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Summer Echo  作者: イワオウギ
V
240/292

240.「《『お祖父ちゃんが言った

「《『お祖父ちゃんが言った。

   “◎◎の妊娠については、

    一応、簡単にではあるが把握している。

    さっき◎◎と話して、

    少しだけ確認させてもらった。

    その話、

    △△君は、もう聞いているな?”

   “はい、

    なんとなく・・・ですが。

    途中で●●君が帰ってきた・・・って”

   お祖父ちゃん、頷いて言った。

   “そう。

    なので、詳しいことは まだ分からないんだ。

    ◎◎の話の確認も兼ねて、

    △△君、ちょっと説明してくれんか”

   “分かりました・・・。”って返したお父さんは、

   “えっと、

    妊娠してるかもしれない、って言われたのは1週間くらい前のことで、

    その前日、

    ◎◎さんの様子がちょっと変で、夜に電話してみたら・・・、”って、

   ひとりで説明を始めたわ。

   公園の池のボートに乗って、話し合ったことや、

   その次の日、

   なんとなく心配になって、ふたりで病院に行ってみたこと、

   妊娠しているらしいと分かったけれども、

   でも、確定ではなかったこと、

   1週間後くらいに、また検査を受けることになったこと、

   それまでの間、

   まだ大学の試験中だったので、ひとまず話し合いは控えていたこと、

   昨日の午前中、再び病院に行ってきて、

   そこで妊娠が確定したこと、

   その後、ふたりで少し話し合ったこと、

   でも、

   ほとんど何も決まらなかったこと・・・、

   そうしたことを順に話していった。

   お祖父ちゃん、

   座卓の向かい側で腕組みして、お父さんの話を聞いていた。

   で、

   お父さん、その説明の最後で、

   一応、

   今日の午後、また話し合う予定でいて、

   お互いの両親に伝えるのは、それからのつもりだったことを告げて、

   そうして、

   “この度は とんだご迷惑をおかけし、申し訳ありません。

    あと、

    報告も遅れてしまい、申し訳ありませんでした”って言って、

   向かい側のお祖父ちゃんたちに、深々と頭を下げた。

   お祖父ちゃん、

   息をひとつ吐いてから言ったわ。

   “・・・報告が遅れたと言っても1日じゃないか。

    △△君たちにも、気持ちや考えを整理する時間は必要だろう。

    それを考えれば、

    アクシデントで()ざるを得なくなったからとは言え、

    こうして翌日に説明に来てくれたのはむしろ早い方で、

    こちらとしては、ありがたく思っている。

    そちらについては、キミは謝る必要はない”

   お父さん、

   “はい、ありがとうございます”って、また頭を下げた。

   お祖父ちゃんが言った。

   “だいたいの事情は分かった。

    大事なことなので念を押すが、

    なら、

    避妊は毎回ちゃんとしていた・・・と、そういうことだな?

    運悪く、たまたまそうなってしまった・・・と、

    そういうことだな?”

   お父さん、

   それを聞いて、すぐに訂正したわ、

   “あ、いや、

    ちゃんと・・・ではないです、

    オレの勘違いがあったので・・・”って。

   お祖父ちゃんが言った。

   “まぁ、そうか。

    でも、

    △△君なりに、ちゃんと()けようとはしていたんだろ?”

   “あ、はい、

    一応・・・”

   お父さんがそう返すと、

   お祖父ちゃん、隣のお祖母ちゃんの方へ顔を向けた。

   お祖母ちゃん、

   そのお祖父ちゃんを見て小さく頷くと、

   “大丈夫でしょ”って言った。

   お祖父ちゃん、顔をまたこっちに戻した。

   お父さんに言った。

   “分かった。

    キミは こうして自分から説明に来てくれたわけだし、

    全面的に信じよう”

   お祖母ちゃん、すぐに私に訊いた、

   “あなた、ツワリは平気?

