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Summer Echo  作者: イワオウギ
V
259/292

259.ウサギちゃん、初めまして

┌―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

│ ウサギちゃん、初めまして。

│ 昨日の午後、

│ たまたまウサギちゃんの投稿を見付けて、読み始めて、

│ 途中、家事とかお風呂でちょっとパソコンの前から離れたけど、

│ それ以外は、

│ もう、ずーっと読んでた。

│ こんなに頑張ってたくさん書いてくれて、ありがとね。

│ ウサギちゃんの話を読んでたら、

│ なんか、お池の蓮が見たくなっちゃってね、

│ それで、

│ 今日は11時くらいに家を出て、

│ 買い物ついでに、公園に立ち寄ってきたわ。

│ 蓮の花ってね、

│ 朝の10時くらいになると(つぼみ)に戻り始めちゃうの。

│ だから、

│ 私が行った頃は、お池の蓮の花はほとんどが蕾だった。

│ でもね、

│ わたし、この蕾が好きなのよ。

│ 水面からヒョロヒョロって伸び上がってる細長い茎の先に、

│ ロウソクの灯火みたいな形の、ピンク色の蕾が掲げられていて、

│ それを見ると、

│ (たくま)しい生きる力が凝縮されてる、生命の灯火(ともしび)って感じがするの。

│ お池に広く繁茂してる蓮の葉の、そこかしこから、

│ そのピンク色の生命の灯火が、ちょこんちょこんと たくさん立ち伸びていてね、

│ それをぼんやり眺めてると、

│ まるで自分が幻想郷にでもいるかのような、そんな不思議な感覚になるの。

│ で、

│ ショッピングカートを引きつつ、お池の上の東屋(あずまや)で行って、

│ そこのベンチに腰掛けてひと休みしてたら、

│ わたしより少し年配のおばあさんが来て、その人とちょっとお喋りをして、

│ それから買い物に向かったわ。

│ 今日も暑かった。

│ 妊娠悪阻、つらいよね。

│ わたしも、

│ 20年以上前の話だけど、それで入院したことがあるの。

│ 入院期間は10日間くらいだったけど、

│ もう、本当に地獄だった。

│ 今までの人生で、間違いなく一番苦しかった。

│ あぁ、

│ ちょっと長くなると思うけど、

│ 読むのがつらかったら読まなくていいし、

│ 返信もいらないからね。

│ 大変なことは、

│ 身に沁みて、よく分かってるから。

│ 最初はね、

│ わたし、ツワリが来て嬉しかったのよ。

│ 当時のわたし、

│ 排卵にちょっと難があって、それで不妊治療を続けていてね、

│ 旦那も一緒に調べてみたら、精子がちょっと少なめだったから、

│ 煙草をやめて、

│ ジョギング始めて、ダイエットして、

│ 毎日の食事にも気を使うようになって・・・。

│ そうして、

│ 2、3年が経って、

│ 35歳を過ぎて、少し焦っていたときに、

│ お医者さんに、

│ 「おめでたです」って告げられたの。

│ 旦那も私も、

│ もう、声を上げて喜んだわ。

│ まだ安心はできなかったけれど、

│ でも、

│ ようやく わたしにも・・・って思うと、感慨も一入(ひとしお)だったし、

│ 自然と気合も入ったわ。

│ そんな矢先のツワリだったからね、

│ あぁ、

│ やっぱり自分はちゃんと妊娠してるんだ・・・って、改めて実感できて、

│ だから、嬉しかったの。

│ ツワリになり始めて、

│ 2、3日が経つと、

│ ほとんどの物が食べられなくなってね、水も飲めなくなった。

│ すぐに戻しちゃうの。

│ でも、

│ そうめん とか、

│ トマトや きゅうり、ヨーグルトなら少し食べられたし、

│ 水分も、

│ レモンスカッシュなら大丈夫だったから、それでなんとか(しの)いでたんだけど、

│ 更に1週間くらいすると、

│ ウサギちゃんと同じで、

│ わたしも、何もかもがダメになったの。

│ とにかく、

│ 胃が、何も受け付けてくれないの。

│ 匂いヅワリもますます悪化して、とにかく一日中 気持ち悪くて、

│ フラフラしながらも、なんとか毎日家事をこなしてたんだけど、

