270.次の日の夕方
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│ 次の日の夕方、
│ 病室に、お兄ちゃんが現れました。
│ ひとりでした。
│ お兄ちゃん、
│ その日のワタシの容体について、軽く尋ねたあと、
│ 『それで、
│ 今、ラウンジにカメがいるんだけどさ、
│ どうする?』って訊きました。
│ ワタシは、
│ 自分の気持ちを確かめたあと、
│ 『ううん、会う。
│ せっかく来てくれたんだし・・・』って返しました。
│ お兄ちゃんが言いました、
│ 『・・・別に、
│ 無理に会わなくても良いと思うけど』って。
│ ワタシ、首を振りました。
│ 『ううん、会う』って、返しました。
│
│ 他の人に聞かれないよう、面会室に行って話すことになり、
│ お兄ちゃん、
│ 面会室の利用申し込みのために、部屋を出ていきました。
│ お兄ちゃんが戻ってくると、
│ ワタシは、
│ その戻ってきたお兄ちゃんと一緒に病室を出て、
│ 点滴スタンドを手でガラガラ押しながらエレベーターのところへ行き、
│ 階を下り、
│ 再び、病院内の通路を少し歩いて、
│ そうして、
│ 面会室の前に行きました。
│ お兄ちゃん、
│ ドアを、ガチャッと開けました。
│ 奥の窓際に応接セットがあり、
│ そこのソファに、男の人が坐ってました。
│ こっちを見ていて、
│ ワタシたちに気付くと、慌てた様子ですぐに立ち上がりました。
│ お兄ちゃん、
│ ワタシのほうを振り向いて言いました。
│ 『アイツがカメ。
│ 昨日お前に話したけど、
│ オレの大学の同期で、同じ研究室に所属してる』
│ お兄ちゃんのその紹介のあと、
│ カメさん、ワタシに何か言おうとして、
│ けど、何も言わず、
│ 少し遅れて、
│ そのまま小さく頭を下げました。
│ ワタシも軽く頭を下げると、
│ ドアを開けてくれてるお兄ちゃんの前を通って、面会室に入りました。
│ 心臓がドキドキしていました。
│ かなり緊張していました。
│
│ 応接セットの、カメさんの向かいのソファまで行き、
│ 点滴スタンドを脇に置いて、そのソファに腰掛けました。
│ ドアを閉めたお兄ちゃんが、
│ こっちに来ながら、
│ 『カメ、
│ この前 話したオレの妹のウサギ。
│ さっきちょっと訊いてみたら、
│ 調子、そんなに良くないみたいだったから、
│ 一応、あまり長くなり過ぎないようにしてくれ』って言って、
│ ワタシの前の、応接セットのテーブルの上に、
│ 金属容器とタオルを置きました。
│ 次いで、
│ カメさんのいる、ワタシの向かいのソファに目を向けると、
│ 背負っていたリュックの輪から肩を抜きつつ、そのソファの前に行き、
│ リュックを床に下ろしたあと、
│ ソファに腰掛けました。
│ 次いで、
│ 隣の、まだ立ったままでいるカメさんを見上げ、
│ 『ん?