    気持ちが悪かったり、頭痛がしたり、

    そういうのはないの?”って。

   私、

   “うん、

    今のところは あんまり・・・”って返した。

   お祖父ちゃんが私たちに訊いた、

   “◎◎が妊娠したことを知ってる人は、

    誰か他にいるのか?”って。

   お父さん、

   “えーっと・・・、”って口にして、顔をこっちに向け、

   私を見た。

   私、

   ちょっと迷ったけど、首を横に振った。

   お父さん、

   “いないよね?”って念を押した。

   私、

   “うん・・・”って返した。

   お父さん、

   顔を戻したあと、向かい側のお祖父ちゃんに言った。

   “病院の人は流石に知ってますが、

    それ以外で知ってる人はいないと思います。

    ふたりで話し合うときも、

    一応、気を付けるようにはしていたので・・・”

   お祖母ちゃんが訊いた、

   “なら、

    △△さんのご両親には、これから・・・ってことね?”って。

   お父さん、

   “はい、

    そのつもりです・・・”って答えた。

   お祖父ちゃんが言った。

   “こういうことは早い方がいい。

    あとでウチの電話を貸してあげるから、そこで伝えなさい”

   “はい、

    ありがとうございます”

   その後、

   お祖父ちゃんだったか、お祖母ちゃんだったかが麦茶や お茶菓子を勧めて、

   お父さんが、

   “あ、

    はい、いただきます”って言って、

   そのあと、

   お祖父ちゃんが私たちに尋ねた、

   “で、

    どうしたいと思ってるんだ”って。

   お父さん、手を止めて、

   ちょっと間を置いてから、

   “えと、

    産むのか、そうじゃないのか、って・・・”って確認した。

   お祖父ちゃんが言った。

   “そうだ。

    どうしたいんだ”

   “・・・。

    えと、

    どうするかは、まだ決まってなくて・・・”

   “それはさっき聞いた。

    そうじゃなくて、

    キミ自身はどうしたいんだと訊いてるんだ。

    産んでほしいのか、そうじゃないのか”

   “・・・”

   私、隣のお父さんを様子をそうっと窺った。

   お父さん、

   難しそうな顔して、下を向いたまま黙ってた。

   お祖父ちゃん、

   お父さんからの返答を少し待ったあと、

   “・・・昨日、病院に行って◎◎の妊娠がハッキリしたあと、

    ふたりで ちょっと話し合ったと言ってたじゃないか。

    当然、そういう話になっただろ。

    なんて言ったんだ。

    どうしたいと答えたんだ”って、更に訊いた。

   お父さんが答えた。

   “えと、話し合ったんですけど、

    産むか産まないかの話は、

    その、まだしてなくて・・・”

   “え?

    じゃあ、なんの話をしたんだ”

   “その・・・、

    親に言ったらなんて言われるか、とか、

    そういう話を・・・”

   お祖父ちゃん、

   それを聞いて、大きく ため息をついて、

   お祖母ちゃんが、

   “まぁまぁ、

    ふたりとも まだ若いんだし、

    初めてのことで色々と戸惑っているのよ”って言った。

   お祖父ちゃん、

   お父さんに改めて確認したわ、

   “・・・なら、

    その話はこれからする、ってことだな?”って。

   お父さんが答えた。

   “はい、

    一応、そのつもりです”

   “一応、じゃなくて、

    必ず、だ。

    してくれないと困る”

   “あ。

    はい、すみません・・・、

    必ずします・・・”

   お祖父ちゃん、息をひとつ吐いた。

   それから言った。

   “・・・それと、だ、

    (あらかじ)め こちらの意向を伝えておくと、

    私も家内も、今回の出産には断固反対だ。

    同意はできない。

    △△君も◎◎も まだ学生で、

    今は、自分たちの将来のために勉強を頑張らないといけない時期だ。

    子を持ちたいというのなら、

    まずは、

    今 通ってる大学を卒業し、働くようになって、

    ある程度のお金を稼げるようになって、

    そうして、

    自分たちの生活が軌道に乗り、安定もしてきて、

    子供を育てられる余裕ができてきて、

    それからだろ。

    違うか?”

