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Summer Echo  作者: イワオウギ
V
225/292

225.「《『でね、電車を乗り継いだあと



「《『でね、

   電車を乗り継いだあと、

   公園の最寄りの駅に到着して、改札を抜けると、

   すぐ目の前にある通りの向こうに池が見えて・・・じゃなくて、

   ほとんど見えなかったんだ、

   池の手前に大きな建物があったんだ、貸しボートをやってるお店の。

   お父さんが言うにはね、

   ボートを漕いで、

   あまり人のいない、静かなところまで出ていって、

   そこで話したら良いんじゃないか・・・って。

   前に来たときは雨で乗るのをやめてしまって、ちょっと残念で、

   で、

   機会があったら・・・って思ってたんだって。

   待っていた信号が青に変わったから、その通りを渡って、

   念のため、

   貸しボート屋さんの前で曲がって、建物の横まで行ってみたわ。

   そこからは公園の広いお池が一望できて、

   あっちこっちで、スワンボートとか手漕ぎのボートとかがゆっくり動いてた。

   結構いた。

   ただ、

   お池の奥、お社のある島の手前ら辺はすっきりしていて、

   ボートの姿は1(そう)も無かった。

   お父さん、

   こっちを振り向くと、その奥の場所を指差しながら私に訊いた。

   “◎◎、あの辺りでいい?”

   私、

   正直、そのときは少し不安だったんだけど、

   “うん・・・”って返した。

   “よし、行こう”

   “うん”

   “・・・大丈夫だって”

   “うん・・・”

   改めて貸しボート屋さんの前に戻って、建物の中に入った。

   借りたのは、

   屋根付きでふたり乗り用の、小さなボートだったわ。

   お父さんたら、

   乗り込むときに、ボートの屋根に思いっきり頭をぶつけちゃってね、

   少しの間、手で押さえて悶絶してた。

   先に席に着いたお父さんに、私は自分のハンドバックを渡して、

   座席中央にある、ハンドルの前に置いてもらって、

   私もボートに乗り込むことにした。

   思ったより大きく揺れて、足元に注意が行った瞬間、

   私も頭を軽くぶつけちゃったわ。

   で、

   係員の人が、ボートの乗り込み口のところに鎖を渡して、

   桟橋に()わえてあったロープを外して、立ち上がって、

   “では、ごゆっくりお楽しみください”って言った。

   お父さん、

   “じゃあ、行こう”って言って、

   私も、

   “うん”って頷いて、

   ふたりでペダルを漕ぎ始めた。

   ボートがゆっくりと前に進んだ。

   背中をシートに押し付けるように意識すると漕ぎやすい、ってことが分かってきて、

   お父さんもそれが分かったみたいで、

   スピードが段々と上がっていった。

   お父さんが片手でハンドルを回し、池の真ん中へと舵を切った。

   水面近くの冷えた風が顔に当たって、気持ち良かったわ。

   少しの間、ふたりで黙々とペダルを漕いでたんだけど、

   途中、

   6月に歩いた歩道へ寄ってからは、

   そのときの思い出話をしつつ、お社のある小島へと向かったわ。

   通りを走っている車の音や、公園の広場で元気にはしゃぎ回る子供たちの声、

   あとは、

   池の(ほとり)の木でたくさん鳴いてるセミの声のおかげで、

   隣で話してるお父さんの声が、

   ときどき、少し聞き取りにくかった。

   これなら・・・って、ちょっと安心した。

   島のすぐ近くまで行ったんだけど、セミの大合唱でうるさ過ぎたから、

   旋回して、ちょっと引き返した。

   お父さんがペダルを漕ぐのをやめて、

   “ここら辺でいい?”って私に訊いた。

   私も漕ぐのをやめた。

   下を向いて、

   ふぅ、って息をひとつついてから、

   “うん・・・”って頷いた。

   “じゃあ、話してくれ”

   “・・・うん”

   けどね、

   私、なかなか言い出せなかった。

   話したあとのことを考えると怖くなってしまって、どうしても決心がつかなかった。

   下向いたまま、

   しばらくの間、黙り込んでいたわ。

   そうしたらね、

   不意に、お父さんの声が聞こえてきたの、

   “これ、下に置くぞ”って。

   え?、って思って隣を見ると、

   お父さん、

   私のハンドバッグを自分の足元へ下ろしていて、

   頭を上げると、こっちを向いて、

   ちょっと窮屈そうにしながら、片方の足をハンドルのこちら側へと出してきて、

   それから、

   体を私の方にちょっと寄せて、座り直したわ。

   でね、

   “これだったら、

    余程近付かれない限りは大丈夫だろ?”って。

   私、顔をゆっくりと前に戻した。

   下を向いてから、

   “うん、”って頷いて、

   “ありがと・・・”ってお礼を言った。

   そしたら、ちょっと間があって、

   それから、

   控えめな感じで、“ん・・・”って返ってきた。

   恥ずかしがってるのが分かった。

   私、息をゆっくりと吸って、

   また、ゆっくりと吐いていった。

   そうして声に出そうとしたんだけど、

   でも、まだ無理そうだったから、

   だから、

   間を置いて、もう一度息を吸って、

   ゆっくりと吐いて・・・。

   それでね、

   ようやく、ほんの少し気持ちに余裕が出来た私はね、

   覚悟を決めて、隣のお父さんに伝えたの、

   “あのね・・・、

    私、実は1週間くらい前が予定日だったんだけどね、

    まだ、

    その、来てないの・・・”って』

  続きます》」

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