221.「《『でね、地下鉄に乗った私は
「《『でね、地下鉄に乗った私は、
それで都心の辺りまで出ていって、
駅のビルに入ってる、有名な大きい書店さんに向かった。
妊娠に関する本を買おうと思ったの。
やっぱりね、
友達とか知り合いには、買ってるところを絶対に見られたくなかったし、
たとえ、まったくの赤の他人だったとしても、
顔をジロジロと見られるのはイヤだった。
できるだけ人目に付かず、こっそりと買いたかった。
今だったら、そんなときはネットを使って注文すれば良いし、
それどころか簡単な情報で良いなら、
わざわざ本を買わなくとも、スマホやパソコンでちょっと検索してみれば済む話なんだけど、
でも、そういったことができるようになるのって、
その当時は、まだ随分と先のことだったの。
それでね、
ビルのエスカレーターに乗って上がっていくと、
書店の中は、思った通り混んでたわ。
人がいっぱいいた。
ただ、そのときは夏休みの期間中で、
しかも、まだ始まったばかりの頃だったからね、
親と一緒に、読書感想文用の本を買いに来てた子供たちが結構いたの。
何となく、いたたまれない気持ちになってしまってね、
顔を伏せて、すぐさま本屋の奥に向かったわ。
で、
目的の本棚は、少しして見付けることができたんだけどね、
でも、
買うのには、かなり時間がかかっちゃったわ。
どれにしようか迷っていたんじゃないの。
やっぱり、人目が気になっちゃってね、
それで、
出産や育児関係の本が並んでるその棚の前に、なかなか立つことができなかったの。
隣の棚の、占いとか料理の本を選んでるフリをしながら、
こうやって、コソコソと横目で見ていたんだけどね、
“初めての出産”とか、
そういったタイトルが目に入ると途端に恥ずかしくなって、すぐに視線を戻して、
時間が経ってほとぼりが冷めたら、
またそうっとそっちへ目をやって、またすぐに視線を戻して・・・って、
いま喋ってて思ったけど、
なんか、私、
気になる先輩の様子をこっそりチラチラ窺っている、恥ずかしがり屋の学生さんみたいね。
でね、
そうやって、本棚に並ぶ出産関連の本をチェックしていって、
しばらくすると恥ずかしいのにも段々と慣れて、候補をいくつか絞って、
そうしてあとは、
ちょっと中身を確かめてみて、本を選ぶだけ・・・ってところまで行ったんだけどね、
そこから先が、また長かったの。
どうしても踏ん切りがつかなくてね、
で、占いか何かの本を持ったまま、
行かなきゃ、行かなきゃ・・・って、ひとりで延々と葛藤してたとき、
靴音をコツコツと響かせつつ、スーツ姿の女の人が歩いてきてね、
その棚の前にサッと立ったの。
静かに本を抜き出し、パラパラと捲って、戻して、
すぐに別の本を抜き出し、またパラパラと捲って、戻して・・・。
そうしてね、
少しすると本を1冊持って、
レジの方へと、またコツコツと歩いていったの。
その姿を目で追いながら、カッコイイ・・・って思ったわ。
見知らぬお姉さんに勇気を貰った私は、
よし、頑張ろ・・・って思って、
持っていた本を棚に戻して、
一旦その場を離れ、別の棚の前に行ったわ。
そこでちょっと時間を潰し、カムフラージュしてから、
改めてさっきの棚に目を向け、
心臓をバクバクさせつつ歩いていって、
で、
棚の前に到着したら、
順に本を抜き出し、パラパラ捲っていって、
そうして、
候補の本をひと通りチェックして、1冊持って、
それで、その本棚を後にしたの。
選んだのは、
ポケットサイズの、少し小さめの本だったわ。
ホントはね、
最初、
それじゃなくて、大きくて厚い本を買おうとしたのよ。
写真やイラストがたくさんあって、
色々なことについて、詳しく細々と書かれてたから。
でもね、
買うのにちょっと勇気が要って、それで諦めたの。
レジの列では、
最初に並んだとき、このまま行くと男の店員さんになりそうだったから、
買う予定の本をもう1冊思い出したフリして列を離れ、
少しして、また並び直したわ。
レジでお会計を済ませ、
女の店員さんに、紙のブックカバーを折って付けてもらって、
そうして、やっとお店を出た。
結局、1時間近くかかったんじゃないかしら・・・。
エスカレーターでゆっくりと下っているとき、
私、
はぁ・・・って、ため息ついちゃった。
疲れたなぁ・・・って。
でもね、
同時に、ホッとしたわ。
買えて良かった・・・って』
続きます》」