   “・・・”

   “別に、

    今でなければ子を持つことができないわけでもあるまい。

    時期が悪かった・・・ということで、

    今回については出産を見送るのが常識的で、賢明な判断だし、

    そうして欲しいと、私たちも思っている”

   “・・・”

   私、横目でお父さんの様子をそうっと窺った。

   お父さん、

   顔を下に向けたまま、黙ってた。

   少ししてから、

   お祖父ちゃんがお父さんに訊いた、

   “・・・不服か?”って。

   お父さん、

   顔を上げずに、

   “いえ、

    そういうわけでは・・・”って返した。

   お祖父ちゃん、

   息をひとつ吐いた。

   そうして、また話し始めた。

   “・・・で、だ、

    もし堕ろすと言うなら、

    その費用については、こちらでも いくらか負担する。

    △△君たちだけでは払えんだろうからな。

    ただ、半分は出さない。

    反省を促す意味で、

    ふたりにも、少し出してもらうつもりでいる”

   お父さん、

   “・・・はい”って答えた。

   “それで、

    堕ろすのには いくら必要って言われたんだ”

   “その、

    全部で23万くらい、って・・・”

   “は? 20・・・”

   “あ、えと、

    手術代だけじゃなくて、

    その後の経過確認のための、診察の費用も込みです”

   お父さんが慌ててそう付け足すと、

   お祖父ちゃん、

   少ししてから深い ため息をついた。

   “・・・分かった。”って返して、

   それから、

   隣にいるお祖母ちゃんの方を向いて、

   “他に何か言っておくことって、あったか?”って確認した。

   お祖母ちゃんが言った、

   “△△さんの話で気が付いたけど、

    診察費の方は どうするの? 2回も通ってるんでしょ?”って。

   お祖父ちゃん、

   再び ため息をついてから、お祖母ちゃんに言った、

   “なら、

    中絶の費用は、やっぱり半分か・・・”って。

   “その方がいいんじゃないかしら”

   “10万ちょっとか・・・、

    まぁ、仕方ない。・・・他には?”

   お祖母ちゃん、

   “そうねぇ・・・、”って口にしたあと、

   顔を私たちの方に向けて、

   “そうそう、

    次の診察は いつなの?”って訊いた。

   お父さんが答えた、

   “来週の金曜です”って。

   “なら、

    それまでに またウチに来て、

    どうすることに決めたか改めて説明してくれる・・・ってことかしら”

   “あ、はい。

    一応・・・じゃなかった、

    そうします。

    近いうちに、また こちらに伺わせていただきます”

   “分かったわ”

   お祖母ちゃんがそう返すと、

   お祖父ちゃんが、

   “まぁ、

    じゃあ、今日は こんなところか。”って言って、

   続けてお父さんに、

   “どうする?

    今から親に電話するか?”って尋ねた。

   “あ。

    はい、そうさせていただきます”

   “電話は、そっちの和室だ。

    通話料金とか時間は、それほど気にしなくていいからな。

    キミの親御さんも、

    突然のことで驚くだろうし、心配だってするだろう。

    しっかり説明してあげなさい”

   “分かりました。

    ありがとうございます”

   そう言って頭を下げたお父さん、

   自分のグラスを掴んで麦茶をひと口 飲むと、

   立ち上がって、

   隣の和室への(ふすま)を開けて、中に入っていった。

   少し間があってから、

   襖越しにお父さんの声がボソボソ聞こえ始めると、

   お祖父ちゃん、

   少し声を落として私に言った、

   “◎◎、

    念のため、ちょっと確認しておきたいんだが、

    いいか?”って。

   “ん? 何?”って返したら、

   “お前、

    浮気とか、そういうのじゃないんだな?”って。

   私、

   “当たり前でしょ!”って、声を抑えて思いっきり返した。

   その後は、

   私は、お祖母ちゃんに大学のことを色々訊かれてて、

   お祖父ちゃんは、

   テレビで何かの番組を観ながら、お茶菓子を食べてたと思う。

   しばらくすると、

   そうっと襖の開く音がした。

   お父さんが、歩いてこっちに戻ってきた。

   そのお父さんを見上げて、

   “おかえり”って声をかけたら、

   お父さん、

   私の隣で腰を下ろしつつ、

   “うん・・・”って返して、座布団の上に また正座して、

   それから、

   はぁ・・・って息をついた。

   私、

   お父さんに訊いてみたわ、

   “怒られた?”って。

   “まぁ、うん・・・”って返ってきた。

   “なんて?”

