231.「《『それから、どこかでひと休みしたいな・・・って
「《『それから、どこかでひと休みしたいな・・・って思ってね、
ちょっとキョロキョロしながら歩いてたの。
私、初めてだったから病院では緊張しっぱなしだったし、
お父さんだって、
前の日の夜もだいぶ遅かったみたいだし、
そんな中、私の病院を探すためにあちこち駆けずり回ったわけだから、
本人はひと言も言わなかったけれども、
でも、きっと疲れてるんだろうな・・・って思って。
でね、
少しして横道を見たら、奥にちょうど良さそうな喫茶店があってね、
確か、イタリアンカフェだったかな、
それで私、
お父さんの方を見て、ねぇ、って声をかけようとしたの。
そしたら、
同時にお父さんもこっちを見て、何か言おうとしたの。
あ、同じこと考えてたんだ・・・って分かって、
お互い、ちょっと笑ったわ。
喫茶店では、
軽く病院での話をして、
あとは、他愛のないいつもの会話をしていた気がするわ。
お客さん、何人かいたの。
お店を出たあとはそのまま駅に戻って、
そこで、夜に電話する約束をしてお父さんと別れたわ。
お父さん、
私の診察が無事に終わって気が抜けたみたいで、途中からときどき欠伸を噛み殺していたし、
私も、ちょっと眠たくなっていた。
バイトの時間まで、少し自分の部屋でゆっくりしていたかった。
家に帰ると、
庭でお祖父ちゃんが・・・あれ、雨だから庭じゃないか、
部屋でパットの練習だったかしら。
まぁ、
とにかく、いつも通りゴルフの練習をしていて、
弟は居間で友達と はしゃいでたわ。
お祖母ちゃんの姿はどこにもなくて、
保険証を元の場所に戻すときに弟に訊いてみたら、
一度帰ってきたけど、すぐにまた買い物へ出掛けたみたいだった。
で、
“あぁ、あと、
言うの忘れたー。ごめーん”って言われた。
普段だったらムッとするところだけど、そのときはホッとしたわ。
助かった・・・って。
それでね、
バイト行って、帰ってきて、
居間でみんなとテレビを観つつ、考え事をしていたの。
帰るときの、
お父さんの、あの少しつらそうな表情を思い出してた。
そしたら、しばらくして電話が鳴ったの。
すぐに立ち上がって電話に出た。
“もしもし、○○ですが”
“あ、◎◎?”
“うん、私。
いま終わったの?”
“いま・・・って言うか、さっき終わった。
会社の人にまた送ってもらって帰るとこ。
多分、2、3分くらい喋れると思う”
“そうなんだ、お疲れ様”
“おう。
◎◎も、今日は色々とお疲れ様。
で、
バイト、どうだった? 平気だった?”
“うん、平気だった。
土曜だったからちょっと忙しかったけど。
そっちは?”
“あぁ、
実はオレさぁ、今日は寝坊で少し遅刻しちゃって・・・。
会社の人には、
テスト期間中に無理して来てもらってるわけだし、遅れたと言ってもほんの数分だから・・・って言われて、
なんか、逆に慰められちゃったけど、
でも、申し訳なかったなぁ・・・って”
“そうなんだ・・・”
“でさぁ、
明日はどうする? 何時に会う?”
“・・・”
“あれ? どうした?”
“・・・あのね、そのことなんだけどね、
実は、さっき友達から電話があってね、
明日、会って話せないか・・・って”
“え? あぁ、そうなの?
午前? 午後?”
“あぁ、えっと・・・、
午前だけど、
もしかしたら、
午後も、その、ダメかも・・・”
“・・・少しの時間でも会えない?”
“・・・えと、
難しいと思う、多分・・・”
私がそう答えると、ちょっと間があってね、
お父さん、それから、
“あのさ、
オレ、なんか◎◎の気に障るようなことした?”って。
私、正直に話すことにした。
“・・・あのね、
私、▽▽に無理させちゃってるなぁ・・・って思ったの。
そっちは、まだテスト期間中でしょ?
