252.「話し合いのあと
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
│
│ 「話し合いのあと、
│ ▼▼お祖母ちゃん、これからすぐに九州に帰るって言うんで、
│ お父さんが空港まで送っていって、
│ 夜の7時過ぎだったかな、
│ ウチの電話が鳴ったの。
│ お父さんだろうな、って思って、
│ すぐに階段を下りていったら、やっぱりそうだった。
│ 弟に、
│ “△△さんからー”って言われて、受話器を渡された。
│ “もしもし・・・”
│ “あぁ、◎◎。
│ 今、お袋を送り終えて、
│ これから帰るとこ。
│ で、明日はどうする?
│ 病院、決まった?”
│ “うん、一応。
│ ・・・ご飯は? もう食べた?”
│ “いや、まだ”
│ “じゃあ、
│ これから一緒に、
│ どこか、食べに行かない?
│ 明日のこととか、色々話したいし”
│ “あぁ・・・、
│ いや、今日はいいや。
│ もう遅いし、
│ それに、流石に ちょっと疲れた・・・。
│ 今日は もう、ひとりでゆっくりしていたい・・・。
│ ゴメンな”
│ “・・・分かった。
│ じゃあ、
│ 明日の朝、いつもと同じ時間に行くから”
│ “あぁ、
│ うん、分かった。
│ 今日はお疲れ様”
│ “うん、
│ ▽▽もお疲れ様。
│ ありがとね”
│ “いや、
│ まぁ、当たり前のことだし・・・。
│ ◎◎のほうこそ、
│ 今日は悪かったな”
│ “お母さんの悪口のこと?
│ ううん、
│ 私、全然気にしてないから”
│ “いや、
│ 悪かった、ゴメンな”
│ “ううん、
│ 私、ホントに気にしてないから。
│ ぜんぜん平気”
│ “・・・分かった。
│ じゃあ、また明日な”
│ “うん、また明日ね。
│ おやすみー”
│ “おやすみー”
│ 翌朝、お父さんのアパートに行ったあと、
│ 決まった病院のことを話して、
│ その決まった病院に診察と検査の予約を入れるため、
│ また、外の公衆電話から電話したの。
│ 予約は取れたんだけど、当日じゃなかったから、
│ その日はふたりで映画館に行ったり、街をぷらぷら歩いたりして、
│ ゆっくり過ごして、
│ で、
│ 予約の当日、
│ お父さんとふたりで病院に行って、診察や検査を再びしてもらって、
│ 中絶手術を申し込んだの。
│ 今度は、感じの良いお医者さんでね、
│ 手術の手順とか、色々丁寧に説明してもらえて、
│ 費用も、確か、10万ちょっとだったわ。
│ なんなの、あのふざけた金額は・・・って、
│ 今でもちょっと思ってる。
│ 手術の前夜、
│ 準備のために病院に行って、
│ 自分以外誰もいない、静かで暗い病室で過ごしてるときは、
│ ここ2週間くらいの、妊娠が分かってからのことは、
│ なるべく考えないようにしてたんだけどね、
│ でも、
│ ふっと、義姉さんのことが頭を過ってしまって、
│ 次いで、色々な感情が湧いてきてしまって、
│ 私、
│ 病室の天井を見上げながら、ひとりで涙してた。
│ で、
│ あぁ、そうそう、
│ 何しろ20年以上も昔のことなんで、
│ もしかしたら、あまり参考にならないかもしれないけどね、
│ まず、その準備っていうのは・・・、」って、
│ ワタシのお母さん、
│ 手術のことを色々話してくれました。
│ 「・・・でね、
│ 手術を終えた私は、
│ 自分の荷物を持って、お父さんのいる待合室に戻ったわ。
│ 隣に腰掛けると、
│ お父さんに、
│ “大丈夫か?”って訊かれたから、
│ 私、
│ “うん・・・”って返した。
│ その後は、
│ お父さんと私の間で、
│ この妊娠の件について話すことは、ほとんどなかったわ。
│ 一週間後と二週間後くらいの術後検診のとき、
│ お父さん、両方とも ついてきてくれたんだけど、
│ そのときにちょっと話したくらいで、
│ あとは全然なかった」
│ お母さん、そこまで話してから、
│ ふぅ・・・って、息をひとつ吐きました。
│ そうして、
