238.「《『私、上体を軽く起こして
「《『私、上体を軽く起こして、
俯いたまま、黙ってた。
そしたら、
少ししてからお祖父ちゃんが言ったわ、
“なんで黙ってる”って。
“・・・”
“お前、
電話でさっき、
ツワリがどうだとか、自分の妊娠がどうだとか言ってたじゃないか。
あれはなんだ。どういう意味だ”
“・・・”
“答えなさい”
“・・・人の電話、
勝手に外で聞いてたんだ?”
“話をすり替えるな。
妊娠しているのか、どうなんだ。
答えなさい”
“・・・”
“◎◎”
私、しぶしぶ答えたわ、
“妊娠、してる・・・”って。
お祖父ちゃんの、大きなため息が聞こえてきた。
“お前、
それがどういうことか、分かっているのか”って言われた。
“・・・”
“病院には行ったのか”
“うん・・・”
“・・・。
どこの病院だ”
“◇◇駅の、近くの病院・・・”
“・・・。
いつ行った”
“先週の土曜と昨日・・・”
“は?
2回も行ってるって、お前、産むつもりなのか”
“そうじゃなくて、
その、1回目のときは妊娠してるかどうかハッキリとは分からなくて、
だから、
昨日、また行ってきて、
それで・・・”
“・・・妊娠してる、って言われたのか”
“うん・・・”
“・・・。
なら、だいたい1ヶ月ちょっとか”
“うん・・・”
“相手は誰だ。△△君か?”
“・・・うん”
お祖父ちゃん、また ため息をついた。
そうして訊いた、
“・・・で?
お前たちはどうする気だ”って。
“・・・まだ、決まってない”
“決まってないって、
お前、産むかもしれないってことか。
どうやって育てる気だ。
△△君だって、まだ学生だろう。
大学をやめて働くのか”
“・・・”
“まさか、
ウチで面倒を見てもらう、ってつもりじゃないだろうな。
とてもじゃないが、ウチにはそんな余裕ないからな。
お前たちの世話だけで手一杯だからな”
“・・・”
“診察のお金は? どうしたんだ”
“・・・。
1回目は半分ずつ払って、2回目は・・・”って私が答えてるところでね、
玄関のドアが開いたの。
ただいまー、って弟の声がした。
お祖父ちゃん、
ため息ついてから私に尋ねたわ、
“お前、
今日、外出の予定は?”って。
“・・・午後から出掛ける。
あと、
6時からはバイトがあって・・・”
“午後から出掛けるって、なんの用だ”
“・・・。
▽▽と会う約束し――”
“キャンセルしなさい”
“・・・”
私、下向いたまま黙ってた。
そしたらね、
洗面所に行ってた弟が、リビングに入ってこようとして、
でも、
すぐに察して、引き返していって、
で、
2階に上がっていこうとした弟に、お祖父ちゃんが大きな声で尋ねたの、
“おい、●●。
お前、午後の予定は?”って。
“ん? 午後の予定?
友達ん家ー”
“帰りは?”
“うーん、
たぶん6時半くらい”
“分かった。”
お祖父ちゃん、
そう返したあとに、改めて私に念押ししたわ、
“◎◎、
いいな、午後の約束はキャンセルだからな”って。
“・・・”
“返事”
“・・・はい”
私がそう返すと、
お祖父ちゃん、ため息ひとつついて部屋を出ていった。
私、
リビングでひとり、項垂れてた。
少しすると、
買い物に行ってたお祖母ちゃんが帰ってきたわ。
お祖父ちゃんが、
“@@、ちょっといいか”ってお祖母ちゃんに言って、
台所でヒソヒソ話を始めた。
“ええっ!”って、お祖母ちゃんの声が聞こえた。
その後、またヒソヒソ話になって、
“どこの病院?”とか、
“わたし、そんなの聞いてない”とか、
“だって、
堕ろすと言ってもお金かかるでしょ。どうするのよ”とか、
“わたしの実家とか あなたの実家にはどう説明・・・”とか、
“会社の人に知られたら、今後の査定に・・・”とか、
そういう会話がポツポツ耳に入ってきて、いたたまれなくなって、
私、
2階の自分の部屋に行くことにした。
扇風機を回して、
ひとり、勉強机に突っ伏してたら、
1階から、お祖父ちゃんに呼ばれたわ、
“◎◎、電話。△△君から”って。
私、
ハッとして頭を起こすと、慌てて1階に下りてった。
置いてあった受話器を取って、
“もしもし・・・”って電話に出ると、
お父さんの明るい声が聞こえてきた。
“おお、◎◎。
さっき言ってた足りなかったヤツ、会社の人が車で届けてくれてさ、
お昼ゴハンのあと、延長で少しやることになった。
悪いけど ちょっと頼む・・・って言われてさ。
だから、
終わるの多分2時くらいだな”
“・・・”
“ん?
