232.「《『お医者さんが続けて言った
「《『お医者さんが続けて言った。
“そちらの方に前回ご心配いただいた子宮外妊娠とか、
そういった異常も特にはありません。
で、
あれから、ふたりで何か話し合われましたか?”
“いえ、特には・・・”って私が答えたら、
オーバーな感じで返されたわ、
“えっ、
話し合ってない。ひと言も?”って。
私、慌てて言ったわ。
“あ、えと、
確か、前回の診察のときにも言いましたけど、
どうするかを決めるのは、
妊娠してるかどうかがハッキリしてからの方が良いと思ったのと、
あと、▽▽がテスト期間――”
“いくらテスト期間中だと言っても、
あなた、10分や20分なら話し合う時間はあったでしょう?
それに、
確定していなかったとは言え、普通は少しくらい話すでしょう・・・”
“・・・すみません”
私が謝ると、
お医者さん、ため息をついてから言ったわ。
“まぁ、
これはあなた方の問題であって困るのは僕じゃないし、
こちらとしては別に構いませんけどね。
なら、
今は、産むのかどうかはまだ少しも決まっていない状態で、
これから相談して決める、ってことですね?”
“・・・はい”
“親には、もう何か言いましたか?”
“いえ、まだ何も・・・。
すみません・・・”
“そちらの方も?”
お医者さんが話を振った。
お父さんが答えた。
“いえ、
オレの方も、まだ・・・。
すみません・・・”
お医者さんが言ったわ。
“いいですか、
あなた方がどちらの選択をするかは知りませんが、
いずれにせよ、かなりのお金が必要になります。
あなた方はまだ学生なんだし、
そんな大金、そう簡単には用意できないでしょう?
ちゃんと早めに話すようにしてください”
はい・・・って私が返そうとしたら、
“あ、あの・・・、”って、お父さんが言って、
そのまま続けた。
“その・・・、
お、堕ろすのって、どれくらいかかるんでしょうか?
えと、その、
お金のことですけど・・・”
お医者さん、ため息をついたわ。
それから答えた。
“・・・手術自体は、
あなた方の場合、
多分、その前の検査やら準備にかかる費用を含めておよそ18万くらいになると思います。
更に、
術後の経過も診なくてはならないので、
手術が終わってからも2、3回通院してもらうことになります。
それが・・・、
そうですね、だいたい5万くらい”
正直、
え、そんなに・・・って思ったわ。
下向いて、
どうしよう・・・って思った。
絶対、怒られる・・・って。
少し間があったあと、
お父さんの、ちょっと沈んだ声の返事が聞こえてきた、
“・・・分かりました”って。
そしたらね、
お医者さんが尋ねたのよ、
“訊きたいことは、それだけでいいんですか?”って。
お父さんが訊き返した。
“え?
えと、どういう・・・”
“産むのにかかる費用の方は訊かないんですか?”
“あ、あぁ・・・。
えと、じゃあ一応・・・”
お医者さん、またため息をついた。
やれやれ・・・って感じで、
めんどくさそうに、出産までにかかる費用についての説明を始めた。
なんかね、
ただ、頭の中にある文章をそのまま声に出して話してるだけみたいな感じだった。
本で読んで、知っていた情報とだいたい一緒だったけど、
でも、
ちょっと高めだった。
その後は、また少し検査結果についての説明を聞いて、
普段の生活で気を付けなきゃならないことを聞いて、
次の予約を入れ、受付で診察費をお父さんに払ってもらって、
そうして、病院をふたりであとにしたわ。
本当は、
中絶手術とはどういうものなのか・・・とか、
痛くないのか、安全なのか、
さっき説明で術後の経過を診る必要がある、って言ってたけど、
それはどんなリスクがあるからなのか、
中絶をした他の人はどんな感じだったのか、大丈夫だったのか、
やっぱり後悔して悩んだりするのだろうか・・・とか、
あとは、
産むにしても、
大学生で出産って、どんな感じなのか・・・とか、
どんな苦労があって、何を覚悟しなきゃいけないのか、
親にはどう伝えたのか、
それでどう言われたか、何があったのか、
その後、どうやって説得したのか、
そもそも、
私のような学生でも、ちゃんと子を産んで育てられそうなのか、
産むとしたらどんなアドバイスがあるのか、何をした方が良いのか・・・とか、
そういった、
本には書かれてないようなことについて、色々と質問したかったんだけどね、
でも結局、
中絶にかかる費用のこと以外、何も訊けなかったわ。
自分が妊娠したことを、近いうちに親に伝えなきゃいけないし、
そしたらなんて言われるか分からないし、どうなるか分からないし、
心の中は不安でいっぱいだった。
ビルの階段を下りてる途中で、お父さんがポツリと言ったわ、
“ごめんな・・・”って。
“ううん、
気にしないで・・・”って返したわ』
続きます》」
念の為に書いておきますが、中絶にかかる費用は一律ではありません。
妊娠週数や母親の状態に左右されますし、医療施設によっても多少異なります。