   “まぁ、色々と・・・”

   私、

   お父さんの顔をそのまま見てた。

   お父さん、

   下を向いて、静かに何かを考えてて、

   でね、

   不意に顔をこっちに向けたの。

   私の顔をじぃっと見て、

   それで、

   何も言わずに、またゆっくりと顔を戻したの。

   え?、って思って、

   何があったか訊こうとしたら、

   テレビを消しに行ってたお祖父ちゃんが座卓の向こうで腰を下ろしつつ、

   “誰と話したんだ? 父親か?”って尋ねた。

   お父さん、

   慌てて顔を上げた。

   “あ、えっと・・・、

    あぁ、そうだ、

    電話、ありがとうございました。

    いえ、親父ではないです。

    ウチの親父、

    今の時間は、だいたい祖父と一緒に畑に出ているんです。

    なので、

    さっきオレが電話で話してたのはお袋です”って答えた。

   お祖父ちゃん、

   また腕組みをして、お父さんの話を聞いて、

   “あぁ、母親と話したのか。

    で、どうだった”って訊いた。

   お父さんが答えた。

   “はい、その、

    ・・・取り敢えず、まず すごく驚かれまして、

    色々訊かれたあとに・・・と言うか、訊かれてるときからか、

    怒られました・・・”

   お祖父ちゃん、

   静かに鼻息を漏らした。

   “・・・そうか。

    で、

    母親は なんと?”

   “・・・えっと、

    妊娠をどうするか、ということですか?”

   間が少しあって、

   “・・・そうだな、

    なんて言ってた?”って返ってきた。

   “えと、その、

    ・・・堕ろしなさい、って言われました。

    産むだなんて有り得ない、

    何があっても許さない、って・・・”

   “・・・そうか。

    それで、

    中絶の費用については、何か言っていたか?”

   “言ってました、

    高すぎる、って。

    その・・・、

    何か理由でもあるんじゃないの?、って”

   “・・・なんて答えたんだ”

   “いや、そういう特別な理由はないと思うけど・・・って。

    検査結果の説明のとき、

    2回とも、特に何も言われなかったので・・・”

   お祖父ちゃん、

   少しの間、難しい顔して黙ってたわ。

   それから訊いた、

   “・・・その、なんだ、

    中絶の費用についてだが、

    ウチが半分負担するつもりだ、ってことは・・・”って。

   お父さんが答えた。

   “伝えました。

    こっちでもいくらか出すけど、

    ただ、

    ひとりでは決められない、って。

    畑から親父が戻ってきたら話し合う、って・・・”

   “そうか。

    ・・・念のために確認しておくが、

    産むのは こちらも反対していることも、伝えてあるんだな?”

   “はい、伝えてあります・・・”

   “そうか。

    なら、まぁ・・・”

   そこで、会話が途切れた。

   聞こえる音が、

   外で鳴いてるセミの声だけになった。

   お祖父ちゃんが、

   組んでいた腕を解きながら言ったわ、

   “じゃあ、そろそろ終わるか。

    ・・・△△君も、今日は来てくれてありがとな”って。

   お祖母ちゃんが、

   “◎◎、

    あなた、何か言っておきたいこととかないの?

    ずっと黙ってたけども”って私に訊いた。

   私、

   “別に・・・”って返した。

   お祖父ちゃん、ため息ついて、

   そうして、

   “よし、

    じゃあ――”って口にして、

   話を切り上げ、立ち上がろうとしたわ。

   でも、そのとき、

   お父さんが、

   “あ、

    えと、その・・・”って言って、引き止めたの。

   お祖父ちゃん、

   腰を浮かせたままで、お父さんに訊き返した、

   “ん? なんだ?”って。

   “その・・・、

    念のため、ですけど、

    ちょっと確認しておきたいことがありまして・・・”

   “ああ、構わないが・・・。

    なんだ?”

