228.『でね、そのあと
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│ 『でね、
│ そのあと、お父さんだけ早めにお昼ゴハンを食べることになったの。
│ ほら、
│ お父さん、朝は寝坊しちゃったでしょ?
│ ご飯なんて食べる余裕なかったから、
│ それで、
│ お父さん、
│ “ちょっとゴメン、腹減った・・・”って、流し台のほうに・・・え? 何?
│ ・・・。
│ あぁ、
│ 勿論、しっかり2冊分貰ったわ。
│ お金を渡してもらうとき、
│ お父さんに、
│ “もうないだろうな?”って、笑顔で念押しされちゃった。
│ で、お父さんね、
│ “ゴメン、腹減った・・・”って、流し台のほうに行こうとしたから、
│ 私、慌てて、
│ “あ、
│ 今日、お弁当作ってきたの”って言って、
│ 自分のバッグからお父さんの分のお弁当を出して・・・。
│ お父さん、
│ 壁に寄せてあったちゃぶ台をこっちに運んできて、私の前に置いたわ。
│ そうして、
│ ちゃぶ台の、私の向かい側に回って、
│ 畳に腰を下ろした。
│ 胡座をかいて坐って、
│ “じゃあ、ちょっといただきます”って、私のお弁当を食べ始めた。
│ お父さん、
│ 最初は、
│ お昼ゴハン午後の部に備えて、半分くらい残しておくつもりだったらしいの。
│ でも、あっという間に全部たいらげちゃったわ。
│ “ごちそうさま”って言ったお父さんに、
│ “午後の部はどうするの?”って訊いてみたら、
│ “ん?
│ あぁ、自分でラーメン作る”って。
│ お父さん、
│ 体が大きい分、昔からよく食べる人だったの。
│ でね、
│ 午前の部を食べ終わったお父さん、
│ 流しの蛇口で入れてきた、マグカップの水をゴクゴク飲んで、
│ ふぅ・・・って息をつき、
│ そのあと、私の顔を見て尋ねたの、
│ “それで、
│ 今日の体の調子は? 大丈夫か?”って。
│ 私、バナナを頬張りながら・・・あ、バナナはね、
│ お父さんの部屋にあったものを1本拝借したの。
│ 目の前ですごい勢いでお弁当を食べてるのを見てたら、
│ なんだか私も小腹が空いてきちゃって・・・。
│ でね、
│ お父さんに、
│ “大丈夫か?”って訊かれたから、
│ 私、
│ “うん、大丈夫。
│ 昨日とそんなに変わらないし、食欲もあるし”って、バナナ片手に返した。
│ お父さんが言った。
│ “今朝は急いでて訊き忘れたんだけどさ、
│ まだ来て・・・あぁ、そうか。”
│ そう口にし、立ち上がったお父さん、
│ 座卓のところへ歩いていき、ラジカセの再生ボタンをガチャッと押した。
│ ボリュームに手を伸ばし、音を少し大きめに調整していて、
│ そのときね、
│ 私、
│ 座卓の上のレポート用紙が、チラッと見えたの。
│ 裏返しにされてた。
│ で、
│ お父さん、
│ またこっちに戻ってきて、腰を下ろして胡座をかいたあと、
│ 改めて私に尋ねたの、
│ “やっぱり、まだ来てないのか?”って。
│ 私、頷いた。
│ “うん、まだ・・・”
│ お父さん、
│ “そうか・・・。”って言って、下を向いた。
│ 何かを考えてるようだった。
│ お父さん、
│ 少ししてから顔を上げ、私に訊いた、
│ “朝起きたとき、
│ 吐き気があったりとか、そういうのは?”って。
│ 私、首を振った。
│ “ううん、全然ない”って返した。
│ “そうか・・・”
│ “あ、
│ でも、今朝はちょっとだけお腹が痛かった。
│ 少ししたら治ったけど”
│ 私がそう言うと、
│ お父さん、
│ “え。”って、ちょっと驚いた顔をしたわ。
│ そうして、
│ 急に神妙な面持ちになって、
│ “・・・それって、どの辺り?”って、私を見て訊いた。
│ 私、
│ 食べかけのバナナを置いて、膝立ちをした。
│ 自分の下腹部の辺りを手でさすりながら、
│ “ほら、この辺り”って答えた。
│ お父さん、
│ ちょっとしてから訊いた。
│ “出血は?
│ あぁ、
│ その、何て言うか、
│ ・・・いつものヤツじゃない出血なんだけど”
│ 首を振った私は、
│ お腹をさするのをやめ、腰を下ろしながら答えた、
│ “ううん、ない。”って。
│ なんとなく、お父さんの考えてることが分かったわ。
│ だから、
│ 私、続けて言ったの、
│ “えと・・・、
│ 多分、違うと思う。
│ あれでしょ?
