223.「《『確か、夜の9時過ぎだったわ
「《『確か、夜の9時過ぎだったわ。
遅めの時間だった。
そのときの私はお風呂上がりで、
自分の部屋で寝転がって、ラジオを流しつつ、
また、あの本を眺めてたんだけどね、
ちょっとして、下で電話が鳴ってるのが聞こえたの。
こんな時間にウチにかけてくるのは、その頃は私の友達だけだった。
高校の同級生とか、大学の知り合いとか、
あとは、バイト仲間とか。
たぶん私だろうな・・・って思ったから、本を閉じて立ち上がったわ。
ドアを開けて部屋を出たら、電話の音はいつの間にか止まってて、
で、
1階に下りていく途中で私のお父・・・ウサギのお祖父ちゃんが、
大きな声で私を呼んだの。
「おーい、◎◎。
△△君から。置いとくぞー」って。
ドキッ、とした。
「はーい」って返しつつ、急いで電話台のところに行って、
で、
変に意識しちゃってドキドキしてたから、いったん深呼吸して気を落ち着かせて、
そうして、それから、
台に置かれていた受話器を手に取って、お父さんからの電話に出たの。
“もしもし”
“あ、◎◎?”
“うん。
こんな時間に珍しいね。どうしたの?”
“――、――”
“ゴメン、
車の音がうるさくて聞こえなかった”
“・・・これならどう? 聞こえる?
あー、あー”
“うん、なんとか。少しマシになった。
外からかけてるの?”
“そう。
頼まれてたバイトの応援、さっき終わってさ、
近くの電話ボックスから、今かけてる。
で、なんだっけ?”
“こんな時間に珍しいね、って。
あと、お疲れ様”
“あぁ、サンキュー。
いや、ちょっと気になってさ・・・”
“え、何が?”
“◎◎、
オレに何か話したいことがあるんじゃないの?”
え・・・ってなった。
私、完全に思考停止状態になっちゃってね、
受話器を固く握りしめたまま、黙っていたら、
少し間があってから、
電話の向こうのお父さん、また話し出したの。
“・・・◎◎さぁ、
最近、ちょっと元気なかったじゃん。
夏バテのせいかなぁ、って思ってたんだけど、
さっきバイトしてる最中に、
そう言えばお昼のときに何か話したそうにしていたな・・・って、ふと思い出してさ、
で、
ひょっとしたら悩んでることがあって、それで元気がなかったんじゃないか・・・って。
オレがテスト期間中だから、
だから◎◎は、
今は我慢して、何も話さないようにしているんじゃないか・・・って”
“・・・。
えっと、その・・・”
“やっぱそうなの? 何かあるの?”
私、少し迷った。
でも、
“うん・・・”って返した。
お父さん、続けて訊いた、
“何?”って。
私、また少し迷ってから、
“ううん、
▽▽のテストが終わってからでいい・・・”って答えた。
ため息が聞こえた。
お父さん、私に尋ねた、
“オレに気を遣ってるわけ?”って。
私、
なんて答えたら良いか、分からなかった。
そのまま黙っていたら、
お父さん、私に言ったの、
“じゃあ、いま話してくれ”って。
“え?”
“オレに気を遣ってるんだったら、いま話してくれ。
じゃないと、
オレは、お前のことが気になってテストに集中できない。
元気のないお前を放っておいて勉強を頑張るなんて、オレにはできない”
“・・・でも、
もしかすると、テスト勉強どころじゃなくなっ――”
“そんなのどうでもいいだろ。
落ちたら落ちたで、またあとで取り直せばいい。
それだけだ。
お前の方が大切だ”
“・・・”
“話してくれ”
“・・・その、
電話だと、ちょっと・・・”
“なら、
今から・・・は、流石にもう遅いか。
じゃあ、
明日、大学のいつもの場所で。
時間は・・・、お昼休みよりも3コマ目のあとの方が良いかな。
落ち着いて喋れるし。
どこか良い場所を見付けて、そこで話そう。
そっちは来られる? 平気か?”
“うん、たぶん平気・・・。
それと、あの、
話す場所は、できれば周りに人のいないところが・・・。
他の人には、その、あまり聞かれたくないし・・・”
“じゃあ、オレの部屋にしよう。
そこなら――”
“えっと、
そこも、ちょっと・・・。
もしかすると、隣の人に・・・”
“大丈夫だって。
小さめの声で話せば全然・・・あ”
“え、どうしたの?”
“ごめん、もう切れる。
じゃ、明日の2時半にいつもの場所。おやすみ”
ガチャン、と電話が切られたから、
私も、持っていた受話器を静かに置いたわ。
そのまま少し、ただボーッとしてたんだけど、
あ、戻らなきゃ・・・って気が付いて、
それでその部屋を後にした。
階段を上ってる途中、
さっきのお父さんの言葉を思い出して、幸せな気持ちになって、
でも、
明日のことを考えた途端、不安になってしまって、
怖くなって・・・。
そんな、
幸せな気持ちと不安な気持ちでゴチャゴチャの、よく分からない状態で部屋に向かっていたら、
そのうち、何故だか勝手に涙が出てきちゃってね・・・。
目元を手で拭いつつ、
足元をよく見て、1段1段慎重に上っていって、
そうして、
また、2階の自分の部屋へと戻ったの』
続きます》」