│ どうした、カメ。
│ 早く坐れよ』って、声をかけました。
│ カメさん、
│ ハッとした表情になり、すぐにソファに腰を下ろしました。
│
│ カメさんの話は、なかなか始まりませんでした。
│ カメさん、
│ テーブルの向こう側で、顔を下に向けたまま、
│ ずっと黙ってました。
│ ワタシもお兄ちゃんも黙っていて、
│ なんとなく重苦しい雰囲気の中、時間だけが過ぎていきました。
│ そのときのワタシは、相変わらず頭痛と耳鳴りが酷くて、
│ しかも、
│ やがて、気分も段々と悪くなってきました。
│ 吐き気の波が少し来ていて、
│ 大きいのが来ないことを祈りつつ、なんとか堪えてました。
│ 正直、
│ このときは・・・ですけど、
│ ワタシ、ちょっとイライラしてました。
│ いつになったら話すの? 早くしてほしい・・・って、そう思ってました。
│
│ しばらくすると、
│ お兄ちゃんが、隣のカメさんを肘でつつきました。
│ カメさん、
│ けど、下向いたまま黙っていて、
│ それで、
│ お兄ちゃんが、また、肘でカメさんをつつきました。
│ けれども、
│ カメさん、話そうとはしませんでした。
│ 口を噤んだままでした。
│ お兄ちゃんが言いました、
│ 『おい、カメ、
│ お前、話すんじゃなかったのかよ』って。
│ 少し間があってから、
│ カメさん、
│ 『えっと・・・』って口にして、
│ けど、
│ それで終わりで、
│ また、黙り込んでしまいました。
│ ワタシは、
│ もう、早く帰ってほしい・・・って思ってました。
│ かなり腹を立ててました。
│
│ なんなの、この人。
│ そっちが話したい・・・って言うから、
│ だから、
│ ワタシ、こうして無理をして会ってるのに、
│ さっきからずっと黙ってるじゃん。
│ 何、この失礼な人・・・って思って、
│ ため息ついて、
│ そうして、
│ ちょっとしてから、
│ ・・・あれ?、って思いました。
│ この感じ、どこかで・・・って思って、
│ それで、気が付いたんです、
│ お父さんとお母さんの 初めての電話のときと、似ていることに。
│
│ お兄ちゃん、
│ やがて、息をひとつ吐きました。
│ そうして、
│ 下に置いてある自分のリュックに目を向け、それを持って立ち上がると、
│ そのリュックを背負いながら言いました。
│ 『カメ、帰ろう。
│ あんまり長くなると、ウサギも大変だし』
│ 『・・・』
│ カメさん、
│ 少ししてから、立ち上がりました。
│ お兄ちゃんが、カメさんに言いました。
│ 『1階のラウンジで待っていてくれ。
│ オレ、
│ ウサギを病室に送っていくから』
│ 『・・・』
│ 下向いたまま、黙って立っていたカメさん、
│ やがて、ドアのほうを向き、
│ ゆっくり歩き出したのですが、
│ でも、
│ すぐに止まって、ワタシのほうに向き直しました。
│ 少し間があってから、
│ カメさん、
│ 『・・・あの、
│ ウサギさん、悪かった。
│ 体、大変なのに、
│ わざわざ会ってくれて、
│ それなのに、僕・・・』って謝りました。
│ ワタシ、
│ カメさんに言いました。
│ 『あぁ、えっと・・・、
│ いえ、大丈夫です、
│ ワタシ、
│ ただ、ここに来て坐ってるだけだったし』
│ 『・・・ゴメン。
│ 体、お大事に・・・』
│ そう言ったカメさん、
│ 再び扉のほうを向くと、そのまま歩き出しました。
│ ワタシ、
│ 『・・・あの』って、呼び止めました。
│ 『・・・』
│ 『緊張していたんですよね?』
│ 『・・・』
│ 『その・・・、
│ また明日、来てください』
│ 『・・・』
│ 足を止めていたカメさん、
│ けど、
│ やがて、黙ってまた歩き出すと、
│ 出入り口のドアを開けて、面会室を出ていきました。
│
│ その後、
│ ワタシは、病室までお兄ちゃんに送ってもらいました。
│ お兄ちゃん、帰るときに言いました、
│ 『今日はゴメンな。
│ アイツ、悪いヤツじゃないんだけど・・・』って。
│ ワタシは、
│ 『ううん、
│ 気にしてないから』って返しました。
│
│ お兄ちゃんが帰ったあとは、
│ 自分のベッドで、
│ カメさんとの最後のやり取りを、ぼんやりと思い浮かべていました。
│ ちょっと変に思われたかも・・・って思いました。
│ そして、
│ また明日・・・って、つい言ってしまったけど、
│ 都合の良いときに・・・とか、
│ そっちのほうが良かったな・・・って、考えてました。
│ 続きます。
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