│ 「・・・まぁ、
│ だいぶ長くなってしまったけど、こんなところかな、
│ 私が堕ろしたときの話は」って言いました。
│ ワタシ、
│ 「うん、
│ ・・・ありがと」って、お礼を言いました。
│ 「何か、訊きたいことある?」
│ ワタシ、ちょっと考えて、
│ それから お母さんに訊きました、
│ 「・・・その、
│ 堕ろしたこと、どう思ってる?」って。
│ 「あぁ、
│ 後悔してるかどうか、ってこと?」
│ 「・・・うん」
│ 「してないわ」
│ だって、あなたとお兄ちゃんがいるもの。
│ あのとき堕ろしてなかったら、ふたりとも産まれてなかったわ。
│ あなたと、こうしてお話できなかった」
│ 「・・・」
│ 「あぁ、でも、
│ 後悔っていうほどのものでもないんだけど、
│ 堕ろして、二日か三日 経ったときかな、
│ バイトに行ってきたのよ。
│ 手術が終わったあと、
│ お医者さんに、
│ “バイトは少しの間 休んだ方がいいのか”って訊いてみたらね、
│ “いえ、
│ まだ初期ですので、そこまで気にしないでも大丈夫です。
│ 体の異常をどこかに感じていたり、
│ あるいは何か不安だったりしたら、休まれたほうがよろしいですが、
│ そうじゃない限りは、特に問題ありません”って言われて、
│ じゃあ、休むのやめよう・・・って。
│ 働いてる間、余計なこと考えずに済むし・・・って。
│ でね、その帰りのことなんだけど、
│ ひとりで道を歩いてて、
│ 私、
│ なんか、気分がサッパリしていると言うか、
│ 心が軽くなっていると言うか、
│ そういう風に感じられたの。
│ 色々あったけど全部終わって、肩の荷が下りたからかな・・・とか、
│ ひょっとしたらツワリがあったのかも・・・とか、少し思って、
│ で、
│ お腹減ったなぁ、早く帰って晩ご飯を・・・って考えたときにね、
│ なんとなく、違和感があったの、
│ お腹の辺りに。
│ 手応えがないと言うか、やたら静かと言うか、
│ 物足りないと言うか。
│ あぁ、そっか・・・って思ったわ。
│ 自分が意識していないときも、考えていないときも、
│ 私、
│ 知らず知らずのうちに、ずっと気にしていたんだな・・・って。
│ その瞬間、
│ 物寂しさが込み上げてきて、
│ それで、
│ あぁ、これか・・・って思ったわ。
│ そんなことあるわけないし、
│ いくらなんでも大袈裟だろう・・・って思ってたんだけどね、
│ 確かにね、
│ お腹がちょっと、軽くなってるような気がしたの。
│ 涙が出たわ。
│ 歩くのが少しつらかった。
│ でも、
│ 仕方ないことだった・・・って割り切ってそのまま歩いてたら、
│ すぐに気にならなくなって、
│ その日は、そうして家に帰って、
│ それからは、
│ もう、このことでそんなに気にすることはなかったわ。
│ 後悔したりとか、悔やんだりとか、
│ そういうのって、
│ 私の場合、特になかった。
│ ドライなのかもしれないけど」
│ 「・・・ワタシ、
│ お母さんのことドライって思ったこと、一度もない」
│ 「あら、そう。ありがと。
│ 友達には、
│ ◎◎ちゃんって、意外とサバサバしてるよねー・・・って、よく言われるんだけど」
│ 「・・・その、
│ 引きずったり、
│ たまに思い出したりすることも、なかった?」
│ 「引きずりはしなかったけど、
│ ただ、
│ たまに思い出すことはあったわ、ふとしたタイミングでときどきね。
│ でも、いつもほんのちょっとよ。
│ すぐに忘れてしまってたわ」
│ 「・・・堕ろしたこと、
│ 他の人に知られちゃったり、色々言われたりとかは?」
│ 「んー、特にはなかったと思う。
│ それに、
│ 今となっては、もう気にしてないし、
│ 特に隠してもいないわ。
│ あぁ、それでね、
│ 黙ってて申し訳ないんだけど、
│ 実はあなたのこと、義姉さんに言って相談したの。
│ それもあって、思い出話を長々と喋ったの。
│ 義姉さん、あなたのことをすごく心配してて、
│ 力になってくれる・・・って」
