257.翌朝、2階でドアの
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│ 翌朝、
│ 2階でドアの開く音がし、誰かが階段を下りてきました。
│ その足音が漫画部屋の戸の向こうまで来て、止まって
│ 間があってから、
│ トントン・・・って、2回ノックされました。
│ お父さんの、
│ 「・・・ウサギ、入るからな?」って声がしました。
│ 少しすると、
│ 戸が、そうっと開けられました。
│ 「・・・おはよう。
│ あぁ、
│ そのままでいい。」
│ お父さんは、
│ 洗面器に向かって えずいてるワタシに、そう言いました。
│ そうして、
│ ワタシがちょっと落ち着いたタイミングを見計らって、
│ 「・・・少しは寝れたのか?」って訊きました。
│ ワタシは頷きました。
│ 「2時間か、3時間くらいは・・・、
│ 多分・・・」って返しました。
│ 「そうか。
│ 雨戸、開けようか?」
│ そう訊かれたワタシは首を振り、
│ すぐに、洗面器に向かって えずき始めました。
│ 少ししてから、
│ 戸が、静かに閉められました。
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│ お母さんやお兄ちゃんも、1階に下りてきました。
│ そうして、
│ しばらく経ったあと、足音がこっちに近付いてきました。
│ 漫画部屋の戸が、
│ 控えめに、2回ノックされました。
│ お父さんの声が聞こえました。
│ 「・・・ウサギ、
│ じゃ、
│ 父さん、仕事に行ってくるからな」
│ ワタシは、
│ 横になったまま、
│ 「うん、
│ 行ってらっしゃい」って返しました。
│ 足音が離れていき、
│ 「・・・じゃ、行ってくる」って声がしました。
│ お母さんの、
│ 「行ってらっしゃい」って声のあと、
│ 玄関のドアの開く音がして、閉まった音がして、
│ 間があって、
│ 門の閉じられる音が聞こえました。
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│ お兄ちゃんが出掛けたあと、
│ 少しすると、お母さんが部屋に入ってきて、
│ 雨戸を開けました。
│ 部屋の中に陽が差し込み、明るくなり、
│ 外で鳴くセミの声が、
│ 網戸を通して、直に聞こえるようになりました。
│ レースのカーテンを窓に引いたお母さんは、
│ 一旦部屋を出ていき、
│ 洗面器と手ぬぐいタオルを持って、戻ってくると、
│ ワタシの体を、その手ぬぐいタオルで拭いてくれました。
│ そうして、
│ どうして急に産むことにしたのかを訊いて、
│ 特別養子縁組を使うことについて、ワタシに確認したあとで、
│ ゆうべの、お父さんとお母さんの話し合いの様子を、
│ ワタシの体を拭きながら、少し話してくれました。
│ お父さんは、
│ やっぱり、産むことには反対のようでした。
│ “いま通ってる高校とか大学の受験はどうするんだ。
│ なんで被害者であるウサギが、そこまで自分の人生を犠牲にしないといけない。
│ オレは絶対に認めんからな”
│ お母さんが、
│ “1年くらい、大したことないじゃない。
│ それに、ウサギ自身がそれを望んでるんだから”って言っても、
│ お父さんは、
│ まったく聞く耳を持たなかったようでした。
│ とにかく、
│ 産むのは絶対に認めない・・・ってことでした。
│ ワタシは、
│ 気になってたことを、お母さんに訊いてみることにしました。
│ 「お母さん、
│ パートって・・・」
│ お母さんが答えました。
│ 「あぁ、
│ ウサギを入院させなきゃいけないかも、って話になったときにね、
│ お父さんが言ったのよ、
│ “なんであんなヤツの子を産ませるために、
│ わざわざ金払って入院までさせなきゃならないんだ。
│ オレはイヤだ。
│ 毎日苦労して稼いでるお金を、そんなことのために使いたくない。
│ 一銭たりとも出したくない”って。
│ 私が、
│ “ウサギのためでしょ?”って言っても、
│ “堕ろせばそれで終わる話じゃないか。
│ 入院なんか必要ないだろ”って言って、少しも聞いてくれなくてね、
│ だから、
│ “だったら私がパートに出るわよ。
│ そのお金から出せば文句ないでしょ?”って言い返したの。
│ あぁ、大丈夫よ、
│ 私がそう言ったら、
│ お父さんね、
│ パートに出なくていい、って。
│ ただ、
│ オレは、産むのを認めたわけじゃないからな、って」
│ 「・・・」
│ その後、
│ 体を拭いてくれるのが終わって、ワタシが服を着ているときでした。
│ お母さんが訊きました。
│ 「ウサギ、
│ もう一度確認するけど、
│ 産みたい、ってのは本当のことよね?」
│ ワタシは、
│ ちょっと間を置いたあと、
│ 「・・・うん」って返しました。
│ 「そう、分かったわ。
│ でも、今は保留にしておきなさいね。
│ また気が変わるかもしれないから」
│ 「・・・うん」
│ 「それと、
│ エアコンは、
│ 使うにしても、28℃くらいにしておきなさいね」
│
│ 病院には、
│ その日も、お母さんの運転する車で行きました。
│ 診察での先生との話のあと、入院を勧められ、
│ それで、
│ 次の日から、
│ ワタシは、街の大きな総合病院で入院することになりました。
│
│ 病室のベッドの上で、
│ ひとり、点滴を受けていると、
│ いつの間にかグッスリと眠ってしまってて、
│ 目が覚めたときには、
│ 体調も気分も、幾分マシになってました。
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│ お母さんと一緒に家に帰ったワタシは、
│ 友達に、メッセージを送りました。
│ ゆうべは、ごく簡単にしか説明できなかったので、
│ 色々詳しく書きました。
│ 友達は、
│ 夏期講習のあと、すぐにウチに来てくれました。
│ ワタシは、
│ その友達に、ゆうべからの いきさつを改めて話しました。
│ 友達は、
│ ソファで麦茶を飲みつつ、ワタシの話を黙って聞いていて、
│ 終わったあとも、
│ 下を向いたまま、黙ってましたが、
│ やがて、
│ 鼻をすすって、目元を手で拭い、
│ そうして、
│ 少ししてから、
│ 「・・・私、
│ 毎日あんたの病院に行くからね。会いに行くからね」って言ってくれました。
│ 続きます。
│ 次でラストです。
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