表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Summer Echo  作者: イワオウギ
V
229/292

229.「《『それでね、病院に行くにあたって

「《『それでね、

   病院に行くにあたって、これからどうするかをふたりでちょっと話し合った。

   その結果、

   私は一旦家に帰り、病院に行く準備をしてからまた戻ってくることになってね、

   お父さんの方は、

   アパートに残って管理人室の電話帳を借りて、

   良さそうな病院をいくつかリストアップし、

   そこへの行き方を地図で調べ、簡単に紙に書いておくことに決まった。

   “じゃあ、また戻ってくるから。

    1時間半かな。2時間はかからないと思う”

   “分かった。こっちは調べておくから。

    あ、そうだ”

   “なに?”

   “希望ってある?

    こんな病院がいい、とか”

   そう訊かれてね、

   私が最初にパッと思い付いたのは、

   できれば女の先生の方が・・・だったの。

   でも、それはちょっと難しそうだったからすぐにやめて、

   で、

   “うーん・・・、”って悩んだあと、

   “遠くないところがいいけど、

    でも、

    この近くは、ちょっと・・・。

    あ、

    あと、()いてるところがいい。じゃ、行ってくる”って言って、

   立て掛けてある傘を持って、そのままお父さんのアパートを(あと)にしたんだけどね、

   いま思えば失敗だったわ。

   もう少し、ちゃんと考えれば良かった。

   電車に乗った私は、

   吊り革に掴まって電車に揺られつつ、頭の中で考えていたわ、

   保険証、どうやって借りてこよう・・・って。

   借りるときにお祖母ちゃんになんて言おう。訊かれたらどう答えよう・・・って。

   家に帰ってくると、

   弟とその友達が居間で、

   確かあの頃だとテレビゲームだと思うけど、みんなでワイワイ騒ぎながら遊んでて、

   家には、他には誰もいなかった。

   お祖母ちゃんの姿は、どこにもなかった。

   自分の部屋に戻った私は、

   お弁当を食べ、着替えとかの準備をしたあとで台所に行くと、

   弟がひとりで焼きそばか何かを食べてたわ。

   お祖母ちゃんがどこに行ったか尋ねてみたら、近所の人とどこかに出掛けてるみたいで、

   帰ってくるのは1時とか2時、って返ってきた。

   少し、ホッとした。

   弟は午後も家にいるみたいだったから、

   保険証を借りていくことを伝えて、いつもの場所から保険証を持ち出し、

   そうして家を出たの。

   電車に乗ってる最中は、ずっと病院のことを考えててね、

   で、ふと気付いたの。

   あぁ、

   行く準備は、病院に連絡してからにすれば良かったな・・・って。

   ひょっとしたら今日は混んでて、人がいっぱいで、

   実際に診てもらえるのは別の日になっちゃうかもしれないんだし・・・って。

   再び、アパートのお父さんの部屋に戻ってくると、

   お父さん、いなかったわ。

   傘も無かったから、どこかへ出掛けているみたいだった。

   ちゃぶ台の上にはバナナの皮と書き置きの紙があった。

   紙には、“病院見てくる。1時には戻る。▽▽”って書いてあった。

   時刻を確認すると、もう1時になっていた。

   バナナの皮をゴミ箱に捨てに行ったあと、

   さっき座ってた座布団にまた腰を下ろして、お父さんの帰りを待つことにしたの。

   それから5分くらい経った頃かな、

   大きい方の妊娠の本を開いて、診察の予習をちょっとしていたら、

   走ってくる足音が近付いてきたの。

   ドアが開いて、お父さんが入ってきて、

   傘を脇に立て掛けながら、急いで靴を脱ぎ始めたわ。

   “おかえりー”って声をかけたんだけど、

   お父さん、片手をちょっと上げて応じただけで、

   ぶつくさ何かを唱えつつ、すぐに奥の座卓のところへ向かった。

   で、

   手に持っていたメモ用紙を置くと、

   シャーペン掴んで、カチカチ鳴らし、

   スラスラと何かを書き付けて、

   それから、ふぅ・・・って息をついた。

   頭を上げ、こっちを振り向いて、

   “ただいまぁ、”って言いつつ、ゆっくり私のところに来て、

   “待った?”って。

   私、首を振った。

   “ううん、そんなに。

    で、どうだったの?”

   “いくつか見てきたんだけどさ、外からじゃよく分からなかった。

    混んでるかどうかも分からなかった。

    行ったときは、どこもお昼休みのようだったし・・・”

   “あぁ、そっかぁ”

   “ただ、

    休みじゃなくて、ちゃんとやってるのは確認できて、

    それでさぁ・・・”

   “なに?”

   私が先を促すと、

   ちゃぶ台の向こうで立ってたお父さん、持ってたメモをちゃぶ台の上に置いて、

   私の方に、ズイッと差し出しながら説明したの。

   “電車に乗ってるとき、ボーッと外を眺めてたら、

    不意に、産・・・病院の看板が流れてきたんだよ。

    すぐに目で追っかけたら、

    土曜日も・・・って文字だけ確認できた。

    でさ、

    電話帳に広告を載せてる病院って、多分どこも混んでそうじゃん。

    だったら、

    この病院がいいんじゃないか・・・って思って、

    それで急遽次で降りることにして、行ってみたんだよ。

    壁の案内プレートを見ると、土曜の午後もオッケーでさ、

    窓を見上げると明るくなって・・・ん? あぁ、それは違う病院。

    そこの一番下にちょこっと書いてあるヤツ。

    電話番号も、それで合ってると思う”

   “どこの駅?”