│ その・・・、違うところに着いちゃうやつでしょ?”って。
│ 子宮外妊娠のことだろうな、って思ったの。
│ お父さん、頷いた。
│ “うん・・・。
│ もしかしたら、って思って・・・”
│ 私、お父さんに言った、
│ “多分、違うと思う”って。
│ “・・・”
│ “私、
│ 小さい頃から、朝はたまにお腹が痛くなるの。
│ きっとそれじゃないかな。
│ 今日のも、ちょうどそんな感じだったし”
│ “・・・”
│ “それにね、
│ もしそうだった場合、止まったりはしなくて、
│ いつも通り、来ると思う、
│ 正しい場所じゃないんだし・・・。
│ 多分だけど・・・”
│ お父さん、
│ ちゃぶ台に片肘をつき、その手で前髪をかき上げたまま、
│ 目線を下に落として、じぃっと考えていてね、
│ 少ししてから私に言ったわ、
│ “・・・いや、
│ その場合も止まったはず。
│ 確か、本に書いてあった”って。
│ そうなの?、って思った私は、
│ 下に置いてあった本を拾ってちゃぶ台に載せ、開いてみた。
│ ページを捲っていたら、
│ お父さんが、
│ “いや、
│ 多分、最後のほうが・・・。”って、本に手を伸ばしてきて、
│ ページを一気にバサッと捲った。
│ 本の最後のほうに、
│ まとめとして、
│ 妊娠中の様々な症状について、ひとつひとつ簡潔に記載されていて、
│ それを、
│ お父さん、1ページずつ捲っていった。
│ “あった。ここ”
│ お父さん、
│ そう言って、《子宮外妊娠》と書かれている項を指差した。
│ 私、読んでみた。
│ お父さんの言った通りだった。
│ 子宮外妊娠の場合でも生理は止まる・・・ってあった。
│ そうして、
│ その子宮外妊娠になる確率は約1%で、稀にといった感じだが、
│ ただ、
│ そうなってしまったとき、そのまま放っておくのはかなり危険なので、
│ 疑わしければ医療機関に赴き、診察を・・・とも書いてあった。
│ 私、
│ その文章を何回か読んだあと、
│ 本を静かにお父さんの方へ向け直し、顔を俯けた。
│ ショックだった。
│ お父さん、
│ 私に尋ねたわ、
│ “◎◎って、
│ 今日、バイトの日だよな?”って。
│ 私、
│ 下向いたまま、
│ “うん・・・”って頷いた。
│ “時間、
│ いつもと一緒?”
│ “うん、いつもと一緒。
│ 6時から・・・”
│ “そうか・・・”
│ “・・・もしかして、
│ これから病院に行こう、って話?”
│ そう訊いてみたら、
│ お父さん、
│ “うん。”って頷いた。
│ “昨日・・・と言うか、今日ちょっと考えたんだけどさ、
│ もし妊し・・・じゃなくて、
│ えと、その、
│ なってはいないんだけど、これだけ遅れてしまっているなら、
│ それって、
│ もしかしたら◎◎の体のどこかが調子悪くて、
│ それで遅れてしまっている可能性も無きにしも非ずじゃん。
│ だったら早めに診てもらったほうが絶対いいし、
│ 逆に、
│ もし、妊・・・になっていたらなっていたで、
│ 早めの受診で早めにそれを確認できるのは、決して悪い話ではない。
│ どちらにせよ、
│ 早めに今日、行ってしまったほうが・・・って思ってさ。
│ 明日はちょうど日曜で、テストも無いし”
│ “・・・。
│ でも、
│ 来てないから・・・って早いうちに行っても、
│ 小さすぎて確認が困難な場合もある、って本に・・・。
│ そしたら、
│ 後日また診てもらうことになって、二度手間になっちゃう。
│ お金だって、
│ その分、余計にかかっちゃう・・・”
│ 私がそう口にすると、
│ お父さん、
│ 少ししてから言った、
│ “・・・オレさ、心配なんだよ。
│ それに、
│ もうほとんど10日だろ? 大して変わらないよ・・・”って。
│ “・・・。
│ 土曜日の午後って、やってるのかな・・・。
│ 私、いま保険証を持ってないし、
│ 服も、たぶん着替えたほうが良いだろうし・・・。
│ 1度家に帰らないと・・・”
│ “あ、
│ 病院は大丈夫。
│ やってるところ、あったから。
│ 電話帳で確かめてみたら、
│ 病院の広告で土日の欄にも○の付いてるのが、少しだけどあった”
│ 私、それ聞いてね、
│ きっと、
│ お父さん、夜遅くに一生懸命調べてくれたんだろうな・・・って思った。
│ 嬉しかった。
│ 私、下向いたまま少し考えた。
│ そうして、
│ やがて、
│ ちゃぶ台の上の本に手を伸ばし、
│ 逆向きのままで、パラパラと捲っていった。
│ 初診のときにかかる時間を、
│ 念のため、確かめた。
│ だいたいの場合、長くて1時間ほど・・・ってあった。
│ 私、
│ 自分の腕時計で、今の時刻を確認した。
│ 大丈夫そうだった。
│ 左手を下ろした私は、またちょっと考え、
│ それから、
│ “うん、”って頷いた。
│ “今日行く”って、お父さんに伝えたの』
│ 続きます。
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2025/7/16
子宮外妊娠は、
現在は、異所性妊娠と呼ばれているようです。
子宮内の着床であっても、場所によっては異常妊娠にあたるため、
それらを含めての新しい名称が使われるようになった・・・ということだと思います。




