり取りをして、
│ ちょっと寝て、
│ 起きたら大学の研究室に行き、いつものように実験の準備を始めて・・・。
│
│ そういった感じで、
│ カメさん、物凄いショックだったそうです。
│ 研究室にいる間も、
│ 気付くと手を止め、ぼ−っとしてしまっていて、
│ ミスも多くて、
│ だから、
│ その週は、自分の作業があまり捗らなかったそうです。
│
│
│ 養子であることを告げられた 最初の頃は、
│ Y県に住む両親に対しては、許せないという感情しかなかったそうです。
│ 裏切られた、って気持ちでいっぱいで、
│ 腹が立って腹が立って仕方なくて、
│ 悔しくて、悲しくて、
│ 心細くて・・・。
│
│ 何日か経つと、ようやく少し冷静になれて、
│ それで、
│ 自分の、小さい頃からの実家での暮らしを、
│ ちょっとずつ振り返れるようになって、
│ 昔から両親が一生懸命に世話してくれていたこと、可愛がってくれたこと、
│ 色々なことを自分に教えてくれたこと、
│ 大切に育ててくれたこと、
│ そうして、
│ 今も、こうして大学に通わせてもらっていることを思えるようになって、
│ けど、
│ それが有り難いことだと頭では分かっていても、
│ 素直にそう思うことができなくて、
│ 受け入れられなくて、
│ 以前のように、
│ また普通の親子として接する気には、どうしてもなれなくて・・・。
│
│ お姉さんやお兄さんに対しても、
│ いくら自分が望んでも決して手に入れることのできない、
│ 血の繋がりを持っていることが羨ましくて、
│ 引け目を感じて、
│ それまでずっと大好きだったし、尊敬もしていて、
│ 気軽になんでも話せていたけど、
│ なんとなく、距離や壁を感じるようになってしまって・・・。
│ お姉さんもお兄さんも、
│ カメさんには、
│ それまで通りの、変わらない態度で接してくれてはいたけど、
│ でも、
│ カメさんのほうは、なかなか そうはいかなくて、
│ お姉さんやお兄さんのことを、姉貴や兄貴と呼ぶのにどうしても違和感を覚えてしまい、
│ 抵抗があって、
│ 家族じゃなくて、他人のような感じがしてしまって、
│ それが心苦しくて、
│ つらくて、寂しくて・・・。
│
│ 一方、
│ 自分を産んだ両親に対しては、
│ もう、怒りの感情しかなかったそうです。
│ どうして僕を捨てたんだ、
│ どうして自分たちの手で育ててくれなかったんだ・・・、
│ そういった気持ちでいっぱいで、
│ カメさん、
│ 自分の産みの親に対しては、あまり良い印象を持っていないようでした。
│
│ そうして、
│ カメさん、
│ 2、3日、悶々としながら生活していたそうですが、
│ ただ、
│ 自分の研究に、かなりの支障が出てしまっていたので、
│ 少し冷静になるためにも、
│ しばらくの間、考えないことにしたんだそうです。
│ それでようやく落ち着いてきて、
│ 再び、いつもの調子で過ごせるようになってきて、
│ そしたら、
│ 大学の研究室で自分のノートPCの調子がおかしくなり、
│ で、
│ ワタシのお兄ちゃんに言って、ノートPCを貸してもらうことにしたんだそうです。
│ 続きます。
└―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




