245.「《『“私ね、もしかしたら
「《『“私ね、
もしかしたら妊娠してるのかも・・・って気付いたときね、
目の前が真っ暗になった。
何も考えられなくなって、呆然と立ち尽くしちゃって・・・。
でね、
まずは、ホントかどうか確かめないと・・・って思って、
階段のところに行って、座って、
それで、
ちょっと前のことを色々と思い返してみたの。
でも、
思い返せば思い返すほど、やっぱり そうとしか思えなくて、
どう考えても間違いなさそうで、
どうしよう・・・って、途方に暮れてたの。
いろんなことをひとりで延々と考えちゃってね、
けど、
そうやって考えようとしても 何もかもが分からなくて、
だから、
考えれば考えるほど、分からないことが増えていって、
どんどん不安になっていって、
でも、
そうなればそうなるほど、考えるのをやめられなくて、
考えたくないのに色々考えちゃって、
私、
もう、頭がおかしくなりそうで・・・。
わけが分からなくなってて・・・”
“・・・”
“・・・ゴメンね。
えと、
その後はね、
そういや、ツワリっぽいのが まだ来てないことに気付いて、
だから、
あぁ、
じゃあ、もしかしたら そうじゃないのかも・・・ってなって、
ちょっと落ち着いて、
寝られて・・・。
でね、
次の日・・・と言うか翌日だけど、
私、
何も分からなかったし、
とにかく、本を買って読んでみようと思って、
それで、
前から行きたいと思ってた、
ちょっと遠めの、有名な本屋さんまで行ってきたの。
えと、その・・・、
▽▽は気付いてくれたんだけど、
私、妊娠のことを伝えようとして、
でも、やめちゃったことがあったでしょ?
一緒にお昼ご飯を食べる日で、
▽▽、暑いのにカツカレーの大盛りを頼んでて、
汗をポタポタ垂らしながら、美味しそうに普通に食べてて、
私、
なんか、サウナにいる人みたい、って思いながら食べてたんだけど、
あのあとね、行ってきたの。
あの、ちっちゃい方の本があったでしょ?
あれを買ったの。
まずは、自分の今の状態について知りたかったから、
家に帰ったら、
妊娠し始めのことが載ってる、最初の方だけ すぐに読んで、
でね、
そこまで詳しく載ってたわけでもなかったし、
知ってることも結構あったんだけどね、
色々なことを知れて、あやふやだったところも整理できて、
かなりスッキリした。
そこまで絶望しなくて良さそう・・・って思えて、
ホッとして、
元気も出てきて、
買って良かった・・・って思いながら、本を棚にしまったの。
それで、
そのまま部屋に寝転んで、
少しの間、ボーッとしてたんだけど、
なんとなく、
また起き上がってね、
棚のところに行って、本を出して、
さっきの続きを読み始めたの。
いつの間にか時間を忘れて読んでいて、
で、
本の終盤に差し掛かって、そのページの終わりに目を向けたら、
さぁ、次はいよいよ出産です、って・・・。
私、
なんか、ページを捲れなくて、
だから、
少ししてから本を閉じてね、棚に戻しに行ったの”
“・・・”
“私ね、最初から思ってたの、
妊娠してたら、
その・・・、
やっぱり、堕ろすことになるんだろうな・・・って。
だって、
私たち、まだ学生でしょ?
堕ろすのが普通で、
多分、みんなも そうしていて、
私も、そうなるんだろうな・・・って。
それ以外の選択なんて あるわけないと思ってて、
考えようともしてなくて、
だから、
そのページの最後の文を目にしたとき、
なんか、急に虚しくなって・・・。
それに、
もしかしたら、
読んでしまったら、私、後悔しちゃうんじゃないか・・・って、
読まなければよかった、って なっちゃうんじゃないか・・・って、
そんな気も、少しして・・・”
“・・・”
“だからね、
要するに、その・・・、
なるべくね、考えないようにしようと思ったの。
どっちにしろ、結局 産むことなんてないんだから、
だったら、
そういうことを考えたって無意味でしょ?
取り越し苦労でしょ?