│ 「・・・。
│ えと・・・、
│ うん、分かった・・・」
│ 「・・・ダメだった?」
│ 「ううん、
│ そうじゃないんだけど・・・。
│ あ、
│ 堕ろしたあと、
│ 何か困ったこととか、そういうのは・・・」
│ 「特には・・・なかったかな、
│ 多分だけど」
│ 「・・・ありがと」
│ 「・・・ウサギ」
│ 「何?」
│ 「産んだときのことは訊かなくていいの?」
│ 「え? あぁ、
│ そっちは、
│ ちょっと調べれば、すぐにたくさん出てくるし・・・」
│ 「・・・そう」
│ 「うん・・・」
│ ワタシがそう返すと、
│ お母さん、息をひとつ吐きました。
│ そうして言いました。
│ 「・・・ウサギ、
│ お父さんね、あなたのことが大好きなのよ。
│ あなたのことが可愛くて仕方ないの。
│ あなたに嫌われたくなくて、
│ だからお父さん、
│ お兄ちゃんに対しては すぐに怖い顔して怒るくせに、
│ あなたのこととなると、ちっとも怒ろうとしないの。
│ まぁ、
│ それくらい、いいじゃないか・・・って、すぐに許そうとするの。
│ だから、
│ あなたを叱る役目は、いっつも私。
│ いつだったか、あなたがまだ小さかった頃、
│ まだ、こっちに引っ越してきていない時期の話だけど、
│ お父さんの運転する車に乗って、
│ 祭りを見に、遠くに出掛けたことがあったでしょ?
│ そしたら、
│ お兄ちゃん、私とお父さんを驚かせようとして、
│ 私たちがちょっと目を離したすきに、あなたを唆して隠れちゃって・・・。
│ お兄ちゃんは10分くらいで出てきたんだけど、
│ あなたったら、
│ ひとりで神社の境内を出て、そのまま遠くに行っちゃったもんだから、
│ 探しても探してもなかなか見付からなくて、
│ お父さん、
│ お兄ちゃんのこと、大声で叱りつけて大泣きさせて・・・。
│ で、
│ そしたら あなた、
│ 1時間くらいしたら、自分の足で戻ってきたでしょ?
│ 誇らしげな顔して、
│ “ただいまー。ちょっと探検してきたー”って。
│ お父さん、
│ 二度と勝手にどこかに行かないように、うんと叱りつけてやる・・・って、
│ そう言ってたくせにね、
│ いざ、あなたが戻ってきたら、
│ ひと言も叱ろうとしないの。
│ あなたを抱き締めて、
│ “良かった、良かった。
│ もう勝手にどこかに行くんじゃないぞ、分かったな?”って言って、
│ それで終わり。
│ 仕方ないから、私が叱ったわ。
│ 覚えてるでしょ?」
│ 「・・・うん、覚えてる」
│ 「だからね、
│ お父さん、そのウサギの彼氏のことを余計に許せなくて、
│ だから、あんなこと言ってるの、
│ 考える必要なんてない、堕ろせ・・・って。
│ そんなの、
│ お腹の中の子は関係ないのにね」
│ 「・・・」
│ 「ウサギ、いい?
│ お父さんのことは気にしないでいいからね。
│ あなたの思うようにしなさい。
│ あなたの本当に望んでることをしなさい。
│ これはあなたの問題なの。
│ あなたが決めるの。
│ どちらの選択をしようとも、
│ 私も義姉さんもあなたを支持するし、応援する。
│ 何があってもあなたの味方。絶対に。
│ 分かった?」
│ ワタシは、
│ ちょっと間を置いてから、
│ 「・・・うん」って返しました。
│ 「じゃあ、そろそろ・・・、
│ あら! もうこんな時間じゃない。」
│ 部屋の壁掛け時計を見上げたお母さん、そう声を上げると、
│ 「お父さん、帰ってきちゃう。
│ すぐに支度しないと」って言いつつ、ミシン台の上のお盆を持って立ち上がり、
│ そのまま慌てて部屋を出ていって、後ろ手に戸を閉めました。
│ 続きます。
└―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
2024/1/3
既に宣言してる内容ですが、
この先、ウサギさんのパートを全体的に手直しする必要があるため、
次話の投稿まで、かなりの間が空くと思います。
申し訳ない。