│ そのうち、

│ どうしてもつらくなって、周りの人に少し相談してみたら、

│ 「ツワリなんだから当たり前だし、それくらい普通よ。

│  つらいかもしれないけど、

│  みんな、それを乗り越えてきたの。

│  私だって大変だった。

│  これくらいのことで()を上げるようじゃ、

│  とてもじゃないけど、子育てなんか務まらないわよ。

│  頑張んなさい」って。

│ そうして、更に、

│ 「根性が足りないから戻しちゃうのよ。

│  いくらツラくても無理して食べて、あとはとにかく気合」って言われたから、

│ 何回も頑張ってみたんだけど、

│ どうしても戻しちゃって、

│ もう、食べ物を目にしただけで反射的に吐くようになっちゃったわ。

│ 飲まず食わずの状態だったから、

│ その頃には、

│ 頭は働かないわ、体にも力が入らないわで、

│ 立ってるだけでつらくてね、

│ 布団の上で、

│ 日がな一日、ただ横になってじっと耐えてた。

│ おしっこは ほとんど出なくなっちゃって、

│ トイレに行かなくて済むのは楽だったけど、

│ ただ、

│ 出たとしても少量で、色も茶色になってて、

│ 薄気味悪かった。

│ 吐き気も、

│ 治まるどころかますます酷くなっていってね、

│ そのうち、

│ 昼も夜も関係なしに、のべつ幕なしに戻すようになったわ。

│ で、

│ それまでは、

│ 胃に何も残ってないときは、透明な胃液を吐いてたんだけど、

│ あるときから、

│ それが、黄色とか緑色になっちゃったのよ。

│ 今だったらネットでちょっと調べて、

│ それが、逆流した胆汁のせいだって分かるけど、

│ 当時はそんなこと、できなかったから、

│ 自分はどうなっちゃったんだろう・・・って、怖くて仕方なかった。

│ 周りの人にも、相談できなかった。

│ 陰で、

│ 「あそこの奥さん、

│  ツワリなんかで音を上げて・・・」って言われてたの知ってたから。

│ 旦那にも、余計な心配かけたくなかったから、

│ 「ちょっと体の調子が悪くて・・・」って、誤魔化してて・・・。

│ そしたらね、

│ あるとき旦那が、

│ わたしの枕元の、()みのついた雑巾を不審がってね、

│ 次いで、ゴミ箱を見て、

│ そこに捨てられてる、口の縛ってある白いビニール袋を見付けて、

│ その口を(ほど)いて、

│ 中を見て、

│ 「おい、これはなんだ?」って。

│ わたし、

│ 立ってトイレに行くのもツラい状態で、

│ だから、

│ ビニール袋の中に戻して、それをゴミ箱に捨てていたの。

│ 旦那は、

│ 「すぐに病院に行こう」って言ってくれたんだけど、

│ わたしは、

│ 「ただのツワリで、寝てればそのうち治るから」って断ってて、

│ でも、旦那が、

│ 「いや、絶対におかしい。

│  どう考えても、普通のツワリじゃない」って、

│ それで、

│ 次の日、会社を休んで、

│ わたしを無理やり病院に連れて行ってくれてね、

│ そしたら、即入院になった、

│ 飢餓状態です、って言われて。

│ 病院に着いたら絶食させられて、

│ 栄養は、

│ 鎖骨の辺りに刺された点滴で、摂っていたわ。

│ 24時間、点滴しっ放し。

│ 点滴には、

│ 吐き気を抑える薬も入ってる、って言われたけど、

│ 最初のうちは、まったく効いてる感じがしなかった。

│ 家にいたときと変わらず、日に何回も戻してた。

│ 酷い車酔いのときの気持ち悪さが、いつまでも頭の奥をトロトロと巡ってて、

│ 吐き気もずっとあって、

│ でも、

│ なかなか吐けなくて、吐き気も気持ちの悪さもそのままで、

│ ふとしたタイミングで どうしようもない吐き気に襲われ、戻したとしても、

│ 気持ちの悪さや吐き気は消えてくれなくて、そのまま残ってて、

│ もう、どうしようもなく つらかった。

│ 本とか雑誌とかの文字を読もうとするだけで吐きそうになってたし、

│ テレビを観ることも無理だった。

│ 気を紛らわせることが何もできなくて、

│ 起きてる間は、

│ ベッドの上で横になったまま、

│ ただただ、

│ いつ来るか分からない吐き気の波に(おび)えつつ、気持ちの悪さを我慢し続けるだけ。

