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Summer Echo  作者: イワオウギ
V
219/292

219.「《『それでね、お父さんの大学の前でバスを降りた私は

「《『それでね、お父さんの大学の前でバスを降りた私は、

   正門を抜けて、キャンパスの中に入っていって、

   まずは、いつものように生協に向かったわ。

   そこの生協ね、

   お父さんとの待ち合わせで時間を潰したいときに、よく行っていたお店なの。

   ほら、私の大学って女子大でしょ?

   品揃えが全然違っててね、見ているだけで面白かったの。

   棚にたくさん並んでる文房具を眺めたり、

   ときどき混ざってる、その生協のオリジナルキャラクター入りの商品を探してみたり、

   あとは書店コーナーで、

   絵の上手な店員さんの描いた、イラスト付きのPOP(ポップ)をひとつひとつ見ていったり・・・、

   普段なら、そうやって待ち合わせの時間になるまで待っているのだけど、

   でも、

   その日は気が落ち着かなくてね、

   店内をひと通り巡って、すぐにお店を出ちゃったわ。

   そのままキャンパスの東のアオギリの並木道を歩いていったら、

   待ち合わせの木の下に、

   もう、お父さんの姿があった。

   幹の周りの、木陰になってる輪っかのベンチに腰掛けててね、

   自分のすぐ脇に置いてあるレポート用紙を片手で押さえ、

   その紙の上で、反対の手に持ったシャーペンをせっせと動かしていた。

   真剣な表情だった。

   私、なんだか急にドキドキしてきちゃってね、

   一旦立ち止まって深呼吸した。

   念のため腕時計で時間を確かめたあと、近付いていって、

   そうして、

   いつもと同じ感じになるように気を配りつつ、目の前のお父さんに声をかけたわ、

   “今日は早いね。いつ来たの?”って。

   お父さん、

   レポート用紙を押さえてる手にチラッと目をやって、すぐに視線を戻して、

   そのままレポートを書き続けながら答えたわ。

   “15分くらい前かな。

    テストが早めに片付いたからさ、それで・・・。

    あぁ、

    悪いけど、そこに座って待っててよ。

    あとちょっとでキリの良いところまで終わるから”

   “うん、分かった”

   “おう、ゴメンな。

    あとちょっとだから”

   “・・・ここじゃ暑いし書きにくいでしょ?

    待ち合わせ時間まで図書館でやって、それからこっちに来れば良かったのに・・・”

   “それだと、うっかり遅れて◎◎を待たせちゃうかもしれないな・・・って思ってさ。

    こっちでやってれば遅れようがないだろ?”

    ・・・ところで、

    いつも、こんな早くから来てるの?

   “え?。あ、

    ううん、今日はたまたま・・・。

    ちょっと早く着いちゃって・・・”

   “なら良いけど。

    オレは暑いのには慣れてて平気だけど、◎◎は苦手だって言ってたじゃん。

    ここ最近だって、

    見てるとちょっとバテ気味で、少しだけ元気なかったし、

    そんな中、

    炎天下の外で長い時間待っていてもらうのも・・・あぁ、そうか、

    待ち合わせの場所、変えれば良いのか。

    どうする?

    次からは、食堂からはちょっと離れてるけど図書館の中にしようか。

    立ちっぱなしでも良いなら、生協って手もあるけど・・・”

   “・・・”

   “あれ? 聞いてる?”

   “あ。

    ゴメンね、ちょっとボーッとしてて。

    ・・・図書館か生協、だっけ?”

   “うん。

    オレは◎◎の選んだ方で良いから”

   “えーっと・・・”

   “・・・”

   “でも、▽▽の試験って来週までなんでしょ?。

    あと少しなんだし、

    私、このままここでいい”

   “ん、分かった・・・”

   そう返事をしたきり、

   お父さん、黙っちゃったわ。

   シャーペンを握った手を口元に当てて、レポートの隣にあるテキストをじぃっと見てて、

   そうして、

   少ししてから、またレポート用紙に視線を戻すと、

   数式だったか化学式だったかを、またせっせと書き始めたわ。

   でね、

   私、お父さんの額に汗がポツポツと浮かんでるのに気付いてね、

   それで、

   バッグの中からハンカチ出して、お父さんの額を拭いてあげたの。

   お父さん、レポートを書きながら、

   “サンキュー。

    あとちょっとだからな。待たせてゴメンな・・・”って言った。

   私、

   “うん・・・”って返しつつ、そのままお父さんの頬を拭いてあげて、

   鼻や口元、首筋も、

   お父さんの邪魔にならないよう、気を付けて拭いていって、

   で、そのあとは、

   辺りでたくさん鳴いてるセミの声と、近くを通っていく学生さんたちのお喋りを耳にしつつ、

   私のすぐ目の前で黙々とレポートを書き続けてるお父さんの、その真剣な表情を、

   ただ、じぃっと見ていた。

   胸が苦しかったわ』

  続きます》」

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