   “・・・あの、

    えと、

    大学生で出産って、やっぱりムリなのでしょうか?”

   リビングの部屋がシーンとした。

   また、外で鳴くセミの声だけになった。

   お祖父ちゃん、腰をゆっくりと下ろしてね、

   それで、

   息をひとつ吐いたあと、答えたわ、

   “・・・ムリとは言っとらん。

    ただ、

    非常識だと言ったんだ、キミたちの場合はな”って。

   お父さん、

   それを受けて更に訊いた、

   “なら、その・・・、

    一応、可能ではある・・・ということでしょうか?”って。

   お祖父ちゃん、

   腕組みして、難しい顔をしたまま黙ってて、

   少ししてから、

   “・・・△△君は、

    産んでほしいと思ってるのか”って、お父さんに尋ねた。

   お父さん、

   視線を落として答えたわ。

   “いや、

    えと、なんて言うか・・・、

    その、

    どうするか、まだ決まったわけではないので、

    念のため、確かめておこうと思って・・・”

   お祖父ちゃん、

   また、少し間を置いたあとで話し始めた。

   “・・・そりゃあ、

    まぁ、可能だろう。

    出産までなら補助券とかのサポートもあるし、

    お金はそれほど必要ないからな。

    妊娠や出産が順調なら、

    実質的な負担は、恐らくは3、4万程度で済む。

    △△君の今の稼ぎでも、

    多分、問題なく出せるはずだ。

    そうだな?

    けど、

    それで終わりじゃないだろ? 産んだあとがあるだろ?

    どうするんだ”

   “・・・。

    アルバイトを少し増やして、稼ぎを増やして・・・”

   “赤ん坊をひとり育てるのに どれくらいのお金が必要か、

    キミは分かっているのか”

   “・・・。

    いえ、分からないです・・・”

   “ウチの場合は・・・、

    そうだな、

    今のお金の価値に換算すると、

    ひとりで1年あたり25、6といったところだ、

    だいたいな”

   “・・・はい”

   “それと、

    念のために言っておくが、

    △△君たちの場合は、◎◎の生活費の分も必要になるからな”

   “・・・え?”

   私も驚いて、思わずお祖父ちゃんを見た。

   お祖父ちゃん、

   ため息をついてから言った。

   “・・・当然だろう、

    産むとしたら こちらの反対を押し切ってのことなんだ。

    すべて、自分たちの責任でどうにかしてもらう。

    支援するつもりはない。

    払った学費を返せとまでは言わないが、

    ただ、

    自分たちの生活は、自分たちだけでなんとかしてもらう”

   “・・・”

   “今キミが住んでるアパートだって、

    赤ん坊を含めた3人で住むとなれば、少し狭いかもしれないな?

    そうしたら引っ越しが必要になる。

    家賃も、

    当然、今より高くなるんじゃないか?”

   “・・・”

   “あと、

    ちょっと気になっていたんだが、

    さっきキミは、

    大学生で出産は・・・と、私に尋ねていたな?

    ムリなのかどうか・・・と”

   “・・・はい、尋ねました”

   “ということは△△君は、

    ◎◎には、

    出産も、その後の育児も、

    もしかしたら、

    大学をやめることなく、

    そのまま通いながらやってもらうつもりでいるのか?”

   “いえ、その・・・、

    やってもらうつもり、というわけではないです。

    そこまで考えてないです。

    ただ、一応、

    そういうことも可能なんじゃないかな、と思って・・・”

   “大学に行ってる間、

    赤ん坊の面倒を誰が見るんだ。

    それとも、

    教室で赤ん坊の世話をしつつ、講義を他の受講生と一緒に受けるのか?”