だから、
もし本当に妊娠してて、それが分かったときは、
そのときは、
成り行きに任せ、何も言わず大人しく堕ろして、
早く忘れるようにして、
そうして、
何事もなかったかのように、
また、いつもの生活に戻ろう・・・って。
また、毎日を楽しく生きていこう・・・って、
そう思ったの。
けど、
▽▽と病院に行って、
検査を受けて、やっぱり妊娠してるらしいことが分かって、
その帰り、
電車に乗ってるときにね、
途中で、
ベビーカーを押してる、子供連れの夫婦が乗ってきたの。
私、扉の脇に立ってたから、
場所を譲って、次の駅で降りて、
電車を1本遅らせて・・・。
その後、
気にしないフリして家に帰ったんだけど、
部屋で少し、ぼーっとしてたら、
なんか、知らないうちに悩んでて、
段々と、
やっぱり考えないといけないような気に、なってきて・・・”
“・・・”
“けど、
産みたい、ってなっちゃったらどうしよう・・・って。
だって、もし産むとしたら、
私も・・・だけど、
多分、▽▽も大学を辞めないといけなくて、
その後の生活だって、
もしかしたら、あまりいいものじゃなくなってしまうかもしれない。
毎日が苦しくて、
▽▽に たくさんつらい思いをさせてしまうかもしれない。
私、そんなのイヤだったし、
そもそも、
今の私たちで ちゃんと育てられるのかどうかだって、
まったく分からなかった。
そういう人、私の周りにひとりもいなかったし、
噂でも聞いたことなくて、
テレビや本とかでも、見た覚えがなかった。
何もかもが分からない状態で、見当もつかなくて、
だから、
やっぱり考えない方が・・・って思ったんだけど、
なんか、割り切れなくて、
気が付くと、
また、ひとりで悩んじゃってて・・・。
仕方ないから、
似たような人の話とか、
そういう、参考になりそうなことが載ってる本を探しに、
また本屋に行ってみたんだけどね、
でも、見付けることができなかった。
どの本を開いても、一般的な説明しかなくて、
私が知りたかったのは、
学生で妊娠した場合、どうしたらいいのか・・・とか、
何を考えたらいいのか・・・とか、
あとは、他の人の体験談とかだったんだけど、
そういうのが載ってる本、無かったの。
他の本屋さんも何件か回ってみた。
もしかしたら、
ただ単に、私の探し方が悪かっただけなのかもしれないけど、
でも、やっぱり同じだった。
見付からなかった。
それでね、
中絶についての本も、ついでに探してたの。
私、
堕ろした人の話って、
噂では聞いたことがあっても、
じゃあ、実際に、
病院で どういうことが行なわれるのか・・・とか、
手術中はどんな感じで、終わったあとはどうなのか・・・とか、
そういったことについては まったくの無知で、
なんにも分からない状態で・・・。
もしかしたら、実は何かあるんじゃないか・・・って、
どうしても悪い方に考えてしまって、
怖くて、心配で、
だから、
そういうことについて書かれてる本も、ついでに探したの。
けどね、
そっちの方も、
どの本を見ても簡単な説明しかなくて、
詳しいことは あまり書かれてなくて、
結局、色々なことが分からないままで、
八方塞がりで、
私、
どうしたらいいか、もう、わけが分からなくなってて、
でも、
友達の前では、いつも通りに振る舞わないといけなくて、
また病院に行かないといけない日が どんどん近くなって・・・”
“・・・”
“・・・それでね、
もう、どうでもよくなっちゃってね、
私、本棚から あの本を出してきて、
それまで読まないようにしてた、出産のページを読み始めたの。
あっという間に読み終えちゃってね、
そのまま、
付録部分にちょっとついてた、育児のページも読んで、
気になった部分がいくつかあったから、また読み返していって・・・。
私、
読んでしまったら後悔しちゃうんじゃないか、って怖かったんだけど、
でも、
そういうの、まったくなかった。
逆にね、
読み終えたら、
なんか、ちょっとスッキリした。
少し、気が落ち着いて、
ひと息ついて、
それでね、
なんとなくね、
やっぱり、考えないといけないんじゃないか・・・って、
段々と、
そういう気に、なってきて・・・”
“・・・”
“その、勘違いしてほしくないんだけどね、
産みたくなった・・・とか、そういうことじゃないの。
そうじゃないの。
ただ、
なんとなく、
ホントに このままでいいのかな・・・って、
考えないでいいのかな・・・って”
“・・・”
“私ね、
考えたって どうにもならないことは分かってるの。
多分、意味なんて無くて、
自己満足に過ぎなくて、
あとできっと後悔するんだろうけど、
でもね、
それでもね、ちゃんと考えたいの。
もちろん、
さっき、お父さんやお母さんにも散々言われたし、
私、色々分かってる。
・・・堕ろすことになるんだろうな、って、
それはね、分かってるの。
覚悟もしてる。
ワガママ言ったり、困らせたりもしない。
だから、
だからね、
もうちょっとだけね、
話し合うのを、
2、3日でいいから待ってほしい・・・。
自分がどう思ってるのか、ちゃんと考えてみたい・・・。
確かめたい・・・”って、
私、そうお願いしたの。
返事、すぐには返ってこなくてね、
私、下向いたまま、
膝上で握った自分の手をひたすら見てた。
後ろの林でたくさん鳴いてるセミの声を聞きながら、
やっぱり話すんじゃなかった・・・って、心の中で少し後悔してて、
そしたら、
お父さん、話し始めたわ』
続きます》」