   “あー、◇◇駅。

    そこからは・・・歩きだとたぶん10分くらいかな”

   “どんな感じだった?”

   “病院?

    ビルの2階に入ってて、外から見た感じは・・・普通かなぁ。

    特に新しいわけでもないし、古いわけでもないし”

   私ね、

   ちょっと不安だったし、色々と訊きたい気持ちもあったんだけど、

   ただ、

   ここでいくら訊いても、結局は行ってみないと分からないでしょ?

   どこの病院でもそんなに大差ないだろう・・・って思って、

   で、

   その◇◇駅の病院にする・・・って、お父さんに伝えたの。

   ◇◇駅って、私の実家から少し離れてるでしょ?

   お父さんも私も、取り敢えずお医者さんに診てもらうことしか頭になくてね、

   その後のこととかまったく考えていなかったの。

   アタフタしてたの。

   でね、

   病院に電話をかけよう、ってことになってふたりで部屋を出たの。

   傘差して道を歩きながらお父さんと話してて、

   あぁ、そうそう、

   念のため、費用とか時間を訊いといた方がいいんじゃない?・・・ってなったんだった。

   それで、

   ちょっと離れたところの電話ボックスまで行って、ふたりで入って、

   1回1回メモを見ながらボタンを押していって、

   そうして相手が出るのを待っていたんだけどね、ちっとも出ないのよ。

   あれ、押し間違えたかな・・・って思って、一旦受話器を戻して、

   またメモを見ながらかけ直してみたんだけどね、やっぱり出なくて・・・。

   で、私ね、

   呼び出し音を聞きながらお父さんの方を見て、訊いてみたわ、

   “ねぇ、

    これ、ホントに番号合ってる?”って。

   お父さん、

   “合ってると思うけどなぁ・・・”って口にして、

   狭いボックス内で頑張って(かが)もうとしたんだけど、ちょっと無理で、

   だから、メモを持って一旦外に出て、

   傘を肩に載せてしゃがみ込んで、

   電話機の下の備え付けの分厚い電話帳を引っ張り出し、病院の番号を確認し始めて、

   そしたら、

   聞こえていた呼び出し音が、不意に途切れたの。

   次いで、女の人の声がした。

   “はい、

    ◆◆病院ですが、何か”

   “あの、えと・・・”

   “ご要件は”

   “あ、その・・・、

    私、予定日を過ぎても来てなくて、

    あ、生理のことなんですけど、

    私、初めてのことで色々と分からなくて、

    それで今、彼と電――”

   “要するに、診察のご予約ですか?”

   “あ。

    はい、そうです。予約ってできますか?”

   “初診ですか?”

   “え? えーと・・・”

   そのときの私ね、

   緊張のせいで頭がちょっと混乱してて、

   初診って他の病院も含めてなのかな・・・って勘違いしてたの。

   で、

   どういう意味だろう、なんでそんなこと訊くんだろう・・・って戸惑っていたら、

   電話の向こうで、ため息が聞こえたの。

   “当院は初めてですか?”って、言い直された。

   “あ。

    はい、初めてです・・・。

    すみません・・・”

   それでね、

   その後、

   診察の予約を入れてもらって、持ち物とかの色々な説明を受けたんだけどね、

   終始、こんな感じだったの。

   確かに、

   私も受け答えの要領が悪かったし、そこは申し訳なかったんだけど、

   でも、

   なんか、イヤな感じのする人で、

   最後に、

   “じゃあ、お待ちしています”って言われて、ガチャッと電話が切られた。

   私、

   下向いたまま、

   受話器を握りしめて、少しの間じぃっとしてて、

   それから、

   顔を上げて受話器を戻して、出てきたテレフォンカードを静かに抜いた。

   電話ボックスの扉が開いて、

   しゃがみ込んだお父さんが、分厚い電話帳を電話機の下に戻しながら尋ねたの、

   “どうだった? 予約取れた?”って。

   “うん・・・”

   “そうか、良かった。

    今日?”

   “うん・・・”

   “何時から?”

   “・・・”

   “ん? どうした?”

   “あ、うん。大丈夫。

    時間は2時から。

    でも、

    10分前に来てください、って。

    問診票に記入してもらうから、って”

   “なら、1時50分か。

    じゃあ、まだ少し余裕があるな。

    オレの部屋でひと休みして、それから出発しよう”

   “うん・・・”

   “あ、

    時間はどれくらいかかりそうか訊いてみた? あと費用も”

   “あぁ、

    ごめん、訊けなかった・・・。

    診察費は、もしかしたら電話で受付の人が言ってたかもしれないけど、

    その、

    私、ちょっと動揺してて・・・”

   “え?

    あぁ、まぁ仕方ない。

    初めてだし、誰だって緊張するさ。

    まぁ、なんとかなるって。気にするな。

    ほら、ひとまず帰ろう”

   “うん・・・”

   お父さんには、受付の人のことは話さなかったわ。

   それからふたりでアパートに戻って、お父さんの部屋で少し時間を潰した。

   お父さん、ひとりでたくさん喋ってた。

   私に元気がないのが、緊張してるせいだと思ったみたい。

   そうして、そろそろ行こう・・・ってことになってね、

   改めてふたりで部屋を出たの。

   雨の中、傘差してお父さんの横を歩きながら、

   あの受付の人だけかもしれないじゃない・・・って、何度も自分に言い聞かせてたわ。

   お医者さんは違うかもしれないし、気にしないようにしよう・・・って』

  続きます》」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