   “いや、えと・・・、

    その間だけ、誰かにちょっと面倒を見てもらうとか・・・”

   “だから、

    誰が面倒を見るんだ? ツテでもあるのか?

    まさか、ウチじゃないよな?”

   “・・・”

   黙り込んでしまったお父さんを見て、

   お祖父ちゃん、ため息ついた。

   隣に座ってるお祖母ちゃんが、お父さんに話し始めた。

   “△△さんは、

    多分、まだ経験がないだろうから分からないと思うけどね、

    赤ちゃんの世話って、意外と大変なのよ?

    こっちの都合とかお構いなしに、急に泣き始めるんだから。

    トイレに行ってるとき、

    庭に出て洗濯物を干してるとき、

    料理をしているとき、

    大事なお客さんの相手をしているとき、

    他の子の世話で、

    例えば登園時間が迫っていて、焦りながら準備をしているとき・・・、

    そういうときでもお構いなしに、急に泣き始めるの。

    そしたら()っとけないでしょ?

    もしものことだってあるし、

    それに、

    大声で泣いてるのを放っといて自分の作業を続けるのは、

    やっぱりちょっと可哀想で、心苦しいし・・・。

    だから、

    していた作業を急いで片付けるなり、どうにか中断するなりして、

    とにかく、ベッドの赤ちゃんの様子を見に行くの。

    顔色とか状況をパッと見て、特に問題がなさそうなら、

    オムツを確認し、

    お腹を()かせてそうなら抱っこしてミルクを飲ませて、

    そうじゃなくて、

    寂しがっているようならそのまま少し構ってあげて・・・、

    そうして、

    それで赤ちゃんが満足して、いつもすぐに泣きやんでくれたらいいわ。

    けど、

    なかなか そうはならないのよ。

    泣くのをやめてくれないの。

    何を不満に思っていて、何をしてほしいのか、

    そんなこと赤ちゃんに訊いたって返ってくるわけなくて、

    どうしたら泣くのをやめてくれるか、分からない。

    でも、

    なんとかしないといけない。

    だから、

    抱っこして、赤ちゃんの呼吸に合わせて背中やお尻を優しくトントンしたり、

    そのまま辺りを少し歩き回ってみたりして、

    そうして、

    泣きやんでくれるまで、ひたすら頑張って あやすの。

    延々と大きな声を上げ、泣き続けてる赤ちゃんを、

    そうやって気を遣いつつ あやすのは、

    精神的にかなりの負担がかかるし、思った以上にエネルギーを消耗するわ。

    こっちだって人間だから、

    仕方のないことだと頭で分かっていても、

    やっぱり、段々とイライラしてきてしまう。

    こんなに頑張ってるのに何が気に入らないの!

    わたしだって大変なんだから、いい加減 泣きやんでよ!、って、

    思わず大きな声を出したくなる。

    けど、

    そうしたってしょうがないでしょ?