│ もう、いっそのこと、

│ ずっと気を失っていたい・・・って、

│ 何度思ったか分からない。

│ 時間の進みが、とにかく物凄く遅いように感じられて、

│ 1日が、

│ まるで、100時間とか200時間にでも延びてしまったかのような、

│ そういう感じだった。

│ ツラさしかない1日が、いつまでも終わってくれないような、

│ そんな毎日の繰り返しだった。

│ わたし、

│ どうして、こんな思いをしなくちゃいけないの・・・って、

│ 運命の神様のことを本当に恨んだし、

│ そんなこと、絶対にしたくなかったし、

│ 思ってはいけないことだと分かっていたんだけどね、

│ それでもね、

│ お腹の赤ちゃんのこと、恨んでしまったわ。

│ 妊娠なんかしなければ・・・って、何度も何度も思った。

│ けど、少ししたら、

│ 心の中で、

│ 「せっかく来てくれたのに、

│  そんなこと思っちゃって ごめんねごめんね。

│  怖かったよね、わたしを許してね」って、その度に必死に謝って、

│ そうして、気を取り直して、

│ いつ終わるか分からない、この地獄のような日々を、

│ ひたすらベッドの上で(こら)え続けていたの。

│ そしたら、

│ 1週間くらいだったかな?、

│ まぁ、それくらいで、

│ 気持ちの悪さと吐き気が少し治まってきてね、

│ 実際に戻しちゃう頻度も減って、

│ 食事や水もちょっとずつ摂れるようになっていって、

│ それで、

│ 結局10日くらいで退院できて、無事に出産できたの。

│ その後の子育ても色々大変だったけど、

│ でも、

│ わたしの場合は、妊娠悪阻のほうがつらかったし、

│ 苦しかった。

│ 「子供を産んだらそんな苦労なんて全部吹っ飛ぶから・・・」って言われたけど、

│ 全部は吹っ飛ばなかった。

│ また妊娠悪阻になるんじゃないか、って怖くて、

│ それで、

│ 妊娠前は、

│ 「できれば、ふたり欲しいね」って話してたんだけど、

│ 旦那には、

│ 「もう産みたくない」って伝えた。

│ 旦那は、

│ 「もう、充分に頑張ってくれた」って、

│ 慰めてくれたわ。

│ 正月とか盆とかで、親戚一同で集まるとき、

│ そこに赤ちゃんを連れて行くと、

│ 二人目は作らないのか・・・って、事あるごとに訊かれた。

│ その度に、わたしが、

│ 「入院までしたので、ちょっと」って返すと、

│ 「そんな、一度なったくらいで・・・。」って笑われて、

│ 続けて、

│ 「次はそうならないかもしれないじゃない」って・・・。

│ 正直、心の中で、

│ あなたも一度経験してみてから言ってほしい・・・って思ってたんだけど、

│ でも、笑顔を作って、

│ 「えぇ、

│  まぁ、でもちょっと・・・」って、返してたわ。

│ あぁ、ゴメンね、

│ 読むだけでも つらそうなのに、つい長々と語っちゃったわ。

│ 最後のほうは、単なるわたしの愚痴になっちゃったし。

│ 繰り返しになるけど、返信はいいからね。

│ また、明日来るからね。

└―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

┌―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

│ ウサギちゃん、こんにちは。

│ 今日は、

│ なんとなく、久し振りに折り紙で難しめの作品に挑戦したくなったから、

│ その作品用の紙を作ったわ。

│ まぁ、

│ 作ったと言っても、

│ 紙屋さんで買った、薄めの大きい紙を引っ張り出してきて、

│ アルミホイルで裏打ちして、

│ それを50cm角に裁断する、ってくらいだけどね。

│ アルミホイルで裏打ちした紙を使うと、

│ きっちり折り目がついて、折った部分が中途半端に戻ったりしないし、

│ 仕上げで形を整えるときも、

│ 微妙な湾曲を簡単につけられたり、好きなポーズをつけられるから、

│ 作品が、さまになるの。

│ その後は、

│ 裏打ちに使った糊を乾かすために、風通しのいいところに紙を置いて、

│ 家を出たわ。