・・・あ、
車の音、うるさい?”
“そうじゃなくて・・・。
えと、あの、
さっき、電話に出たとき、
その、
・・・何か言われた? お父さんに”
“え? ◎◎の親父さんに?
いや、
言われた・・・っていうか、
なんか、何も言わずに黙って代わられたけど・・・”
“・・・あのね”
“・・・うん、どうした?”
“あの、バレたの。
さっきの電話、聞かれてて・・・”
“さっきのって・・・えっ、
あれ、聞かれてたの?”
“うん・・・”
“誰に?”
“お父さん。
今日、有休で休みだったみたいで、
あのとき、ちょうど外で草むしりしてて・・・”
“ちょ、ちょっと待って。
えっと・・・、
じゃあ、
◎◎が妊娠してるって、もう親にバレてるってこと?”
“うん・・・。
ゴメンね・・・”
私がそう謝ると、
お父さん、少しの間 黙っててね、
でね、
はぁ・・・って息をついたあと、私に言ったわ、
“・・・いや、◎◎は謝らなくていい。
元々はオレのせいで、
オレが迷惑をかけてる側だし”って。
“でも、私がもっと気を付け――”
“いや、◎◎は悪くない。
それに、
どうせ いつか言わなきゃいけないことだ。
多少 早くなっただけで、大して変わらないよ。
そんなことより、
聞かれてた・・・って、どれくらいなの? 全部?
と言うか、
今も聞かれてる?”
“えっとね、
台所で、多分・・・。
あと、
今、●●がゲームしてる。
それと、
最初からだと思う・・・”
“なら、全部か・・・。
何か言われた?”
“まだ、特には何も・・・。
お父さんに色々訊かれてる途中で●●が帰ってきたから・・・。
あぁ、
でも、ちょっと言われた”
“なんて?”
“お前たちは、まだ学生だろう。
どうする気だ。
ウチには、これ以上の面倒を見る余裕なんてないからな・・・って。
あ、そうそう、
あと、
▽▽との午後の約束、キャンセルしなさい・・・って、
お父さんが・・・。
だからね、
今日は会えないと思う”
“・・・”
“・・・あの、
今日の約束、お父さんがキャンセルしなさい・・・って”
私がもう一度言ったら、
お父さん、
少しして、息をひとつ吐いた。
そうして私に訊いた、
“えと、
キャンセルしなさい・・・ってのは、なんで?”って。
私、答えた。
“多分だけど、
色々訊かれて、色々言われるんだと思う・・・。
さっき、
●●に午後の予定、訊いてたから・・・”
間が少しあった。
お父さん、私に言った。
“じゃあ、
ちょっと◎◎の親父さんと電話・・・あ、いや、
えっと・・・、
なら、
バイトが終わったらさ、
オレ、◎◎の家に直行するから。
オレも一緒に説明する。
だからさ、
◎◎の親に、そう伝えておいてくれない?
それまでちょっと、話を聞くこととかは待っててもらってさ”
“・・・、”
私、
返事をなかなか返せなかった。
受話器を固く握り締めてね、
少しの間、
鼻をすすりながら、目を拭ってて、
そうして、
ちょっと落ち着いてきてから、
お父さんに言った。
“・・・うん、ありがと。
えと、
駅には何時に行けばいい?