    だって、

    赤ちゃんが怖がってしまって、余計に大泣きしてしまうわ。

    余計に収拾がつかなくなる。

    だから、

    どんなにイライラが(つの)っても、

    ひたすら耐えて耐えて、我慢して、

    そうして、

    赤ちゃんの前では優しく笑って あやし続けるの。

    自分の体調が悪くてシンドいときや、疲れてるとき、

    気分が乗らなくて面倒なとき、

    誰かにイヤなことを言われてムカムカしてるときだって、そう。

    だって、やらないといけないもの。

    やるしかないもの、

    大切な赤ちゃんなんだから。

    30分くらい、ずっと あやし続けて、

    それで ようやく泣きやんでくれて、

    大人しく眠ってくれて、

    起こさないように起こさないように細心の注意を払いつつ、

    そうっとベッドに戻し、

    そうして、

    赤ちゃんの安らかな寝顔を見て、心の底からホッとするの。

    別に、誰かが労をねぎらってくれるわけでもなく、

    褒めてくれるわけでもないわ。

    当たり前だけれど、

    赤ちゃんが感謝してくれて、何かをしてくれるわけでもない。

    それでも、

    あぁ、良かった・・・って思って、

    台所に戻って、中断していた料理の続きをしていると、

    少しして、

    また、赤ちゃんの泣き声が聞こえてくるの。

    だから、

    ため息をひとつ ついて、

    料理を中断して、

    また、ベッドの赤ちゃんを見に行くの、

    はいはい、どうしたのー・・・って。

    手のかからない、大人しい子なら少しはマシだけれども、

    その逆だと もう大変。

    しょっちゅう泣き声で呼び出され、なかなか泣きやんでくれなくて、

    自分の時間なんか、まず取れないわ。

    取れたとしても、

    少しでも寝て、自分の体力を回復するので精一杯。

    わたしの知り合いの奥さんがそうで、

    夜中も だいたい1時間ごとに泣き声で起こされてしまうから、

    自分の睡眠を常に細切れでしか取ることができなかったわ。

    酷い寝不足の状態が連日 続いてね、

    で、

    旦那さんも仕事が忙しくて、

    いつも夜遅くにしか帰ってこれなかったからそんなに手伝えなくて、

    奥さんがひとりで頑張るしかなくて・・・。

    それで、

    ある日、旦那さんが家に帰ってみると、

    髪ボサボサの奥さんが、台所でイスに座ったままボーッとしててね、

    名前を呼んでも すぐには気付かないし、

    テーブルの上には、冷凍庫から出した食材が置きっぱなしだし、

    これはもう限界だ、ってことで、

    翌朝、

    その奥さんの母親に電話して、ヘルプを頼んだの。

    そしたら すぐに駆けつけてくれて、

    赤ちゃんの世話を手伝ってくれて、

    それで、ようやくまともに睡眠を取ることができて・・・。

    他にも その奥さんの母親からのアドバイスで、

    赤ちゃんが泣き出しても、

    余裕がないときは、まずは遠目に様子をちょっと見て、

    問題がなさそうなら、

    少しそのままにしておくと自然と泣きやんでくれることもあって、

    あなたが赤ちゃんのときはそうして世話をしてた・・・とか、

    いくつかコツを教えてもらったみたいで、

    おかげで だいぶ楽になった、助かった・・・って、

    その奥さん、言っていたわ。

    だからね、

    赤ちゃんの世話って、

    ちょっと面倒を見るとか、そんな簡単なものじゃないの。

    結構 大変なのよ。

    わたしにだって普段の家事があるし、

    ●●も まだ手がかかるから、

    とてもじゃないけど、軽い気持ちでは引き受けられないわ。

    それとね、

    そろそろ、そういう時代ではない気もしてるんだけれど、

    未婚で妊娠って、

    少なくとも今は、周囲からは奇異の目で見られがちだし、

    良い印象を持っていない人だって多いの。

    そういう子の面倒を見るとなれば、噂が あっという間に広がって、

    陰で色々言われることになるわ。

    私も●●も、普段の生活でイヤな思いをするかもしれないし、

    ウチの人だって、

    もしかしたら会社で何か言われるかもしれない。

    それなりに覚悟のいることだし、

    それに、

    ハッキリ言わせてもらうと、迷惑だわ、

    こっちは反対してるのに、そんなことまでさせられるなんて”

   お祖母ちゃんに そう言われてね、

   お父さん、顔を俯けたままで、

   小さく、

   “はい、すみません・・・”って返した。

   お祖父ちゃんが言った、

   “まぁ、噂の件に関しては、

    面倒をどうとか以前に、

    妊娠が進んでお腹が目立つようになれば、

    その時点で そうなるわな。”って。

   そうして、

   そのまま お父さんに言った。

   “で、そういうわけで、

    産まれた子の世話をウチに手伝ってもらう、という案は、

    申し訳ないが、

    こちらとしては受け入れるつもりはない。

    諦めてほしい”

   “・・・”