今日ふたりで行ってきて、取り敢えず大丈夫そうなのは分かったし、
あとは、金曜にならないとハッキリとしないわけだし、
だったら、
まだ、そんなに急ぐ必要もないかな・・・って。
その・・・、
診察のときにも言ったけど、
どうするかを決めるのは、ハッキリ分かってからでも良いんじゃないかな・・・って”
“・・・”
“だからね、
それまでは会うのを少し控えようかな、って思ったの。
テスト期間中なのに、昨日今日と▽▽に無理をさせちゃったから、
ちょっとそっとしておいてあげようかな、って。
勉強の邪魔しちゃ悪いな、って思って”
そしたら、お父さんが言ったわ。
“・・・確かに、多少無理はしたよ。
けど、それがなんなの?
その、なんて言うか・・・、
自分の大切な人が大変そうなとき、
それをなんとかするために多少無理をしてでも頑張る、って、
当たり前のことじゃないの?
普通じゃないの?
迷惑だなんてまったく思ってないし、
こんなの少しも苦じゃないよ。
なんともない。
だいたい、
元はと言えばオレの不用心のせいなんだし・・・。
まぁ、でも、
もしオレが頑張り過ぎてて、◎◎に心配をかけてしまったのなら、
それについては謝るけれども”
“・・・うん、謝って”
“え?”
“私、ちょっと心配した。
頑張りすぎ・・・”
“えっと・・・、
じゃあ、ゴメン”
“うん・・・”
“でもさ、
オレって◎◎のために頑張ったんだよな?
なのに謝るって、おかしくない?”
私、
笑いながら自分の目元を指で拭いてね、
“うん、そうだね”って返した。
お父さんも、電話の向こうで笑ってたわ。
“・・・じゃあ、分かった。
◎◎の言葉に甘えさせてもらって、
金曜の結果が出るまでは、
その、
妊娠してるかもしれないことについては、あまり考えないようにしておく。
まずは目の前の試験に集中する”
“うん、頑張って”
“でも、
それとは別に、オレは◎◎には会いたいんだけど。
その方がやる気が出るし。
明日って本当に――”
“ううん、空いてる。
ゴメンね”
それでね、
お父さんと次の日も会う約束をして、受話器を置いたわ。
そのまま2階に上がって、部屋に戻った。
少し気を落ち着かせたあと、
1階に下りていって、居間に戻った。
みんなと一緒にテレビを観つつ、
なんとなく、
また、
お父さんの、あのつらそうな表情を思い浮かべていたわ』
続きます》」
「《『それからは、
お父さんとは、
あまり長い時間じゃなかったけど、毎日会っていたわ。
最初に私の体調のことを少し訊かれて、
それに答えて、
あとは、
お父さんの試験の話だとか、私の友達や知り合いの話だとか、
そんな、普段どおりの話をしていた。
生理は相変わらず来なくて、
一応、基礎体温も測り続けてはいたけれど、
そっちも、何日経ってもほとんど変わらなかった。
一向に下がらなかった。
ツワリの症状はないけれど・・・あぁ、いま思えば日中はちょっと眠たかったかな。
まぁ、とにかく、
ツワリらしい症状は、そのときは特に感じていなかったけれども、
水曜だか木曜の頃には、
もう、ほとんど受け入れてたわ。
金曜になって、
そのときの受診は月初めだったから、また保険証を持っていった。
お祖母ちゃんには、
確か、
皮膚科に行ってくる、ってウソをついた。
お父さんとは◇◇駅の改札を出たところで合流して、
“じゃ、行こうか”って、歩き始めた。
“今日も暑いねー”って言ったら、
“うん。
でも、今は空が少し曇ってるから多少はマシかな・・・”って返ってきて、
“そうだねー。”って返して、
私の体調のことで二言三言交わして、
あとは、
“この前来たときよりも人がちょっと多いね”とか、“うん、そうだな”とか、
そんな短めのやり取りをして、
会話はそれで途切れたわ。
人通りの少ない静かな裏道を、ふたりで淡々と進んでいった。
ビルに着くと、階段で2階に上がって、
扉を開けて、病院の中に入ったわ。
受付を済ませたあと、
待合室でお父さんと一緒に座って待っていたら、名前を呼ばれた。
再び調べてもらった。
妊娠しています、って言われたわ』
続きます》」