│ 病院と役所に行ってきて、

│ その帰りに、また公園に立ち寄って、

│ お池の東屋のベンチに座って、ひと休みして、

│ ウサギちゃんのことを思い浮かべながら、お池の蓮を眺めていたわ。

│ あぁ、そうそう、

│ このニックネームね、

│ 普通のだとウサギちゃんが身構えちゃって、開くのが怖いかも・・・って思って、

│ それで、こういうニックネームで登録したんだけど、

│ 失敗しちゃったわ。

│ これだと他の人にコメントできないし、

│ わたし自身も投稿できないことに、さっき気付いたわ。

│ それに、

│ よくよく考えたら、

│ 頑張れ・・・って言葉、

│ ウサギちゃんにとっては重荷になっちゃうかも、って。

│ そうだったらゴメンね。

│ わたしって、

│ ホント、昔からこうなの。

│ あとになって、

│ ああすれば良かった、って、しょっちゅう後悔してる。

│ 名前って、今から変更できるのかしら。

│ じゃあ、

│ また明日ね。

└―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

┌―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

│ ウサギちゃん、こんにちは。

│ 名前の変更、できなかったわ。

│ 一定期間、間を()けないとダメみたい。

│ イタズラ対策かしらね。

│ 仕方ないか。

│ 折る作品は、天馬にしたわ。

│ ホントは兎にしたかったんだけど、

│ わたしの持ってる本には、

│ 兎は、シンプルなものしか載ってなくて・・・。

│ 自分でオリジナル作品を作り出せればいいんだけどね。

│ あぁいうのを考えられる人たちって、

│ 頭の中、どうなってるのかしら。

│ 折り方を覚えるだけでも大変そうなのに。

│ 大きな折り紙ってね、折るのが大変なの。

│ 1回1回紙を折るのに、全身を使わないといけないから。

│ わたしの場合、

│ 1時間くらい折ってると腰にきちゃうから、いつもそれで終わりにしてる。

│ 今日は、

│ 紙に折り目をつけるだけの、地味な作業ばっかりだった。

│ まだ、なんにも形になってなくて、

│ 折り目はたくさんついてるけど、ただの正方形のまま。

│ 続きは、また明日。

│ 難しい折り紙のことを、コンプレックス系折り紙って呼ぶんだけどね、

│ このコンプレックス系折り紙、

│ 本当は、最初は旦那が興味を持ったの。

│ テレビで凄い折り紙を折ってる人がいて、それを観て感激して、

│ で、旦那が、

│ 俺も折ってみたい・・・って言って、

│ すぐにネットで調べて、その作り方の載ってる折り図集を注文して、

│ 大きなサイズの紙も買ってきて・・・。

│ でね、

│ 手順が200以上もの、難しめの作品を折り始めたんだけど、

│ この最初の地味な作業が我慢できなくて、途中で投げ出しちゃったの。

│ わたし、

│ せっかくここまで折ったのに・・・って思って、

│ それで、

│ 旦那が投げ出したのをわたしが引き継いで、折り始めて、

│ 色々悩みながら、

│ 5日間くらいかけ、なんとか完成に漕ぎ着けたら、

│ 次はあれを折りたい、これも折りたい・・・ってなっちゃってね、

│ 結局、わたしのほうがハマっちゃったの。

│ じゃあ、

│ また長くなっちゃうといけないから、この辺で。

│ 明日も、お話に来るからね。

└―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「その、《ウサギちゃん、頑張れ!》さんの3番目のコメントの次の日、

 ウサギさんは、

 サイトの談話室に、3回目の投稿をしていた」


「タイトルは、《近況報告》だった」

妊娠悪阻の治療としての絶食は、自己の判断では絶対にしないでください。

戻してしまって何も食べられない等、仕方ない場合であっても、

まずは、必ず医師に相談してください。


あと、

私は男ですし、妊娠悪阻になったこともありませんので、

もしかしたら、色々と違うかもしれません。

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