   お父さんが、

   俯いたまま、黙っていると、

   お祖母ちゃんが言った、

   “・・・一応、

    どうしても赤ちゃんの面倒を誰かに見てもらいたい、って言うなら、

    保育所に預かってもらう、という手もあるわ。

    でも、

    それだって、お金がかかるのよ?”って。

   すぐにお祖父ちゃんが訊いた、

   “だいたい、月いくらだ?”って。

   お祖母ちゃんが答えた。

   “そうねぇ、

    施設によって幅があるし、

    預ける子の年齢によっても違ってくるから、なんとも言えないけど、

    まぁ、でも、

    2歳くらいまでなら、

    月4万とか、だいたいの平均はそれくらいじゃないかしら”

   “ということは、

    単純計算で年50万くらいか・・・”ってお祖父ちゃんが口にして、

   続けて、お父さんに目を向けて、

   “・・・△△君は、

    自分の学費については、親に全部 出してもらっているのか?”って訊いた。

   お父さんが答えた。

   “いえ、

    全部ではないです・・・。

    自分でも少し、入れてます・・・”

   “・・・そうか。

    なら、

    余計に苦しいんじゃないのか?、大学に通いながらというのは”

   “・・・はい”

   お祖父ちゃん、静かに鼻息を漏らした。

   それから言った。

   “・・・もし産むのだとしたら、

    △△君も◎◎も、恐らくは大学をやめることになる。

    何十万もの高い学費を払ってまで入学させたこっちとしては、

    正直に言えば複雑な心境だし、

    ふたりにとっても、

    長い間 頑張って勉強し、そうして やっと入れた大学だろう?

    どうするかの結論については、

    ちゃんと よく考えた上で出してほしい”

   “はい・・・”

   お父さんが そう返すと、

   お祖父ちゃん、

   隣のお祖母ちゃんの方へ顔を向けたわ。

   お祖母ちゃん、黙って頷いた。

   お祖父ちゃん、顔をこっちに戻してから言った。

   “さて、

    じゃあ、今度こそ終わろう。

    それと、

    一応、△△君に言っておくがな、

    今日は少し、厳しいことを言わせてもらったが、

    私も家内も、キミのことは気に入ってるんだ。

    若いのに受け答えがしっかりしているし、

    真面目そうだからな。

    できれば、

    ◎◎とは、これからも仲良くしてやってほしい”

   “はい、

    ありがとうございます・・・”って、お父さんが頭を下げてお礼を言うと、

   お祖父ちゃんが立ち上がったわ。

   “・・・なら、

    私たちはお(いとま)するか。

    クーラーは、そのままにしておくからな。

    外は暑いし、好きなだけウチで涼んでいくといい”って言った。

   お祖母ちゃんも立ち上がった。

   “△△さん、

    麦茶の残りが少ないけど、()いできましょうか?”って訊いた。

   お父さん、

   “あ、

    いえ、大丈夫です。

    ありがとうございます”って返した。

   “そう。

    飲みたくなったら、

    わたしは多分、台所にいると思うから言ってちょうだいね。

    もし いなかったら、◎◎に言ってちょうだい。

    ◎◎、冷蔵庫に入ってるからね”

   私、ムスッとした顔で、

   “・・・はい”って返した。

   お祖父ちゃんとお祖母ちゃんがリビングを出ていった。

   そのドアが閉まると、

   お父さん、

   はぁ・・・って、深い ため息をついた。

   私、

   お父さんにお礼を言った。

   “あの、

    今日は来てくれて ありがとね”

   “ん?

    あぁ、

    別に普通のことだろ、一緒に説明するのは”

   “でも、

    私、おかげですごい助かった。

    ひとりだったら、

    きっと、怖くて仕方なかったと思う・・・”

   “ん。

    なら、良かった。

    あとさぁ、

    昨日、◎◎の親について訊いたら、

    ちょっと怖いかも・・・って答えてたじゃん。

    これのどこがちょっと?

    めちゃくちゃ怖かったんだけど・・・”

   私、

   “うん、ゴメンね・・・”って返したわ』

  続きます》」

236話の後書きにも書きましたが、

2023年7月現在においては、

条件がありますが、幼児教育は無償化されています。

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