私、迎えに行く”
“あー、
正確な時間はちょっと・・・。
まぁ、でも、
ここからだと・・・だいたい2時半か、電車にもよるけど。
乗るときに また電話するよ。
多分、2時ちょっと過ぎ”
“うん、分かった。
待ってる”
“うん。
じゃあ、親に伝えてといてくれ”
“うん。
▽▽も、バイト頑張って”
“ん。
じゃあ、またな”
“うん。またね”
電話を切った私は、1度 深呼吸して気を落ち着けてね、
そうして台所に向かったわ。
台所では、
お祖父ちゃんは新聞を広げて読んでいて、
お祖母ちゃんはお昼ゴハンを作ってた。
ふたりとも無言だった。
多分、聞いてたんだろうな・・・って思った。
私、
台所の入口で、ふたりに言ったわ。
“・・・あの、
▽▽、
バイトが終わったらウチに来る、って・・・”
お祖父ちゃん、
新聞を広げたまま、こっちを見ないで訊いた、
“何時だ?”って。
“えっと、
正確な時間は分からない、って言ってて、
でも、
3時ちょっと前くらいだと思う・・・。
オレも一緒に説明する、って・・・”
“・・・分かった”
その後、
私は2階の自分の部屋に戻ったわ。
少しホッとしたせいか、なんだか眠くなっちゃって、
扇風機の風に当たりつつ、横になって休んでた。
でね、
お昼ゴハンを、ちょっと遅めにひとりで食べて、
部屋に戻って時計を見上げて待ってると、電話のベルが聞こえたの。
私、
すぐに1階に下りていって、電話に出たわ。
お父さんからだった。
“あ、◎◎。
今 駅に着いてさ、これから電車に乗る。
多分、2時半過ぎ。
それと・・・、
あー、
ま、いっか。
じゃ”
なんか、
お父さん、ちょっと急いでたみたいで、
一方的に話されて電話を切られた。
私、受話器を置くと、
すぐ2階に行って、支度して、
そのまま家を出たわ。
乗ってきた自転車を駐輪場に置いて、駅の改札口の前で待ってると、
10分くらいして、
奥に見えてた階段を、たくさんの人が下りてきてね、
その中に、
お父さんの、真っ黒に日焼けした顔があった。
いつものリュックを背負って、階段を下りてきて、
それで、
こっちを見て小さく手を上げたから、
私も少し笑って、小さく手を上げた返したわ。
お父さん、
そのまま改札を抜けて、私のところまで来て言った、
“お待たせ。
◎◎、大丈夫か?”って。
私、
顔を下に向けて、目元を手で拭いながら黙って頷いた。
ホントは抱き付きたかったんだけど、
周りの目があるから我慢してて・・・。
そしたらね、
お父さん、
普段だったら人前ではそんなこと絶対にしないのにね、
そのときだけ、私の頭を撫でてくれたの。
私、我慢できなくなっちゃって、
すぐにお父さんに抱き付いた。
そのままお父さんの胸で泣いていて、
でね、
少しして、お父さんの様子がちょっとおかしいことに気付いたの。
あ、って思ってね、
私、お父さんの胸からゆっくり離れたわ。
鼻をすすって、
息をひとつ吐いたあと、
“ゴメンね。
私、つい・・・”って謝った。
“え?
あ、あぁ、
別にオレは大丈夫だけど・・・”って返ってきた。
それから、
駅前にある植え込みの、座れそうなところにふたりで腰掛けてね、
ひと息ついて、気を落ち着けてから、
その後、
自転車を置いた、駅の駐輪場に向かったわ。
お父さんには、またペダルを漕ぐ役をやってもらうことにして、
私は、
お父さんの大きなリュックを背負って、自転車の荷台に座って、
で、
後ろからお父さんの背中に掴まった。
“じゃあ、行くぞ”
“うん”って言って、出発した。
途中、
交差点の赤信号で止まっているときに、
お父さん、私に尋ねたわ、
“えっとさぁ、
◎◎の両親さぁ、どんな感じ?
怒ってる?”って。
私が、
“あー、
・・・うん、ちょっと怒ってるかも”って返したら、
お父さん、ため息ついて、
“やっぱ、
菓子折り、買っといた方が良かったかなぁ・・・”って言った。
信号が青になって、また走り出した。
お父さん、
暑い中、呼吸をハァハァさせてペダルを漕いでたわ。
私、お父さんに声をかけた、
“ねぇ、▽▽”って。
“ん?”
“私、
さっき、駅の改札口のところで▽▽に抱き付いちゃったでしょ”
“うん”
“あのときさぁ、
▽▽も、私のこと抱き締めようとしてくれてたんでしょ?”
“・・・”
“私、気付いてるから。
嬉しかったから”
“・・・ん”って、ちょっと遅れて返ってきたわ』
続きます》」




