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Summer Echo  作者: イワオウギ
23/289

23.「ドアを閉めます」

「ドアを閉めます」


運転手の、穏やかな声のアナウンスが聞こえた。

バスのドアが蒸気音とともに閉められ、

乗客たちの話し声が車内から消えた。

しん・・・と、静まり返る。


「もう間もなくの出発です。

 そのまま、しばらくお待ち下さい」


運転手が、そう続けると、

乗客たちは、すぐに話を再開させた。

車内の、あちこちが、

また、ざわざわと騒がしくなった。


少年は、こちらに背を向けて、

窓の外を、じぃっと眺めていた。

顔を、やや前方へ向けている。


その少年の後ろ姿を、

隣の席で、ぼーっと見ていると、

少年は、

片方の手を、恐る恐る顔の高さまで持ち上げた。

手のひらを窓の外に向けたまま、

左右に小さく、

ちょっと遠慮気味に、ゆっくりと振る。


誰かいるのだろうか?


シートに、もたれたままで、

その誰かを確認しようとしたが、

少年の体が、

窓の向こうの景色の、大部分を塞いでいた。

私は、背もたれから体を起こした。

改めて外を確認すると、

駅の建物の(ひさし)の下に、男性がひとり立っていた。


白いカッターシャツに、紺色のネクタイ。

黒い制帽。

年は私と同じか、やや若いくらい。


恐らく、別のバスの運転手だろう。

柔らかい笑みを浮かべたまま、

少年に向かって、顔の横で手を振っている。


私は、少年を見た。

少年は、笑っていなかった。

真顔のまま、

外に立つ男性に向かって、

その小さな手を、ゆっくり左右に振り続けている。

私は再び、

シートの背に、もたれかかった。


そろそろだと思うけど・・・。


視線を、ほんのちょっとだけ右上へ動かし、

車内のデジタル時計を見る。


《11 39》


次の瞬間、

消えていたコロンが現れると同時に、分の表示も切り替わった。



「それでは出発いたします」


運転手のアナウンスとともに、バスが動き出した。

クラクションが短く鳴らされ、

駅の建物の横を、そろそろと進んでいく。

少年は、徐々に後ろの方へ体の向きを変えていきながら、

手をゆっくりと振り続けていた。

そして、

ほぼ後ろ向きになったところで、振っていた手を止めると、

改めて窓の方に向き直した。


バスは、そのまま大きく旋回し、

片側一車線の、アスファルトの道路に入っていった。

道の左右には、

バスの屋根よりも高い木が、雑多にたくさん茂っていて、

それらの緑の葉っぱが、

窓のすぐ近くを流れるようになった。

車体が振動し、

ガタガタッ・・・と、大きな音を立てる。

エンジンの回転音が高くなっていき、

一瞬、静かになり、

ギアチェンジのあと、

再び、音が高くなっていく。

森の中にウネウネと続く、長い一本道を進んでいき、

少しずつ、山を上っていく。



バスは、

やがて、鬱蒼としたスギ林の中を走るようになった。

スギの木は、

どれもが、まっすぐ高々とそびえ立っていた。

10m以上は優にありそうで、

その葉も、

バスのシートに腰掛けている私たちの目線の、遥か上の高い場所で、

豊かに厚く、ワサワサと茂っていた。

果てしない広さの、澄んだ青空が、

今は、

ごく小さい、点のような見た目にされ、

それが、無数に散らばっていて、

まるで星のように、

あちらこちらで、キラキラと輝いている。


そんな、真っ昼間に広がる星空に向かって、

スギの茶色い幹は、

細く長く、まっすぐに伸び上がっていた。

薄暗い地面の、そこら中から、

何本も何本も伸び上がっていた。

見渡す限り、景色のずっと奥の方まで、

たくさんのスギの幹たちが、

空を目指して、

一斉に、一直線に伸び上がっていた。


それらは全て、

数十年、あるいは100年以上もの間、

いかな強風にも()ぎ倒されることのなかった、

()し折られることのなかった、

一度たりとも負けることのなかった、

立派で(たくま)しい、力強いスギの幹たちだった。

その、しっかりとそびえ立つ幹たちは、

次々と窓の向こうに現れては、

何も言わずに、次々と後方へ流れていく。



しばらくすると、

スギ林に他の木々が混じり始め、

それに合わせて、

雑草やツタの姿も、よく見るようになった。

スギの木は、次第に少なくなっていき、

今はもう、

時折、

他の木々の中にポツンと立っているものしか、見かけなくなっていた。


バスが、

左へ右へ、大きく何度も旋回しつつ、

山間(やまあい)の森に続く、舗装された道路を登っていく。

ときどき、木々の隙間からは、

谷を挟んだ向こう側でこちらと平行に延びている、山々の尾根と、

その上にある青い空が覗く。


少年は、ずっと外を見ていた。

こちらに背を向けたまま、両手とも窓辺に置いて、

窓の向こうを、黙って見ていた。

私も、同じものを眺めていた。

シートに背を預けたまま、

少年の後ろ姿の向こうに広がる、

夏の、緑豊かな山の風景を、

ぼんやりと眺めていた。

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